第3話 フィルランカの思い


 フィルランカの涙を見て、カインクムは慌てた。


 カインクムは、酷いことを言った覚えが無いのに、目の前で、ケーキを見ながら泣き出してしまったフィルランカを見てオドオドとしている。


「あっ、ああ、すまなかった。 そんなに今の話が嫌だったなら、謝るよ」


「ううん、違うん、です。 いやじゃ、ない」


 違うと言われても、泣いているフィルランカは、泣き止む様子が無いので、カインクムは困り、フィルランカをどうやって宥めようかとオドオドしていた。


「う、嬉しい。 嬉しいんです」


「嬉しい?」


 泣いているのに嬉しいと言われて、カインクムは、どう対応して良いのかと思っていたが、そのフィルランカの答えで、カインクムのオドオドがなくなった。


「私、孤児院を出たら、……。 その後のことを考えると、昔、一緒に居た姉様たちを、頼るしかないかと思ってたんです」


「姉様」


 カインクムは、フィルランカの口から姉様と聞いて、大凡の事が分かったようだ。


 孤児院を出た後の少女達の行き先の大半は娼館に身を寄せていたのだ。


 その姉様達から、自分たちが、どんな事をしているのかを、フィルランカは、聞いていたのだろうと、カインクムは考えたようだ。


「そうか。 そうだな。 うちは、エルメアーナと俺の2人だけだ。 フィルランカ、お前が家に来る事になっても問題は無い。 娘が2人になっただけだ。 エルメアーナに良い姉妹が増えたと思えば良いだけなんだ」


 カインクムは、エルメアーナの未来の為に、フィルランカが助けてくれたら、それで良いのだ。


「店番となったら、読み書きや計算も出来て欲しいんだ。 その為に、フィルランカが、学校に行って勉強してもらえたら、エルメアーナの役に立ってもらえるんだ。 エルメアーナのために、学校に行ってもらえないか?」


 それを聞いても、フィルランカの涙は止まらない。


「俺が、フィルランカを学校に行かせる条件は、孤児院を出た後に、一緒に住んで、働いてもらって、エルメアーナを助けてもらいたいだけなんだ」


 カインクムは、従業員として働くにしても、孤児院を出て住む場所を確保するための費用もかかるので、働く場所と住む場所を提供するつもりだったのだ。


(えっ! 一緒に住む? 私が、この家に入る? それは、お嫁さんとして、この家に? でも、エルメアーナは、女の子だから、……。 わ、わた、私は、おじさんのお嫁さんにしてもらえるってことなの? え、ええーっ!)


