第2部 24
一番前に出ている男の言葉を合図に、四人が口に放り込んだ。
圧、膨れ上がる。
「いいか、一気にいくぞ」
タクヤがポケットからケースを取り出す、中からマークを出す。
「さぁ、二本だ」
「御意」
真下が内ポケットに指を入れる、文庫本を……、ではなく、中から小瓶を取り出した、さぁもワンショルダーバッグから小瓶を取り出す。
――そういうことかい!
タクヤ、マークを三粒一度に口に放り込んだ、真下とさぁも二本を一気に飲み干した。
バン!
音が聞こえそうなほど。三人それぞれから発せられる圧は影盗団の比ではない。
走ってきた影盗団の四人、スピードが一瞬緩んだ、が、すぐにまた突っ込んでくる。
真っ先に飛び出して迎え撃つのはタクヤ、の横を掠めるように抜けていった、それはまるで白い槍だ。
さぁ、それがおまえの!
タクヤの相手、外処、手強い。
元自衛隊、体術身体能力はかなりのものだ。
パンチやキックの打撃も鋭いが、合間合間に手を伸ばしてくる、タクヤを掴みたいのだろう、組まれたら厄介だ、タクヤは自分に向かってくる腕や足を手刀で振り払う。
「てめぇ、なにもってやがる、ナイフでも仕込んでんのかよ」
相手の動きが明らかに鈍くなった、黒いスェットの腕、足の部分が切られていた、力なく下がった腕から、滴る血液!
もちろん外処の血だ!
タクヤは相手の問いに答えない。
無言で間合いを詰める、相手が動く、左手が伸びてくる、手にはナイフ、いつの間に、しかしタクヤにはみえなかった(脅威とは)。
伸びた左腕をかいくぐり手刀で太ももを一閃!
「ぐぁぁ」と呻いて膝から崩れ落ちる、その背中に、タクヤの両の掌を合わせた諸手手刀が振り下ろされる!
バァァ!
血がしぶいた。前のめりに倒れた。うつ伏せの影盗団に、タクヤは素早く一礼すると短く息を吐いた。
タクヤは、手になにも持っていない、素手である、が、その素手がぼんやりと光を纏っているよう。
マーク三粒を一気に飲み込むことによって現れる効果。
これこそマークの真の力、マーカーの真の姿といっていいだろう!
両手に宿る刃、タクヤはその状態を「剣聖」と呼ぶ、祖父に敬意を表して、祖父の敬愛する上泉伊勢守にちなんで。
派手に血が飛んだが命に関わるほど深い傷ではないはずだ。活人剣。
「おこがましい」
呟く、両手を合わせて誰にともなくもう一度頭を下げた。
真下は!
さぁは!
さぁは相手を幻惑させていた。それは幻惑というより他に表し様がない。
さぁの動きは素早い、ただでさえ捉える事が難しいのに、光っている、残像、いや、分身!
目を回すようにして倒れた相手に「すっ」短く発して手刀で止めを刺した。気を失っただろう、ぴくりとも動かなくなった。
真下は、ぼんやりと光を発しているようなのはタクヤやさぁと同じ。
対峙する相手は真下より頭一つ大きい、鎧のように大きな筋肉を身に着けていることはスウェットの上からでもわかる、夜目にも大きな男だ。
なにかしら格闘技経験者だろうか。
力では真下の方に勝ち目はなさそうだ、タクヤが助けに入ろうと走りかけたとき、しかし勝負はあっさり決した。
相手の力強いパンチが真下を襲う、堂に入った、専門的な技術を持った人間のパンチにみえた。
そのパンチ、真下に当たらなかったことだけはみえた、いや、理解できた、次の瞬間、大きな男は地面に両膝をついていた、力なく真下に向かってガクッと頭を垂れて。
掴んでいた腕を玩具に飽きた子どものようにポイと投げる、腕の重みで男の上体は前面に倒れて顔から地面に落ちた。
無様な姿だった。
なにをした!
なにが起きた!
