第2話 寂れた町の怪物
歩き続けて半日くらいだろうか。ローブの内ポケットから地図を取り出し確認する。
このまま道沿いに進めば小さな町があるようだ。そこで一泊と、あとは買い物をしておきたい。
地図をしまい、軽く周囲を見渡してみる。
この周辺は【楔】を打ち込まれた形跡が無いようだ。馬や兎などの動物が草原を駆け、空には鳥が飛んでいる。とても魔王との戦争のただ中とは思えないほど、穏やかな空気だ。
もしも【楔】を打ち込まれた場合、その瘴気により人や動物たちの生命は急速に失われていき、数日もあればどれだけ健康な人でも呆気なく死に至る。
【楔】が破壊された後も、どれ程早くても数か月は野生動物は警戒してここに戻ってこない。
勇者であるテイルは邪悪な力をはね除ける神の加護を受けており、彼の力によって僕たちは【楔】の影響を受けず、瘴気の中でも活動ができるのだ。
なので、もしも今ここで【楔】が打ち込まれてしまった場合、加護の影響の外にいる僕はあっという間に死んでしまうだろう。
そんな危機的状況を脱するにはいくつか方法はあるが、今は特に必要は無さそうだ。魔族の気配も感じない。
ひとまず魔族たちのことは置いておき、僕は町へと向かうことにした。
─────
何というか、これは。
確かに町はあった。しかし町と言うにはあまりにも寂れている。軽く見渡した限り、人は誰も歩いていない。ゴーストタウンかと思ったが、建物の窓を見ると人影はちらほらと見える。
まるで、何かから隠れているかのようだ。
もしも魔族や怪物絡みで何かが起きているのなら、放っておくわけにもいかないだろう。
僕は近くの宿に入り、数日部屋を借りることにした。
「ごめん下さい」
僕が奥に向かって呼びかけると、程なく奥から主人と思わしき赤髪の中年の男性が出てきた。人の良さそうな柔和な顔つきをしている。
「いらっしゃい。朝夕の食事込みで一泊銀貨1枚だが、どうするかね」
「それじゃ、四日ほどお願いできますか」
「四日間だね。じゃあ宿帳に名前を書いておくれ。すぐ部屋に案内しよう。おーい、エリク!お客さんを部屋に案内してくれ!」
主人が名前を呼ぶと、十歳くらいの、主人と同じく赤い髪の少年がやってきた。どうやら息子のようだ。
「こんにちは、お客さん。部屋に案内するね」
エリクは主人から札の付いた鍵を受け取ると、番号を確認し「こっちだよ」と案内してくれた。部屋の番号は二号室だ。
「トイレは裏手のドアから出たとこにあるから」
僕が「ありがとう」と礼を言うと、エリクは部屋を出ようとして、そのまま立ち止まった。こちらを見ようか見まいか迷っているようだ。
「何か相談事かな?話なら聞くけど」
そう言うと、エリクは部屋の中に戻り、ドアを閉めて言った。
「兄ちゃん、頼みがあるんだ」
「怪物?」
「うん。町の人たちは、そいつに喰われて毎年何人も死んじゃってる。退治しようと言っても、誰もそいつに立ち向かおうともしないんだ」
エリクが言うには、物心がついた時からずっと町の外れに怪物が棲んでおり、町の人たちを襲っているらしい。
旅人はめったに来ない上に、来たとしても怪物を退治せずに町を去っていってしまうばかりで何も対応ができないという始末だと言う。
「俺、そいつの弱点を見付けたんだ。けど誰も俺の話なんて聞いてくれない。このまんまじゃ、いつか皆あいつに食い殺されちゃうよ。俺も手伝うから、どうかあの怪物をやっつけてよ!」
怪物退治。今の僕は魔法を使うことはできない。多少なりとも武器を扱うことはできるが、それでも本職には大幅に劣る。そんな生半可な技術で立ち向かえる相手かは分からない。
「その怪物は、町で祀っている神様みたいな扱いをされてるわけでもないんだよね?」
「あんなのが神様なもんか!人を食べるだけで町に何の恵みも与えないような怪物、誰も崇めたりなんてしないよ!」
僕の質問に、エリクは歯嚙みしながら俯いてしまった。
長い旅の中で多少鍛えられたとはいえ、魔法を中心に戦ってきた僕では、大した戦いはできないだろう……しかし、放っておくわけにはいかない。
あいつなら──勇者であるテイルなら、きっと恐れずに立ち向かうだろうから。
「その怪物の弱点というのを、教えてくれるかな?」
僕がそう言うと、エリクは弾かれたように顔を上げ、涙の溜まった目をゴシゴシと拭いて頷いたのだった。
エリクから聞いた情報によると、怪物は声に反応して近付き、声以外のとても大きな音にはパニックを起こし、松明や焚き火等から出る煙には近付こうとしないらしい。
つまり、弱点は大きな音と煙ということだろうか。
カバンには逃走用に用意した煙幕筒が十個、大きな音と光で敵を混乱や一時的な失明を引き起こす閃光爆弾が二つある。
怪物の強さがどれほどのものかは分からないが、ぶっつけ本番で何とかなるとは思えない。魔法を使えない今は、少しの油断が命取りになるだろう。しかし、怪物が人を襲う以上は迷ってはいられない。
死ぬのは御免だが、誰かが犠牲になるのはもっと嫌だ。
蛮勇と言われてもいい。町の人たちを助けるんだ。
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