第2部 18
タクヤが話す。
「窃盗団のメンバーはマーカーだ。使っているのはネットなどで売られている粗悪品ではないと思う。チューナーになりそうな人間に、心当たりは」
因みに、殺された男は消防士だった。
元スポーツ選手や俳優崩れなどがメンバーにいるという話もあるが、やはり主犯格は、
「これは自分の感覚だが、消防士や医者などの、専門的な技能をもった人間であるように思っている」
「きみはもしかして、あの論文を読んだのか?」
「ああ」
中島はカップに口をつけ、少し浮かせたあと、ソーサーに戻した。
「きみのチューナーが誰か、きみはわたしに教えるか?」
「なんであんたに教えなければならん」
「そう尖るな。だがまあ、そういうことだ。マーカーとチューナーは一心同体、運命共同体だ。よほどのことがない限り、マーカーがチューナーをばらすことはない、その逆もしかり。特に、他のマーカー相手チューナー相手には、だ。それが致命傷になる」
なるほど、納得をタクヤは動きにも声にも出さず、つまらなそうに鼻から息を吐いた。
「きみは、マーカーであることを組織に公にはしていないのか」
「……」
そうか、と中島はいい、笑うではなく、殊更に難しい顔をしてみせた。
「きみがマーカーであることを組織内で公表し、その、さっききみがいった特殊な技能と知識をもって組織を主導し、組織の力を持ってあたれば、この事件は解決に導けるのではないのか。きみはその責任を感じないのか」
――俺は「特殊な」とはいってない……。
さっきは明かさないほうがいいようなことをいっていたくせに。
「さっきは秘密にしておいたほうがいいようなことをいったが、きみが警察となれば話は違う。きみがマーカーであることを、チューナーとともに公表、少なくとも警察組織の中で公にすれば、そのチューナーの安全にもつながるのではないか」
確かに、そういうこともあるかもしれない……。
「煮え切らない男だな、かの二郎翁の孫とは思えん……、そうか、原因はそれ、二郎翁か」
「祖父は関係ない!」
突然自分の声が大きくなったのに自分で驚いた。
「最初にあんたがいったように、警察のマークに対する理解の低さ、浅さが原因だ」
そう、それを「あんた」は「俺」に変えるように体を張れといっているのだろうが。
「それをきみが変えるのが、きみの役目、ひいては二郎翁の意思に叶う、とわたしは感じるのだが」
「だから、いちいち祖父を出すなといっている!」
チッ、と舌打ち。嫌な人間が出てしまっている。
「邪魔をしたな、帰る」
これ以上なにかいわれる前に、更に嫌な人間が出てくる前に。
「すまない、そんなつもりではなかった」
もちろん、中島は頭など下げたりはしないが、その声音はまさしく優しいものだった。
「俺のほうもすまん、当番明けで疲れていた。帰って寝るとしよう」
大きく息を吐き出し、席を立った、中島は座ったままだった、多少の違和感を感じつつ体を入り口に動かそうという、意志は既に出来上がっていた。
「一つ、教えておこう」
中島が口を開いた、祖父の話の続きかという拒絶半分、聞きたい興味半分。
「自衛隊がわたしのところにきた。男を捜しているそうだ。かつて自衛隊の衛生科で医官だった男、防衛医大出のエリート」
「?」
突然、なにをいいだすのか、タクヤは直ぐには「ピン」とこない。わたしも直接会ったことはないが、と中島がわざわざ注釈をつけて続ける。
「その男は自衛隊でマークの、当時我々がマッドと呼んでいたものだが、わたしの資料をもとにしてそのクスリの研究をしていたそうだ」
ピン!
ときた。タクヤの頭の中に、閃いた、繋がった。
「金がらみの不祥事で自衛隊を追われたのだが、一緒にクスリのデータも持ち去った。自衛隊は今、その男を血眼になって探している」
「名前は、わかっているのか、いや、教えてくれ」
我ながらバカなことを聞いたと思った。憐れみを含んだ冷笑の答が返ってくると思った、が。
「清水和馬」
「しみず、かずま」
「無論、そんな男のことをわたしが知る筈がない。わたしが自衛隊で接触していたのは、ほんの一部の人間たちだけなのだから」
中島の言葉は、それで終わらない。
「ついでにもう一つ教えておこう。清水のほかにもう一人、同じ時期に自衛隊を辞めた男がいる。外処(とどころ)といったかな。こちらは火器車両整備のエキスパートだそうだ。二人がつるんでいるらしい。さすがに銃火器をぶっ放すということはなかろうが。気をつけることだ」
気味が悪い。
「なんで教える」
「ただで教わろうとは、さすがに思ってはいないようだな」
聞かなきゃよかったと後悔した。わかっていたなら一目散に走り去るべきだった。
「話を聞きたい」
「なに?」
「自衛隊が捕まえればどうなるか。わたしにもわからんが、会って話をすることなど叶うまい。闇に葬られるかもしれん。この先、その清水や外処がどうなろうと構わんが、会って話をさせてもらう。わたしの研究のためだ」
「無茶いうな。俺にはどうにもならん、一介の交番勤務の巡査に頼むことじゃない」
「だいじょぶだ、きみは、義理堅い男だからな。かの二郎翁の孫であれば」
またしても舌打ちしそうになった。舌打ちなど、タクヤがもっとも嫌い軽蔑する反応であるのに!
「頼んだ。なにかわかればまた連絡する。期待している」
チッ。結局、二回目は出てしまった。
会議室の外、入り口の近くには男性職員が立っていた。コーヒーを運んできた男だ。
「せっかくだが、自分の仕事に戻ってくれ、わたしが外まで送る」
「はい」
男は小さく頭を下げてそこから離れていった。
そういえば、コーヒーを持ってきてくれたときに名前を聞いたようだったが、思い出せない。
この研究施設が果たしてどれほどの規模、広さなのか、タクヤには見当もつかなかった。
十字路を横切る度に左右をのぞいたが、どちらもその先に幾つか十字路があり、突き当たりはかなり向こうのようだった。
各部屋は腰から上がガラス張りになっていて、中では一人または数人が作業していた。
いったい何人ほどが働いているのか。
圧倒されかけている自分が恥ずかしい、(意味不明の)強がりもあり、なるべく胸を張って歩いた、疑問を口にすることもせず、中島の後を不必要なほど堂々と歩いていた。
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