 それを聞くと、フィルランカは、声を出して泣き出してしまったので、カインクムも、それには驚いた。


 どうしようかと困っていると、そこに、エルメアーナが、フィルランカの泣き声を聞いてリビングに入ってきたのだ。




 エルメアーナは、テーブルを挟んで、慌てたカインクムと、その前で、泣いているフィルランカを交互に見た。


 すると、エルメアーナは、怒りが込み上げてきたようだ。


「父! お前、フィルランカに、何をした!」


 カインクムは、エルメアーナの声に驚いて、その方向を見る。


「あっ、いや、そのー」


 カインクムが困っていると、エルメアーナは、ズカズカと歩いて、カインクムの所に行くと、テーブルに片手をドンと叩きつけた。


「フィルランカは、なんで泣いている。 父! お前は、フィルランカに何をした!」


 怒り狂った様子で、エルメアーナは、カインクムに詰め寄った。


「いや、フィルランカに学校に行かないかと、聞いただけなんだ」


 エルメアーナは、それで、何でフィルランカが泣いたのか、意味が分からなかったようだ。


「学校? 学校に行けないフィルランカに、何でそんな事を言った!」


「いや、学校の費用は、俺が出すと言った」


 カインクムが、フィルランカに、学費を出すから学校に行かないかと言ったことは、エルメアーナにも分かったみたいだ。


「じゃあ、何で、フィルランカが泣いている! それだけじゃないだろう! 父! フィルランカに何をした!」


 エルメアーナの剣幕に、カインクムも圧倒されている。


「ああ、その後、卒業したら、ここで一緒に住んで、店の手伝いをして欲しいと頼んだ」


 だが、エルメアーナには、フィルランカが泣いている理由には繋がらないのだ。


「じゃあ、フィルランカは、何で泣いているんだ! 父!」


「それが、俺にも、よく分からないんだ」


 その答えに、エルメアーナは、頭に血が上ったようだ。


「父、そんな事で、フィルランカが泣くかぁ!」


 そう言って、テーブルの上に置いた手と反対側の手を上にあげる。


「待って! エルメアーナ!」


 エルメアーナが、リビングに入ってきてから、ずっと、泣き続けていたフィルランカが初めて声をかけた。


 その声で、エルメアーナが、振り下ろそうとしていた手が止まる。


「違うの。 おじさんは、何もしてない。 私が泣いたのは、おじさんの話が、嬉しかったからなの」


「何?」


 エルメアーナは、振り上げた手を下ろすと、フィルランカを凝視した。


「じゃあ、何で、嬉しいのに泣いている」


 フィルランカは、涙を拭う。


「涙は、嬉しい時も出るのよ。 エルメアーナったら、当たり前の事を聞かないでよ」


 エルメアーナも、フィルランカの様子から、カインクムが、フィルランカに何もしないと分かりホッとしたようだ。


 エルメアーナは、フィルランカの横の椅子に座ると、フィルランカの背中をさする。


 フィルランカは、落ち着くと、エルメアーナに、今までの話を始めた。




 エルメアーナは、話を聞き終わると、カインクムに向いた。


「フィルランカを学校に入れるのと、卒業後に家で一緒に働く件は、私も賛成だ。 フィルランカだったら、私も安心できる。 だが、私が学校に行くようになるかは、別の話だ」


「そうか」


 カインクムは、誤解が解けてホッとするが、エルメアーナが学校に行くと行ってくれなかった事に、少しガッカリしたようだ。


「そうだ。 ケーキは、まだ、有る。 エルメアーナ、お前も食べるか?」


「当たり前だ。 ケーキが有るなら、私も先に呼べ。 3人でこうやって話していたら、誤解もなかった」


 カインクムは、学校に行かなかくなったエルメアーナにも学校に行かせることも考えていたので、3人で話すわけには、いかなかったのだ。


 フィルランカに協力してもらって、一緒に学校に行こうと誘ってもらおうと思っていたのだから、エルメアーナに話をするわけにはいかなかったのだ。


「ああ、すまなかった」


 そう言って、カインクムは、買ってきたケーキを、不慣れな手つきでエルメアーナにも出すと、エルメアーナもケーキを一口食べフィルランカを見た。


「フィルランカ。 それで、お前は、どうするのだ。 父に学費を出してもらって、学校に行くのか?」


 フィルランカは、答えに困っていた。


 カインクムの申し出は、とても嬉しいことなのだ、それに、卒業後に一緒に暮らして、この家で働けるというのは、とてもありがたい。


 エルメアーナも賛成してくれており、何の障害も無いのだ。


「あの、私は、そんなに幸せな暮らしをしても構わないのですか? 私は、孤児なのだから、孤児に相応しい未来しか無いのではないですか?」


 カインクムは、今のフィルランカの言葉を聞いて苦笑いをしたが、そんなカインクムを気にする事なく、エルメアーナは、自分のケーキを一口食べると、また、フィルランカを見た。


「構わない。 私が、フィルランカと一緒にいたい。 何なら、今日からでも一緒に暮らしたい。 私の友達が、一緒に、これからも、ズーッと一緒だと思ったら、こんな嬉しい事はない」


 エルメアーナの言葉に、フィルランカは、また、泣き出してしまった。


「泣くな。 フィルランカ。 私たちは、いつまでも友達だ。 だから、一緒にいてくれ」


 それを聞いてフィルランカは、顔を手で覆いながら頷いた。


「私、学校に、行きたい」


 泣きながら、フィルランカは、答えた。


「父! フィルランカの了解は取れた。 後の事は、父が、何とかしろ」


 そう言うと、エルメアーナは、フィルランカを連れて、自分の部屋に行ってしまった。


 1人リビングに残されたカインクムは、疲れが一度に来たようだ。


 疲れた表情をして、天井を見上げた。


「これで、エルメアーナに未来ができた」


 カインクムは、ホッと一息ついた。

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