Episode:Ⅰ -路地裏の探訪-

Retrace:Ⅰ -路地裏にて-

 目が覚めると、俺は石畳の上に寝転がっていた。

 何が何だか分からないが、どうやら酒でもんでしまい、酔っ払ってしまったのだろうか?

 それにしては、俺はその呑んだ記憶だけ なんてものでは無く、自分の名前、出自、職業等ほぼ全ての記憶が無くなっているのだ。

 必死に思い出そうとしても、何一つ思い出せない。

 文字通り頭を捻ってもだ。


 かれこれ30分くらい思い出そうと考えてみたが、何も浮かばなかった。きっと、俺は生粋の鳥頭なのかもしれない。

 兎に角とにかく、一旦自分の置かれた状況を整理してみた。

(まず、俺の名前は分からない、そして、石畳の上にいるが、ここはそもそも何処どこなのか‥。こんな路地裏らしき場所まで丁寧に石畳がある以上ある程度大きい街なのだろうが、そもそも今話している言語が通じない場合がある‥)

 俺は英語という言語を話す。と言うことは、アメリカやイギリスなどの国なら通じるのでコミュニケーションはとれる。

 しかし外国、特にフランスは英語を話すと明らかな嫌悪感を抱かれる。俺自身英語以外話せない様なので、出来るだけ英語圏以外の国にはなりたくない。

「まぁ、すでにどこかの国にいるからそんなの考えても無駄か……。言葉が通じなくても気合で何とかなる」

 大きくため息をつくと、俺は体を起き上がらせ、体の状態をチェックした。

「目立つ外傷は特に無し……、内蔵もどこか痛い訳でもないか‥。特に大丈夫かな?」

 一通りチェックし直すと、今度は今着ている服を見た。

 白いシャツと、ベージュのスラックスと、黒の革靴を履いている。

 不思議なことに路地裏に倒れていたのに生地の痛みや汚れ、ほつれなどは一切無かった。

「普通こんなとこに寝てたら汚れの1つや2つは余裕で付く気がするんだけどな。まぁ、そんなこと考えても今は時間の無駄か」

 そう言い残して、俺は何処の国も分からぬ路地裏を歩き始めた。


 歩いてみて気付いたがここの路地裏、結構汚い。どストライク過ぎる表現なのかもしれないが似合う言葉がこれ以外ない。

 石畳にはところどころに黒いヘドロの様なモノがあり、道の端には積み上げられたゴミが無残に散乱していた。

 ホコリももちろん沢山あり、俺の服が何故汚れなかったのか余計に気になるくらいだった。

「うぅ、寒い寒い。この格好じゃあ今の肌寒い気温に向いていないな」

 今の気温は、だいたい15℃を少し下回るくらいか。少し湿っていてコートが欲しくなってくる気温だ。


 今の俺の服装は本当に簡素で、初夏に着るタイプのものだ。それではもちろん凍えてしまう。極端に低いわけでもないが、こういうほんの低い気温は何を着るか迷ってしまう。

「まぁ、今持っている服はこれしかないから我慢するしかないか……。」

 新しい服を買う為のお金があるのか確認する為にポケットを確認してみても、硬貨一銭も無かった。ポケットを裏返したり、裏にもポケットがあるか確かめりして何回も探してみても無かったので、また一つため息を付いた。

「はぁ‥、どうやら金も全て無くなってしまったらしいな。金が無いと流石にホームレスと同様になってしまう‥。どうしたものか」


 酷く深刻そうに頭を掻くと急に隙間風が吹いてきた。ただでさえひんやりとした路地裏の空気に吹き込む風はとてつもなく寒く、俺は腕を交差させ震える体を縮こませその寒さを耐えていた。


