フィルランカを引き取るカインクム
第2話 フィルランカの未来
カインクムは、いつものように家に遊びに来たフィルランカをリビングに呼んだ。
エルメアーナは、工房で鍛治をしている、その隙を狙って、エルメアーナを学校に行かせるための作戦に入ったのだ。
カインクムは、フィルランカを学校に行かせる話をする予定なのだ。
そして、エルメアーナの友達であるフィルランカが学校に通うようになったら、それにつられてエルメアーナも一緒に学校に行くかもしれないと淡い期待をこめていた。
ただ、フィルランカには、その見返りとして卒業後は、この店で働いてもらうつもりでもいた。
カインクムは、慣れない手つきで、フィルランカが、喜びそうなケーキを購入しておいて、それと一緒に甘い飲み物を用意しておいた。
そして、フィルランカが遊びに来ると、リビングのテーブルに、フィルランカを座らせ、カインクムは、慣れない手つきで、用意したケーキと飲み物を出しながら話しかけた。
「フィルランカ。 今日は、少し話があるんだ。 済まないが、少し聞いてくれないか」
フィルランカは、カインクムが真剣な顔で話してきたので、少し緊張気味で招かれたテーブルの椅子に座ってカインクムの様子を伺っていたが、目の前には、今まで食べた事の無いケーキが置かれたので、カインクムの真剣な表情より、ケーキの方に気がいってしまっていた。
カインクムは、ケーキに興味があると思い少し安心したようだ。
「それ、食べていいよ」
カインクムに食べて良いと言われても、フィルランカは、直ぐには食べられなかった。
「おじさん。 これ、ケーキでしょ。 とても高いって、シスターが言ってたよ」
フィルランカは、目の前のケーキを食べて良いと言われたのだが、とても高価な食べ物だから、孤児院で食べる事はできないと聞いていたので、信じられないといった様子でカインクムに聞いた。
「今日は、フィルランカの為に買ってきたんだ。 大丈夫だから、食べて構わないよ」
それを聞いて、フィルランカは、嬉しそうにカインクムを見た。
(本当! 私のために買ってくれたの? えっ! 嘘! 本当なの?)
カインクムは、そんなフィルランカに笑顔を向けていたのを気になっているようだった。
(あの感じだと、私が、食べてもいいみたいだわ。 あーっ、本当に、ケーキが食べられる日が来るなんて思わなかったわ)
フィルランカは本当に食べて良いと思ったようだ。
「おじさん。 ありがとう。 いただきます」
そう言うと、フィルランカは、フォークを使って、端の方を一口サイズに切ると口の中に入れた。
食べた瞬間に、口の中に甘さが広がるので、とても嬉しそうな表情になった。
(これが、ケーキなのかぁ。 なんて、甘いんだろう。 それに、とても柔らかい)
フィルランカは、口の中で、何度も咀嚼しながら、口の中に広がる甘さを味わっていた。
カインクムは、ケーキを口の中で何度もモグモグと味を楽しんでいるフィルランカの表情を見、微笑ましく思ったようだ。
「美味しいか?」
フィルランカに聞くと、口の中にケーキが入ったまま答える。
「うん」
フィルランカは、嬉しそうに、口の中のケーキを味わっていた。
(なんて、甘くて美味しいのかしら。 ケーキなんて、これから先、何度も食べられるなんて思えないわ。 これは、ゆっくりと味わって食べないと。 でも、まだ、有るから少しずつ、味わって食べよう)
ゆっくりと口の中で味わってから、喉に送ると、フィルランカは、また、ケーキにフォークをとおす。
「なあ、フィルランカ。 お前、学校に行きたくはないか?」
フィルランカが、もう一口、ケーキを口に入れると、カインクムの顔を見た。
その表情には、今までの食べたケーキの美味しさを忘れさせ耳を疑ったようだ。
(えっ! 何? 私が学校? 私は、孤児なのよ。 私が、学校に通えるわけないわ)
フィルランカは、カインクムが何を言っているのか理解できないという表情をすると、口に入れたケーキを、そのまま喉に送ってしまった。
「あーあぁ、飲んじゃった。 勿体無い!」
突然のカインクムの言葉に、驚いたフィルランカは、ケーキを味わう事なく、飲み込んでしまったことを後悔したようだ。
「あっ、すまなかった」
カインクムは、フィルランカの言葉に少し驚き、申し訳なさそうな表情をすると、その様子に、フィルランカは、変な事を言ってしまったと思ったようだ。
「ううん、まだ、残っているから、大丈夫」
そう言って、残っているケーキを指差して、大丈夫だとアピールした。
「そうか」
だが、フィルランカは、ケーキの事も大事だが、学校と聞いてケーキと同じか、それ以上に気になったようだ。
フィルランカは、カインクムの話を聞こうと思い、ケーキを食べつつ、カインクムの様子を気にしていた。
カインクムは少し間を置き、真剣な表情をした。
「エルメアーナが、学校に行ってないのは知っているよな」
「うん」
「なんでだか、学校に行かなくなってしまったんだが、俺には、理由も教えてくれないんだ。 フィルランカは、何か聞いているか?」
フィルランカは、カインクムの質問に、首を横に振って答えた。
「友達にも、理由は話してくれないのか」
そう言って、カインクムは、肩を落とした。
「おじさん」
フィルランカは、カインクムの、がっかしした様子を見て思わず呟いた。
「なあ、フィルランカ。 お前を学校に行くお金を俺が出してやる。 もし、お前が学校に行ったら、エルメアーナも行くと言うかもしれない。 どうだ? フィルランカ、お前、学校に行く気はないか?」
フィルランカは、カインクムの申し出に驚いた。
(えっ! 私が学校に行く? お金は、おじさんが出してくれるの? それは、エルメアーナを学校に行かせるため? でも、学校に行けるなら、……。 でも、そんな事って、許されるのかしら?)
