第1話 失意と別離
「お前は、村に帰るんだ」
あの戦いの後、テントにて会議が行われ、テイルにそう告げられた。僕に突き付けられた結論。それは昔、テイルとともに誓った目標を捨ててしまうことに他ならなかった。
「待って……待ってくれ、僕はまだ戦える。魔法の力だって衰えたわけじゃないんだ。きっと何か方法はあるはずだ!」
焦りからか、言葉の最後が少し大声になってしまった。騎士団のメンバーも沈痛な面持ちで、僕に目を合わせようとはしなかった。
─────
この世界を滅ぼすために異界から現れた存在。彼は自らを魔王と名乗り、人々を次々に殺し始めた。
そして魔王率いる魔族たちにより、各地は人や動物が生きることのできない異界へと成り果てていた。
異界には【楔】と呼ばれるものが存在しており、それを破壊することで異界を浄化し、再び人が住める環境へと戻すことが可能なことが、多大な犠牲の果てに判明した。
四年前、強大な魔力を持って生まれた僕と、勇者として神に選ばれた、同じ村の幼なじみであるテイル。
王国からのバックアップを受け、王国騎士団の遊撃部隊と共に旅立ち、その途中で仲間が集い、いくつもの【楔】を壊し解放していく最中、僕はある魔族から呪いを受けたのだ。
それは、僕が魔法を使う際に起きた。魔法を使おうとすれば、気を失う程の痛みが
僕の全身を苛むのだ。魔法が使えなくなるわけではない、というのがこの呪いの嫌なところだった。
魔王の居る場所に近付けば近付く程、身体を蝕む苦痛、激痛。それにより魔法に集中できず、何度も足を引っ張る羽目になってしまった。
魔王を倒せば呪いが解けるのか。それとも、呪いをかけた魔族を倒せばいいのか。
【楔】を破壊すれば呪いは多少なりとも治まった。それでも焼け石に水。安心して魔法を発動できるほど苦痛が弱まるわけでもなかった。
結果、ろくに解決策を見付けられないままひと月ほどの時間が経った頃──つまり今日この時──テイルは僕にそう言ったのだ。
「今回の戦闘で分かっただろう、どれだけ魔法の力が強くても、今のお前は魔王の元に行けば行くほど足手まといになるんだ。だから村に帰れ。村には王国騎士団の人たちが居る。王様が約束してくれたからな。そこで騎士団の人たちに言って、保護して貰うんだ」
「でも、呪いを解く鍵がこの近くにあるかもしれないじゃないか。もう少し、もう少しだけでも」
「駄目だ。その『もう少しもう少し』を繰り返して、結局最後まで見付からなかったら、どう責任を取るつもりだ? これ以上お前を守るために割く戦力は無駄になり、お前は魔王に近付けば呪いによって更に戦えなくなる。足手まといが居ると他に迷惑がかかるし、みんなの士気も下がってしまう」
食い下がる僕に対して返してきたテイルの言葉に、僕は何も言い返せなかった。
「帰るんだ。俺は、お前に死んでほしくない」
魔王討伐特別編成部隊・王国勇騎士隊。
それまで最大戦力の一人として戦ってきた僕は、長いこと共に旅をして戦ってきた隊を抜けることになったのだった。
─────
「勇者さんの言うことは分かるんですけどねー。でもあんな言い方って無いと思うんですよー」
皆が寝静まる真夜中、お気に入りのターバンを頭に巻き直し、帰りの旅支度をしているときに声をかけてきたのは、数ヶ月前に勇騎士隊に入った女の子だった。
名前は確か、セシルだったか。名前を覚えるのは少し苦手だ。青色の髪に、僕と同じ魔術師としては少し活発な雰囲気の服装と、それに似合う性格をしている。
「分かってはいたんだ。もしも解決策が見付からずに、また《楔》が近くに打ち込まれれば、魔王の力はまた強まる。きっと僕は呪いに耐えきれずに死んでしまうだろう。テイルはそれを心配してくれてるのさ。あいつ、不器用だから」
「でも、賢者様が居なくなったら戦力も半減じゃないですか。先の戦闘だって、賢者様が魔法を使えたから勝てたわけですし」