 すると、俺の脹脛に1枚の紙が貼り付いた。それをとってみると、どうやら新聞の様だった。

 新聞の紙質からしてもここ最近のものであり、もしかしてニュースや今いる国ががわかると思い、俺はその新聞を拾い上げて読み始めた。

「何々………………新聞社名どんなものだ?」

 俺は新聞の題名を探すと、新聞の第一面に大きく【デイリー・メール】と書かれた文字を見た。


 その紙面を見て俺は驚きを隠せなかった。いや、隠せる筈は無い。

「【デイリー・メール】は確かイギリスの新聞だったはずだ!この新聞がそう他国に行くことは無いし‥。ともかく、ここはイギリスだったとは……。言語の壁は無いからまだ幸運な方だが‥、果たして俺みたいな余所者を、受け入れてくれるのか…?」

 俺は確かにその【デイリー・メール】という新聞を知っていた。

 (いや、有名なだけか)

 今の時代の主な情報媒体は新聞等であり、その少ない種類の新聞の中でも古株に当たる新聞だ。

 知らない者の方が少ないくらいだ。


 こうして、自分が今いる大まかな場所が分かったのでともかくは安堵したものの、まだまだ心配事はまだまだたくさんある。

「まずは衣食住だ‥。それに、どうやってその最低限の生活をする為にどれだけ必要な金があるのかもどうかも確かめなければならない」

 俺が記憶を無くす前に何の仕事をしていたかは分からないが、とにかく早く職を探さないと基本の衣食住さえもままならなくなる。


ただ……

「しかし、この見た目ではろくな職には就けないだろうな‥。だからと言っても服を買う金さえも今は無いと来た。」

無一文の俺はもちろんだが何にも買えるものはない。だからと言っても職は必要だ。だが、それなりの給料がある職に就くには良い身なりも必要で、まるでホームレス初心者みたいな俺を見ても雇ってくれるのは精々劣悪な環境な工場等の仕事しかない筈だ。ただ、そんな所で働いても手に入るのは雀の涙くらいの金だけで、普通に暮らしていけるとは思えない。学があるのかどうか今はわからないが、流石に上流階級の男爵では無さそうだ。

「服は一旦諦めるとしても、どこかに1ポンド札でもあったら食料や今一番欲しい服なんてのが最低限買えるのだがな‥。そう簡単に落ちてる訳無いか」

もちろん、そんなうまい話等ある訳も無く、ゴミやホコリなどがあちこちに落ちてるだけで何か貴重な物はある訳が無かった。

俺は、苦笑しながら

「こんな事を考えてるなんて、俺はいつの間にか阿呆になってしまったのか。いや、元々記憶を失ってるから阿呆なのか。」

そんな他愛もない事をボヤキながら、足を進める。


時間的には、そろそろ本格的な夜が始まる頃か。裏路地もだんだん闇に染まっていき、ただでさえ寒い裏路地が、夜の冷たさによってどんどん気温が下がっていく感じがした。


俺は、そんな寒さに耐えきれず、思わず大きなくしゃみをした。

「はぁ……、寒い寒い……」

息を大きく吐いてみると、はっきりと映る白い息が出てきた。これだけでも寒いのはわかるのだが、ここは裏路地。表の繁華街と比べると、冷たい風が狭い路地を通り余計に寒く感じる。

「出来れば、毛布とか寒さを和らげるような物があると良いんだがな……」

そう言いつつ、周りを少し探索してみると黒いゴミ袋の下に、何やら黄土色の布らしき物が見つかった。

上にあるゴミ袋を手で退けてよく見てみると、紛れも無い、毛布だった。

「言ったそばからこんな良いものが見つかるなんて、俺はツいているのかもな」

そうして、裏路地の壁に寄り掛かる様にして座り込み、その毛布を体に包んだ。

そうしたら、今までの冷気が嘘のように無くなり、自分の体温で毛布が暖かくなるのを感じる。

「これは良い!これなら夜も安心して寝れるぞ!」

そうして、毛布に包まっているととても心地良く感じる。毛布の匂いもゴミ袋の下に置いてあったにも関わらず、ゴミやヘドロの臭いが感じられなかった。

もしかしたら、位が高い貴族が捨てた物だろうか?俺はそう考えながらこれからの事を考える。


そうしたら、10分もしない内に眠気が襲いかかって来た。歩き疲れたのか考え疲れたのか分からないが、そんな事を頭の中で考えている暇も無く眠りに落ちた。

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