第2部 23
T崎市内に貴金属、宝石を取り扱う店は二〇軒近くある。
市内にある程度満遍なく分布しているかといえばそうではなかった。
T崎駅の西側、西口から市役所までの間、いわゆる市街地の間にやはり多い。九月に襲われた店を含む区間である。
中でも駅のすぐ西隣の銀(しろがね)町には宝石貴金属を扱う店が三店舗ほど集まっていた。
一一月一二日になっていた。タクヤはヤマを張っている。
――ヤマカンが外れりゃ、万歳するしかねぇ。
ジュンペイがハンドルを握り、助手席に真下、後部に右端からタクヤ、マキ、さぁの五人が乗るプリウス、この区画をはや何周しただろうか。
「今夜はもうねぇだろ」
ジュンペイのそんな呟きも何度目だろう。
後部の真ん中に座るマキの膝上のパソコンは市警の通報センターに入る通報をモニターしていた。
真下のイヤホンは警察無線を傍受している。
住職所有のプリウス内に気だるさが漂う(もちろん朝には元のキレイなプリウスとして返します)。
疲れてもいるだろう。一般人として、彼らはみなよくやってくれていた。
仕事でもなんでもないのだ。「正義感」とも違う気がするが……。
逆に、タクヤの欠けていた集中力がいつの間にか満ち満ちていた。今日ありそうな気がしてきた。
そんな、深夜二時を過ぎたころだった。
「きた」
短く鋭い真下の声。
「銀町、宝石店、警報が鳴ったって」
住宅に挟まれたさほど広くない道路の路肩に車は停まっている。サイレンは鳴っていない。鳴らさないようにしているのかもしれない。
「やっぱりあっちかよ」
タクヤたちが今いるのはその銀町ではなかった。
「警報、二つ目」
三店舗ほどが集まる銀町に、タクヤたちはいない。
タクヤたちが今いるのは飯島町。市街地から北、タクヤの地元蓑町との間の辺りだった。
実はこの近くにも、貴金属店が幾つか集まっているのだ!
「おじさん、外れだぜ」
「どうする、あっちに向かいますか」
「いや、また周ってくれ。今度は少しゆっくり目に頼む」
プリウスはゆっくり走り始めた。
五分ほど経つとサイレンがここまで聞こえてきた。けたたましい音だ。深夜のT崎を音が赤く照らすようだった。
今から向かっても間に合わない。
「今から向こうへいっても間に合やしない、野次馬にいくだけだ」
しかし、
――万歳するには、まだ、
早い!
「あ!」
宝石店の前を通りかかったときだった。正面の道路、不審なワゴン車が横付けされていた。
「マジかよ!」
後ろで止まりかけた瞬間、ワゴンに人が飛び込んだ、三人、プラス待機していたドライバー、あっという間に走り出した、ヘッドライトも点けず!
「野郎!」
タクヤの、口に出すつもりのない心の声が低く漏れた。
「逃がすなよ」
「ったりめぇ!」
「銃なんか持ってないでしょうね」
「だいじょぶだ」
中島の「火器車両整備のエキスパート」「銃火器をぶっ放す」という言葉が蘇ったが……。
「だいじょぶだ、いけ」
真下が「車の運転ならジュンペイに任せればいいよ」といっていたが、なるほど。
前のワゴンはかなり無茶な運転をしている。赤信号で、多少スピードは緩めるが止まることはない、左折で横転するかと思うほど傾いて曲がっていく。
重心の高いワゴンに比べれば安定性は高いとはいえ、ジュンペイの運転するプリウスはまるでレールの上を走るアトラクションのように、恐怖というよりはドキドキが勝る、警察官として不謹慎極まりない、が。
北に向かったような気もするが、東に向かっている気もする、いったいどこへ向かっているのか。
郊外へと向かってはいるようだが。
「やったな」
ジュンペイが静かに呟く。なにを「やった」のか。なにか「やった」のか。
フロントガラスの先、ワゴンが完全に安定をなくす、フラフラと酔っ払ったように左右に大きく振れると、ガシャン、倒れて火花を発して止まった。プリウスも停まる。
「さて」
「いこうか」
「うっし」
「……」
プリウスから四人が出て歩き始める、ワゴンとの距離が縮まる、一〇メートルほどの距離が、九、八、七メートル、裏返ったワゴンのドアを破るようにして人が出てきた、
「爆発したらどうすんだ、コラァ!」
五、四、三、二メートル。四対四で向かい合う。
滾(たぎ)る!
そんな言葉が体を熱くする、タクヤは笑みを堪え切れなかった。
不謹慎極まりない!
「清水、諦めろ。外処、おまえもだ、逃げられやしねぇ」
「な、なんなんだ、あんたら!」
声が上ずっている、恐らく、清水和馬。ドスの効いた声が続いた。
「おい、死にたくなかったら車置いて消えろ」
タクヤはヤマを二ヶ所に張った。銀町と飯島町。
どちらだろうかと考えたとき、烏川の死体が浮かんできた。とかげの尻尾切り。
今回で最後の大仕事とするならなおさら、首謀者は自分が逃げ切るために尻尾を切り捨てるに違いないと思った。片方を囮にする。
では、どちらを本命にするか。
銀町は市街地であり、囲まれやすいが隠れる場所も多い。
街中だけに得るものは大きいがリスクも大きい。
飯島町のほうは多少逆で、逃げやすいが店が離れている分多くを得ようとすれば手間がかかる。
「時間」というファクターを計算にいれれば、五分五分といったところだろう。
逃げやすいという意味では、やはり飯島町のほうか。
その「逃げやすい」という点において、飯島町では囮にならないのだ。囮とは要するに「捕まる」必要がある。
北T崎署の存在がある。
飯島町で事件が起これば当然北T崎署が動くが、街中の警察は果たしてどれほど動因されるか。
逆に、銀町で複数の宝石店が襲われたとなれば、街中だけでなく北署の人員も動因されるかもしれない。
「囮」が逃げ回れば逃げ回るほど、時間を稼げばそれだけ動く人員も大きくなる。
清水たちは街中が騒がしくなるのを待っていた。そして動いた。
それを、タクヤたちは待っていた。
真下がジュンペイにぼそぼそと告げた、ジュンペイは車に戻る、そして滑らかにバック、一八〇度ターンを決めてその場から消えた。
タクヤがいいたかったことを真下がいってくれた。
車が狙われたり、ナンバーを覚えられたりすると面倒になる。
タクヤがジュンペイにいっていたら雰囲気が不味くなるところだ。
真下、さすが。これで心置きなくやれるというもの。
片側一車線の道路でワゴンがひっくり返っている、四人と三人が向かい合っている、住宅も灯りもまばらなこの場所。
「走って逃げるか、清水」
「車なんざどこにだってある。俺なら五秒あれば動かせる」
どうやら、当たりだな。清水と外処。
「逃げれるもんなら逃げてみろ、無理だな、俺たちはおまえらより速い」
向こうの四人は黒のスウェットか、上下黒、黒いマスクは車から出るなり全員脱ぎ捨てている。
「瞬殺だ」
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