第2部 15
「わたしはすぐに連絡した。タケル自身は家に戻ることを拒んだんだが、なんと、親のほうもタケルがそこにいたいというなら無理に帰ってこなくていい、そういった。わしはそれに驚いた。こういう親もあるもんかと、な。父親は、息子に祖父の姿を重ねていたのだろう」
そこは自分とは違っている。
高校を卒業して三月の終わり、あるいは四月になっていたか、さぁはこの寺に住む込むようになった。その少し前だったという、
「三月の半ばくらいだったと思うが」
真下が大学を辞めてこの寺にきたのは。
「タケルの話が長くなった。ヤツとは付き合いが長いからな。ジュンペイは、去年、いや一昨年の年末だったかな。道端に転がっていたのを拾われたと、これは本人の言葉だが」
ジュンペイは、高校三年の夏までバリバリの野球部、高校球児だった。
強打の内野手として鳴らしていたが、高校三年、最後の大会を前にして肘をやってしまった。
不完全燃焼のまま高校を卒業して、グレた。
家にも帰らず、夜の街で暴れ回り荒れ狂う日々。
ある日、数人の男たちに不意打ちをくらい、ずたぼろの雑巾のように路地裏で横たわっていた。「死ぬ」と思った。半ば「死」を受け入れた。
そこを真下に拾われた。
体もでかいし態度もでかい、言葉遣いも乱暴だが、あれもなかなかいい男だ。
真下の仲間たちについて話す住職の顔は、常にほんのり笑っていた。
「こっちの姿をみれば朝早かろうが夜遅かろうが、デカイ声で挨拶してくる。後ろから突然大声で呼ばれて卒倒しそうになったこともあった。そう、あの狭くてぼろい僧房でみんなで暮らしているよ。もっとも、毎晩戻ってくるとは限らんが。ジュンペイだけ戻ってくることもあるようだし」
「そうなんですか」
「もてるからな、あの子は、わしに似て男前だから」
たまに押しかけてくるような女子もいて困るが。
「昨日、今朝ももしかしたら戻っておらんかもな、二人とも、いや、三人か」
住職はさっき真下の「覚悟」といった、「危険」という言葉もつかっていた。「母」即ち住職の娘が「行方不明」だと、さらっと口にした。
真下が大学を三年で辞めた、いったいなにがあったのか、母の行方不明と関係があることなのか。
住職が湯飲みを傾ける、タクヤもグイッといった、タクヤの湯飲みは既に空になっていた、そこに微かにお茶っ葉のカスを残すのみ。腕時計をみる、
「すいません、すっかり落ち着いてしまいました、お茶まで頂いてしまって。そろそろ帰ります」
「はいはい」
玄関まで見送られ、さすがに外まで出てはこなかったが、タクヤは寺を後にする、敷地を出る手前で振り返る、きたことを少し後悔する。
真下のことが知りたかった。
住職もそんなタクヤの内心はわかっていただろう、ただ、住職は語ってはくれなかった。
それは、まだ、または人として、タクヤは、真下の過去を知るに値しない、ということだろう。
あるいは、それは「祖父」から他人に話すことはできない、本人から直接聞くのでなければ。ということかもしれない。
いずれにしても、タクヤはまだそこまで至ってはいまい。
気安く訪れて、仲間面して会いにきてしまったことを後悔した。戸を叩かなかったことがせめてもの救いだった。
といって、真下たちと接触することを控えようとかいう気持ちはない、全く。「気持ち」がまるでないということはないが、真下たちの過去を、感情を、感傷を、
――忖度などすまい!
力を込めて自分にいい聞かせた。
遠慮する気持ちを、打ち消せ。
敷地の出口、直ぐ脇に止めてあった自転車に、乗らずに少し押して歩いた。
庫裏の玄関を出るとき、住職が聞いてきた。
「娘たちのことは、なにかわかりませんか」
「いえ……。すいません、わかっていません」
「そうですか」
必ずみつけ出します、と力強く宣言できないことがもどかしかった。
一介の警察官にできることではなかった。なにかわかればすぐに連絡します。
ふと思い至ったことがあった。
「四人目のこと、マキのこと、住職は知らないのかな」
マキのことが出てこなかった。住職がマキのことを話さなかったことに大した意味はないのかもしれないが。
あまりそのことを長く気にすることはなく、自転車にまたがってすぐ、タクヤの頭の中は別のことについて回り出していた。
いい天気だった。
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