タクヤの理解の外である。ジャケットの内ポケットに指を入れる、本を出してすぐに戻した、いつも通りの真下だ。
残った一人はあっさりさぁに捕まっていた。
鳩尾の辺りに当身を喰らうと、がっくりと地面に横になった、ほぼ無抵抗だった。こいつが恐らく清水和馬かと思われる。
およそ五分。マークの効果が切れる。
三人が三人「ふぅ」と大きく息を吐いた。影盗団を鎮めた安堵と、ちょっとした疲れと。
「お疲れさん」
「この後、どうするんですか?」
「真下とさぁはすぐに離れてくれ。たぶん、ぼちぼち警察がくるだろう」
騒ぎに気がついた人間が恐らく既に通報しているだろう。
「タクさんはどうするんです? この状況を『今日もたまたま居合わせて』は通じないっしょ、いくらタクさんでも」
さすがに「俺」でも、無理か。
「車に戻すか」
四人を逆さまの車に戻し、運転席助手席後部座席に押し込んで無理矢理シートベルトをかけた。たとえ目が覚めたとしても容易に抜けられまい。
サイレンが近づいてくる。
「さて、正義の味方は退散しよう」
辺りに注意深く目を配りつつ、身を低くして畑を突っ切って住宅の影に寄った。
ワゴン車に人が集まってくる、警察もくる、それらをみつつ、何食わぬ顔で三人も車に近寄る、野次馬の後ろから中の様子を伺う、警官が増える、救急車がつく、人が増える、ざわめきが膨れ上がる。
三人の姿はいつの間にかその場から消えていた。
タクヤが電話に向かって話している。
「さっき警察がきて連れていったよ、というか、救急車に乗ったよ、四人とも。病院? この辺で急患を受け入れてる病院ていうと……、警察も付き添うから、病院で話をするなんて無理だと思うぞ」
相手は中島だった。
話をさせろといっていた、かなり貴重な情報をもらった手前もあり連絡はしたが……。
これ以上はタクヤ辺りではどうにも仕様がない。
「なんにしても、これで自衛隊も手は出せまい」
半分は約束を守った、といういい方もできなくはない。
ご苦労だった、といって電話が切れた。思いの外あっさりと、向こうから電話を切った、もっと皮肉をいわれると思ったが。
少し先の二人を、タクヤも少し早歩きで追いかけた。
「バカ律儀なことだ、二郎翁の孫、山田タクヤ。出してくれ」
動き出したワゴン車の後部座席で、男が顔にマスクをはめた、男は、笑っていた。
「チューナーは、おまえか」
「そうですよ」
真下はあっさり答える。
影盗団逮捕の顛末をある程度見届け、現場を後にした三人、プリウスの停まる近くのコンビニまで歩いている中で、タクヤもさらりと真下に聞いていた。
捕まえたこと、無傷だったこと、恐らく誰にもみられていないだろうこと、興奮と安堵、口が軽くなる魔法にかかっていたらしい。
「液体なのか」
「そうですね」
「それでか」
真下は液体マーク(液体の時点でMRCではないのだが)の小瓶をジャケットの内ポケットに入れている。
長さ三センチ程の小瓶、普段は音がしないのでケースのようなものに入っているのだろう。
真下が喧嘩などの後で内ポケットの文庫本をちらっと出してみるのは、その瓶が割れたりして本が濡れていないか確認するためか……。
「どこで作ってんだ? 寺じゃねぇだろ、地下に施設があったりとか」
「まさか。世話になってる飲み屋のママの知り合いの病院で、設備を借りて」
「へぇぇ」
真下という男は、タクヤの理解を時折踏み越える。
そんなママがいて、そんな医者がいて、そんな真下がいて。
真下のような人間に設備を使わせる医者が凄いのか、医者にそれを承諾させるママが凄いのか、ママをそんな気にさせる真下が凄いのか。
凄い世界があったものだ。
「あの論文、みたのか」
「ええ、はい。みました」
「そうか」
真下は、医学部中退だった。その辺りの事情を詳しく尋ねるには、この夜でもまだ魔力が低いようだ。
「さぁ、なんであんなに光るんだ」
「……」
「不思議なんすよね。発光細菌ていうのがいて、ビブリオ属とフォトバクテリウム属っていう七種類くらいですが、基本海だったり淡水だったり水の中にいる。それらに近い種類の細菌はもちろん人の肌にもいるけど、さぁの発光もそういうのと同じなのかどうか。詳しく調べてみたいですね」
「おまえのはなんなんだ? 相手の力が抜ける、みたいな感じか?」
「ええ。なんでタクさんのは斬れるんです?」
「なんで斬れるんだんべ?」
「手をなにかが覆っているみたいだったし、バイオフィルムなのかな、なんだろ?」
サラッとはぐらかされた。
その「はぐらかし」にタクヤもサラッと乗った。
コンビニの灯りがみえてくる。
五人になればこの魔法はきっと解けてしまうだろう。ジュンペイのことを思うと、少し切なくなるようだ、そんな夜でもあった。
夜は、これで終わらない。
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