第2部 14
真下たちは、昼間はなにをしているのだろうか?
本人に聞くと、ほとんど家で「寝ている」という。あの、大観寺の僧房で。
真下の経歴はだいたい調べることができた。
不思議だった。あのお寺にいることが、柳町辺りにいることが、ジュンペイやさぁ、マキなどとつるんでいることが。
真下は、東北地方S市の生まれである。
大学入学にあたりG県にやってきた。
彼が最初に住んだのは、このT崎ではなく大学のあるM橋市である。
真下にとって大観寺の住職は祖父にあたる。母親の父である。
つながりははっきりしている。
しかし、母親は現在寺にはいなく、T崎にもいない。
警察の資料によれば、真下の母親は現在行方不明だった。
いや、母親だけではない、父親と一人いる妹も、居場所は不明となっていた。
データは本人では無論なく、本人を映す鏡でもない。
真下本人から感じる印象は、データになっている文字、文章あるいはその行間からみえてくるものとは異なる。
しかし逆に、本人の印象を行間にはめていくと、なにか、みえてくるものがあるような気もしていた。
当番日の昼過ぎ、タクヤはハコ長の永井に「パトロール」と告げて一人署を出た。
向かったのは、大観寺。窃盗団の情報がないか確認しようと思っていた。
が、家の入り口の前に立ち、真下は戸を叩くことも声をかけることもしなかった。
腕時計をみる、中が静かだ、まだ寝ているのだろうか、入り口に背を向けて歩き出した、
「なにかようかね」
振り向く、立っていた、声をかけてきたのはこの寺の住職、真下の祖父にあたる。
庫裏に通される、住職が自ら淹れてくれたお茶をタクヤの前に置き、相向かいに座った。
「お巡りさんがなんの用だろう。あの子がなにかしましたか」
「いえ」
住職が湯飲みに口をつける、湯飲みが下がるのを待って、改めて話し始めた。
「実は、真下くんに頼みごとをしていまして。催促というか、その、確認をしにきました」
「あの子が警察から頼みごとを」
他人からいわれて、タクヤは思わず頭をかいて苦笑い。
「あまり大きな声ではいえませんが。こういうのは、やはりあまり警察官として良いことではありませんので」
住職は小さく「ふん」というと湯飲みを口につけた、タクヤもお茶をすすった。
お茶が食道を胃の腑まで流れ落ちると、一つ息をはく、タクヤの胸が軽くなった。
「真下くんは、あの友だちと一緒に暮らしているのですか」
あの家で。住職は、すぐにはタクヤの質問に答えなかったが、話はひどく興味深く、むしろタクヤの求めに応えるものだった。
「あれの母親が行方をくらましているというのは、ご存知でしょうか」
「はい」
「二十歳を過ぎた大人に向かって不憫とはいいたくないが。あの子は考えを持って夜の街に染まった、大きな覚悟を持って生きている、ときに危険な世界で、ときに楽しそうに生きている」
「はい」
「ジュンペイといつも一緒にいるように思うだろうが、一番初めは、桜井タケル、『さぁ』と呼ばれてるのか、あれが最初の仲間だ」
「そう、なんですか」
タクヤは素直に驚いた。
住職のいった通り、ジュンペイが一番の古参とイメージしていた。桜井タケル、そこも「さ」か。
住職が続いていったことに、タクヤはさらに驚かされる。
「あんた、二郎さんの孫だってな」
「祖父を知っているんですか!」
思わず、大きな声を出してしまった、逆に住職をびっくりさせてしまったようだが。
「ま、変わった人だったからな。噂もいろいろ聞いたし、何度か会ったこともあるかな。あの仙人みたいな人が、まさかわしよりも先に逝ってしまうとは。歳上だったが、びっくりした。葬儀にはいけなかったがな。もう二年、いや三年になるか」
「先月三周忌をしました。そうですか」
縁とは不思議なものだと、改めて思った。
もちろん祖父のつながりある人全てを知っているなど有り得ないのだが。
考えてみれば、真下と知り合わなければ、この人とも知り合うことはなかったのだろう。
「二郎さんは剣豪だったが、タケルの爺さんは、忍者だった」
なるほど、とタクヤは胸の内で妙に納得していた。
さぁ、桜井タケルの家系は、もとをたどると戦国時代にこの辺りを治めた大名に仕えた忍者につながるという。
ここは、江戸の初期には徳川家康重臣の治めた地であり、その重臣に仕えて功績を認められ武士に採り立てられた忍びの末裔、その現当主がさぁの父親である、
「ということだが、真偽の程は、だな。江戸時代には家系図を作ることを飯の種にしていたものがいたという話しだし、我が家に箔を付けるために適当な家系図や由緒を作ったものはいたろうな」
「はぁ」
「そんな家系図や由緒も残ってない家がほとんどだろう。そんな中でだ、タケルの爺さんは家に残っていた家系図を信じた、信じ込んでしまった」
元は普通の会社員だったが、歳とるにつれて己に流れる忍者の血に、忍者になりたいという血に抗えなく、ついに会社を辞めて修行に専念するようになった。
「真偽の程はといったが、もしかしたら『真』の可能性もなくはない。そこはあの爺さんにはどうでもよかったかもしれないが。あの人は忍者になりたかった、そのための修行に打ち込んだ」
息子はそんな父親を小さいころから冷めた目でみていた。
「タケルの上に幾らか歳の離れた兄貴がいるんだが、これは父親の色が強すぎたかして、爺さんの趣味にはまったく興味を示さなかった」
この兄は東京の大学を卒業して県庁に勤めていると住職が付け加える。
「タケルは爺さんが大好きでな、妙な修行にも嬉々として付き合ってたよ」
爺さんの息子、さぁの父親が冷めていたという部分は、タクヤと似ている。
さぁの父親は、もちろん止めた、兄と同じような道を歩んで欲しかった。しかし止め切れなかった。
さぁは、お爺さんと行動をとることを咎められると泣いて喚いたそうだ。
「タケルの父親の中に、自分の父を蔑ろにしたという罪悪感もあったかもしれん。それで強く止めることはできなかったのかもしれん」
タクヤは思い返していた。
自分は泣いて喚いたりなどしなかったし、祖父との稽古に進んで励んだという気持ちはなかったと思うが、なんとなし父親に対する反発心はあった。
折につけ祖父を軽んずるような態度発言を繰り返す父親が、どうも好きになれなかった。
大会で優勝などするうちに、剣道にのめり込んでいったというのはある。
「その爺さんとわたしが知り合いだったのもあり、子どものタケルを何度かここに連れてきたりもした。その爺さんも、タケルが高校生のときに亡くなってしまった」
タケル、さぁが高校卒業となったとき、親から進学しろとうるさくいわれた。進学しないなら働けと。当然だろう。
さぁは親に黙って家を出た、そしてこの寺を訪ねた。
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