ある魔術師の帰路
不佞
プロローグ
その昔、人々が暮らすその平和なその世界に、邪悪な存在がやって来ました。
邪悪な存在は【楔】を大地に突き刺すと、周囲の生きとし生けるものたちは、瞬く間に死に絶えていきました。
そしていつしか、そこには異界より喚び出された、邪悪な存在に従う者たちが現れたのです。
いくつもの【楔】が打ち込まれていく中、世界を守る女神と共に、邪悪な存在に立ち向かう人々が現れ始めました。
戦いは何年も続き、幾人もの人々が命を次々に落としていく中、ついに女神もその力を奪われ、消えてしまいました。
ですが、希望が消えた訳ではありませんでした。
女神が残した最後の力は、まだ生まれる前の一人の少年に宿ったのです。
やがて邪悪な存在を討ち滅ぼし、世界に平和を取り戻す希望。
異界の軍勢を束ねる邪悪な存在が、自らを【魔王】と称してから数十年。
いつしか戦いの中で、【勇者】として運命付けられた者がいつか現れる、人々はそんな希望に縋り、魔王と人々の争いは続いていくのでした。
─────
文字通りの赤い空に黒い雲が広がる戦場。
空を飛ぶ魔族の放つ魔法が大地を薙ぎ、炎が噴き上がる。その勢いに押され、兵士達が盾を構えながら後退した。
「防御形態をとるのです!」
神官クラウスの指示に、数人の僧侶たちが炎の前に立ち、防御障壁を展開する。障壁の余波により炎が消し飛び、視界が拓かれた。
「射てぇい!」
兵士長ドミニクの指示により弓兵部隊が一斉に構え、魔族を狙い撃つ。
かなりの本数の矢が直撃したが、まだ平気な顔をしている。
(僕も、戦わなきゃ……)
敵の前へと進もうとする僕を、兵士が止める。
「無茶です!今の貴方では身体が持ちません!」
そんなことは分かっている。これは賭けでしかないのだ。僕は兵士の静止を振り払い、前に出る。
全身に流れる血を意識し、魔力の流れから破壊の力を汲み取る。
そして呪文を──
「──ぐ、あああぁぁッ!!」
全身を激痛が奔る。あまりの痛みに膝をついてしまう。
使うべき力を汲み取るまでは出来る。しかしそこから先が出来ないのだ。
魔族の放つ魔法が僕を目がけて放たれる。
(やられる……!)
「破っ!」
その時、僕の前に現れた影が、盾で魔法を殴り飛ばした。行き場を失った魔法は中空で消滅する。
「大丈夫か」
力強く、雄々しく。敵に向けて剣を構える。
そこに立つのは僕の幼馴染み、テイル。
世界を救う宿命を背負って生まれた【勇者】である。
「大丈夫だ、俺たちは負けない」
僕にそう言うと、テイルはまた敵へと向かって駆け出した。
負けないとテイルは言ってくれた。しかしどう見たって、こちらが劣勢だ。
「やらなきゃ、いけないんだ……!」
僕は杖を支えに立ち上がる。まだ痛みは引かず、足元の感覚さえ覚束ない。
それでも──!
僕は再び、魔力の流れから破壊の力を汲み取る。
集めた魔力を手のひらに集中させて、呪文として前へと浮かび上がらせる。
激痛がまた僕を蝕むが、そんな些細なことに構ってはいられない。
浮かぶ呪文に魔力を注ぎ込み、僕は叫んだ。
「猛き破壊よ、敵を……砕け!」
僕の言葉に魔法は応え、放たれる白い闇が敵を打ち砕いていく。
やがて、魔族のほとんどが消滅し、戦局は一気に覆った。
「やっ、た……」
僕の意識は、そこで途切れた。
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