フィルランカは、カインクムの表情を伺うように見ていた。
(だって、孤児院には、私だけじゃないのよ。 私だけが、学校に行けるようになったら、他のお友達は、どうなるの?)
そして、少し答えが気になるような表情をしたが、カインクムが答えを求めているので、答える必要があると思ったようだ。
「学校は、行ってみたいです。 でも、……」
最後の言葉をフィルランカは詰まらせたが、その理由がカインクムには理解できたようだ。
「孤児院の事か。 それなら、おじさんが、シスター達に話してやる」
カインクムは笑顔で答えたので、フィルランカが少し落ち着いたようだ。
「でも、何でですか? 私は、孤児なんですよ」
フィルランカは、自分が孤児である事から、年上の孤児達を見ていた事もあり、自分にも同じような未来しかない事を、薄々ではあるが感づいていた。
幸せな家庭に迎えられる孤児は少ないのだ。
「フィルランカ。 お前、エルメアーナは好きか?」
フィルランカは、家に遊びに来るとエルメアーナと一緒に遊んでおり、その際に喧嘩をしたことも無かった。
子供同士なら、時々、喧嘩をすることもあるかと思うのだが、今まで、2人が喧嘩をしているところを見たことが無かったのだ。
エルメアーナの性格を考えると、鍛治仕事はできても、店の運営が、まともにできるか不安があったので、時々、店番を手伝ってくれることもある、フィルランカなら、店を任せても問題無いと、カインクムは考えていたのだ。
「うん。 エルメアーナは、優しくしてくれる。 勉強も教えてくれた。 とっても大好き」
「だったら、お前、孤児院を卒業したら、この家で、エルメアーナと一緒に暮らさないか? それで、フィルランカが、店番をして、エルメアーナが、鍛治をして作った物を売るんだ。 ここで、店番をするなら、学校を出たほうが助かるんだ」
フィルランカは、そのカインクムの言葉に固まってしまった。
この店でエルメアーナと一緒に暮らすこと、それに、学校に通わせてもらえる事、そんな未来を考えると、年上の孤児達とは違う幸せな生活が送れる事になるが、それが自分に許されるのか、フィルランカは気になったようだ。
フィルランカは、考えていた。
孤児院から出ていった姉様達は、今、自分が言われたような事は一切無い。
むしろ、生きていく為に、自分の心を殺して生きている事の方が多いのだ。
一度、仲の良かった姉様が、住み込みで働いているという店を訪ねた事があったが、そこで、見たのは、仲の良かった姉様が、胸や足を淫らに出して、路上を歩く男に声を掛けているところだった。
そのうちの1人が、話に乗って建物に入っていく時に、その男は、姉様の胸や、太ももの間に手を入れながら、それを姉様は、嬉しそうに微笑みながら、建物の中に入って行ったのだ。
後から、その姉様が、娼館に行った事を知ると、自分の未来も、それと大きく変わらない事を知った。
そんな未来が、今、別のものに代わろうとしているのだ。
カインクムの話は、エルメアーナと一緒に、この家で暮らすという事なので、今まで自分に訪れるであろう、暗い未来から考えると、この話は、薄々感じていた自分の未来とは雲泥の差があるのだ。
そんな、新しい未来が見えてきた事で、フィルランカは、嬉しさのあまり涙が出てきた。
そして、フィルランカには、カインクムが、とても素敵に見えたのだ。
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