セシルの言葉に、僕は少し曖昧な笑みを浮かべる。
「何度も言うけど、僕は単なる魔術師だよ。賢者と呼ばれるほど賢くはないし、今の僕は呪いの苦痛に耐えることができなければ魔法をまともに使うことさえできないんだ」
いくつかの消耗品を確認する。爆薬に結界石、あとは傷薬。
「ここひと月で分かったことといえば、魔王と、魔王の力を込めた【楔】を破壊するか、距離をとることで呪いによる苦痛が多少なり治まることくらい。【楔】を砕いても、呪いの根源である魔王に近付けば、それだけで呪いは強まっていく。テイルが言う通り、解決策が見えないうちは、僕が魔法を使えるかは賭けでしかないし、そんなものに頼ってたら犠牲者も増えるだろう」
僕はずっと現実から目を背けていた。事実、これまでにも呪いに蝕まれて魔法を使えない状態の僕を助けようとして死んでしまった人もいる。
でも、誰も僕を責めようとはしなかった。全ては魔王のせい。魔族さえ存在しなければ、こんなことにはならなかったと、口を揃えて慰めの言葉をかけてくれた。そんな言葉に甘えてしまい、みんなにしがみ付くかたちで旅を無理矢理続けてきた。
しかし自惚れが過ぎるとは自分でも思うが、みんなは僕の力が無くても戦うことはできるようになった…と思う。つまり、ここがきっと僕の限界なのだろう。
「そうだ──僕が去った後にこれを、テイルに渡しておいてくれないか」
僕は一冊の手帳を取り出してセシルに差し出した。
「えっと、この手帳は?」
「僕がこれまでの旅で培ってきた、大事なことを書いておいたんだ。きっと旅の役に立つと思う」
「直接、渡さないんですか?」
「そうしたいけど、あんな後だしね。顔を合わせ辛いんだ。お願いするよ」
セシルは「仕方ないですねー」と言いながら承諾してくれた。軽々しい態度ではあるけど、信用できる人だ。受け取ってくれて安心した。
「さて……準備もできたから、そろそろ僕は行くよ」
結構な大荷物になってしまったが、大して重くは感じない。これまでの旅の経験で体力や力がついている証拠だ。帰りの旅はそんなに辛くはないだろう。
「え、もうですか?でしたら私、護衛の人たちとか呼んできますよ」
「いや、ここから先の旅は一人でも戦力を削るのはまずいだろう。どうせ帰るだけの旅さ、のんびり行くことにするよ」
僕はセシルにそう言うと荷物を背負い、入口に適当に置いていた杖を取り、テントを出た。
見上げれば星空が広がっている。赤い空は【楔】を破壊したことにより消滅した。人々の空を取りもどすことが出来たのだ。
風も暖かく、月もとても明るい。帰り旅の始まりにはちょうどいい。
磁石を取り出して、方角を確認する。僕の住んでいた村はずっと東のほうだ。
見張りの巡回をしてくれている騎士たちに軽く手を挙げて挨拶をすると、黙ったまま敬礼を返してくれた。
僕の性格を把握してくれているのだろう、人を呼びに行くような様子は無かった。
「それじゃ、ここでお別れだ。みんなによろしく伝えておいてほしい」
「馬とか、本当にいいんですか?帰りだってかなりの距離があるのに」
「うん、それこそみんなには必要だろうから。僕は帰るだけだし、のんびり行くことにするよ」
「……分かりました。気を付けて下さいね。私たち、ちゃんと魔王を倒して帰りますから。吉報を待ってて下さい!」
気合いを入れるようなポーズで笑顔を見せるセシルに僕は軽く手を挙げてキャンプを後にした。
さて、どのルートで帰ろうか。折角だから元来た道を辿るよりも、色々なものを見て帰りたい。
ターバンの具合をもう一度確認する。髪が見えてしまうのは避けたい。
僕は月の光を照明代わりに地図を広げ、磁石を見ながら帰路に就く旅を始めるのだった。
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