第2部 13
真下はあの男が「マーカーだ」といった。
正確には「マークを飲んだ、または飲まされていた」ということ。「臭い」があったという。
恐らくマークとアルコールをチャンポンしたのではないか。
意識ぶっ飛ばされて、他で殺されたかここで殺されたかはわからないが、意識がない状態でここまで運ばれたのはほぼ間違いない、川に頭突っ込んで、事故死にみせかけようと偽装したのだろうと。
「両脇抱えてここまで運んだんじゃないかって。さぁの見立て」
「わかった」
「あ、くれぐれも、俺たちのことは」
「わかってるよ。サンキュ」
事件が落ち着いて真下に電話をかけ直し、より詳しく発見時の状況を聞いたのはすっかり夜が明けた後だった。
なかなか明けない朝だった。予報どおり、今にも雨が落ちてきそうな。
「わかってる」とはいったものの、真下たちのことを隠したまま、どう捜査に反映させればいいのか、タクヤは直ぐにはわからずにいた。
――こんなところを警官にみつかったら、また面倒だな。
さすがのタクヤも落ち着かない。
柳町から西、烏川を渡った千代野町にある公園にタクヤはいた。
死体をみつけた日から二日後、日勤上がりのタクヤである。一〇月に入っていた。
真下、ジュンペイがいて、さぁも近くにいるだろう。もう一人いる。今夜の主役が。
マキ、というらしい。ジュンペイが「さん」付けで呼んでいるのが新鮮だ。
マスクの下でぼそぼそと喋り、すぐ横にいる真下は頷いているが、ジュンペイを挟んで背後にいるタクヤにはなにをいっているのか、内容はほぼほぼ聞こえてこない。男である。恐らく……。
夜十時を回ったところだった。近くの中華料理屋で四人で飯を食べてこの公園にきた。
「中華中村……、あそこは最近……」
出迎えてくれたマスクマンが今しがた食べてきた食堂を「いまいち」と評価したようだ、とタクヤは雰囲気で読み取る。
公園にある蛸型大型遊具の中である。なるほど、この時間、外は寒いから……、て!
中に成人男子が四人。怪しすぎる。そのうちの一人が警察官だなんて……。
この状況はさすがに、
――ぞっとしねぇな……。
もし警官にみつかったりしたら、言い訳が、みつからない。
ジュンペイが「マキさん」と呼んでいるのは、マキが歳上だからだろうか(タクヤにはタメ口だが)。
マキはいわゆる「ハッカー」だという。
今日日情報収集に長けているといえば、タクヤの想像通りでもあった。
が、タクヤの想像するハッカーは、部屋の中でパソコン等電子機器に囲まれて生活し、神経質な皮肉屋、あるいはお調子者である。
マキは、タクヤの思っていた人物とはある意味真逆だった。アウトドアだ、文字通り。
「これって、真下の家とかじゃできないのか」
先ほどタクヤは小声でいってみた。
「……外の……」
よくわからなかった。
皮肉屋でもお調子者でもない。
大人しすぎるほどに大人しい、声も聞こえないほど。「外のほうがいい」的なことをいったようだが。真下も誰もフォローしてくれないし。
マキが使うのはタッチカバー付きタブレットPC。アパートの床が抜けそうなほどの機材は必要ないらしい。
こないだの「アヤちゃん事件」のときはSNSや掲示板を網羅的にチェックして日にちと時間を暴いた。ちなみに、三人の素性も既にわかっていたそうだ、住所や生年月日はもちろん、マイナンバーや銀行の口座番号まで。
「場所はここじゃなかったけど」
真下が代弁した。
ここじゃなかった?
「ここ」はどこにでもあるような小さな公園だが、細い道路を挟んで南側に高校があった。マキは、高校のネットワークを借りているという。
「ちょっと仕掛けてあるんで」ここまで電波がばっちり届くのだと、真下がいった。
こういった使える場所が、市内にいくつかあるということだろうか。
「一つ聞くが、これって、ホワイトなんだろうな」
返事はなし、ジュンペイが「ポンポン」とタクヤの肩を叩く。
「警察官が一緒って、心強いよな、うん」
――おいおい……。
当のマキには、タクヤの心配を気にする素振りもまるでない。その薄い薄いタブレットPCで事足りるものなのだろうか。
「できるよ」
タクヤにも聞こえた。こいつ、
――おまえもタメ口か。
タクヤが知りたいのは、キャバ嬢を狙っている不穏な非モテ男子どもの危ない計画でもなければ、男たちを弄ぶキャバ嬢の私生活でもなかった。
「窃盗団の一人が殺された、これから、なにかヤツラにつながる情報、噂なんかが知りたい」
一昨日の夜発見された死体の男のDNAが、タクヤが剥ぎとったマスクの男と一致した。
司法解剖の結果、アルコールの他にトリアゾラムが検出された。いわゆる睡眠薬である。
トリアゾラムは睡眠薬に含まれる成分であり、薬局などで買える睡眠導入剤ではない。あまり詳しいことをここではいえないが、
「恐らく、医療関係者、現役か、元か、が窃盗団と関わっていると、警察はみている。その辺りで情報を集めて欲しい」
マキが、ほんとに小さく顔を真下のほうに動かし、真下がそれに答えるように頷いた、タクヤはその様子を後ろからみていた。
後ろからみていた大人しいジュンペイ、髪の毛、なげぇな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます