第十章 梅野の対応

 梅野は十四階の客室を全て回り、乗客達の状況確認を終えた。この階にいる五室のVIP質は皆、感染者が出た時点から皆部屋でくつろいでいたようだ。その為、早期にPCR検査を済ませることが出来、皆陰性だと確認している。

 感染者の城之内と同部屋の女性も同じで、引き続き客室で安静にしていた。医務室から城之内や濃厚感染者の部屋で、ウイルスは全く検出されなかったとの報告も受けている。

 そうした結果を受けた医師達の見解によると、やはり城之内はウイルスを所持する犯人達に個別で狙われた可能性が高いらしい。食事等に混入させたのだろうと推測していた。

 調理部門の人間がドローンを操縦していたらしく、その後殺されていた事から彼が仕組んだと考えて間違いないだろう。しかも乗組員の中には、犯人がまだ潜んでいるはずだ。しかし彼らを探しまわる行動を取れば、乗客に危険が及ぶことを考慮しなければならない。

 だが何もしない訳にはいかないと考えた梅野は、まずVIP達のご機嫌伺いをする為に外へ出て、情報を収集しようと考えていた。また犯人は、乗客の中に紛れていることもありえる。それも同時に探る事ができるかもしれないからだ。

 最上階の客達は、今の所変わった様子はなく問題はなさそうだった。そこで十二階へと移動し、十六部屋の中で使われている八部屋のVIP達を訪ね終えた時、船内だけで使用できる携帯に連絡が入った。

 電話に出ると、相手は十三階にいるセキュリティ部門からだった。

「梅野サブキャプテンですか。十二階におられるようですが、今宜しいですか」

 恐らく彼らは防犯カメラを見ているのだろう。船長は彼らの中にも犯人がいる可能性を示唆しさしていた為、慎重に答えた。

「そうだが、何か問題でも?」

 すると彼は思わぬ事を言い出した。

「我々は船長から、防犯カメラを注視するよう言われています。そこで先程気になる動きを発見したのでご相談したところ、梅野さんに伝え確認して頂くよう指示がありました」

「気になる動き? 何を確認すればいい?」

 そこで十四階の八神から客室係に防護服を持ってくるよう依頼があったことや、その後映像に移った様子を説明された。廊下には複数の隔離装置を設置した為、本来なら全体を見渡せるはずが、エレベーター回り等の一部しか確認できなかったそうだ。

 それを聞き終わった梅野は、彼に聞いた。

「つまり八神様らしき人が、どこの部屋か不明だが六階との間で誰かと行き来していた、と言うんだな。しかも一人は私が十四階に降りた時、見つからないよう隠れた」

「はい。船長の話では、六階には城之内様と八神様のお連れの方がいらっしゃると伺いました。とはいえ奇妙な動きなので、今お客様のご様子伺いをされている梅野さんに、お願いしたいとの事でした」

「失礼のないよう事情を伺え、ということか」

「そのようです」

「どちらの部屋に行き、どう質問しろとの指示はあったか?」

「いえ、ありません。梅野さんにお任せするおつもりだと、私は解釈しましたが」

「判った」

 通話を切った梅野は少し考えた。防護服を持ってくるよう依頼したのは、先程訪問した八神だ。しかしそこから六階との間を一往復半したという。つまり今、防護服は六階にある事を意味する。しかも八神は部屋にいて、二着用意させていた。

 そう考えると今回の不可思議な行動の主犯は、彼女達の連れだろう。持っていたタブレットを操作し、乗客名簿の確認をする。そこで六〇三と六〇五の二部屋には、城之内のビジネスパートナーとその同伴者がいると判った。彼らとは一度挨拶を交わした記憶がある。

 確か名字が同じ三郷なので関係を尋ねた所、叔母と甥だと紹介されたはずだ。二十五歳も年が離れているようには全く見えず、とても驚いたからよく覚えている。叔母と名乗った彼女は若々しく、姉弟または夫婦と言われた方がしっくりしただろう。

 だが城之内によれば彼女は資産運用や管理能力が高く実績もある、相当なやり手らしい。愛嬌の良い外見とは裏腹に、ハードな交渉をものともせず相当頭が切れると褒めていた。

 そんな人なら、彼女が甥の分も含め八神に防護服を持ってこさせたと考えても、全くおかしくない。何か考えがあっての事だろう。

 そこで梅野は十階への挨拶を後にし、六階へ向かった。彼らは城之内の濃厚接触者で、本来なら被害者の関係者だ。しかしこのタイミングで、不審な行動を取る理由が判らない。

 犯人の仲間なのか。そう疑った時、ある考えが浮かぶ。だがもし予想が当たっていたなら、慎重に行動しなければならない。秘密裏で、船内に潜む犯人達を捜していると悟られてはいけないのだ。

 あくまで失礼のないよう事情を伺えと、船長は言っていたらしい。彼や本社も、梅野の真の狙いには決して賛同しないだろう。

 犯人達は既に、仲間の命を奪った非道な奴らと考えていい。悪くすれば、梅野自身にも危険が及ぶ。最悪の場合、乗員乗客全員が危機的な状況に追い込まれるケースも、考慮しなければならない。

 いや、待て。船長はセキュリティ部門の人間も、犯人の仲間である可能性を示唆していたはずだ。それが今回、彼らからの通報を受けて船長は指示を出した。その意図を汲み取らなければならないのではないか。

 両方共が、犯人に繋がっている可能性は薄い。もしそうなら、わざわざ不審な動きを知らせる意味はないからだ。梅野は船長の代わりに、VIP客のご機嫌伺いをしていただけに過ぎない。今のところまだ、彼らに疑われているとは考えにくかった。

 そうなると今回の訪問でどちらかに犯人が絡んでいるか、またはどちらも関わっていないかが判明する。これは責任重大だ。船長は両方の可能性を考え、当たり障りのない指示を出したのかもしれない。

 梅野は訪問した際の口実を、どうすれば良いか悩んだ。防犯カメラに写っていたとストレートに聞くのは、余りにもリスクが高い。それならば防護服については触れず、城之内の連れだから、様子伺いに来たと告げれば怪しまれないだろう。

 十四階との間を行き来した点については、外に出ず安静にしていたかを聞けばいい。彼らは検査結果で陰性と出たが、濃厚接触者だ。

 しばらく健康観察が必要だと、医師達から説明を受けているだろう。その期間中に発症することもあり得る為、部屋からの外出は絶対避けるよう指導されているに違いなかった。

 そこで嘘を付いたり誤魔化したりしたならば、後ろめたい計画を企んでいた恐れがある。ただその場合でも、深く追及するのは避けなければならない。現時点では、あくまで要注意人物だと認識するに留めておく方が良い。

 正直に話せば、その理由に納得できるか判断する。そこでまた腑に落ちないことがあっても、心に秘めておくしかないだろう。

 六階に着いた梅野は、意を決し六〇五号室の前に設置された隔離装置の前に立った。ここからは、二通りの方法がある。隔離装置の中に入り、インターホンを押して訪問を知らせるか、船内では通じる電話で部屋の内線にかけるかだ。

 若干躊躇したが、様子伺いだけなら部屋の中に入る必要はない。というよりもまず入れてはくれないだろう。電話で必要な点だけを聞きだせばよかった。それならばインターホンよりも、電話の方が声は聞き取りやすい。

 そう考え、梅野は部屋番号を押して呼び出すことにした。と言っても完全に頭から足先まで覆われている防護服で、この作業はなかなか厄介だ。

 ポケットの中に手を突っ込み、中に入っている携帯をまず掴む。そのまま服の中から耳に当てなければならない。ポケットの中は伸びるようになっているので、外気に触れることなく通話が出来た。

 難点は若干窮屈きゅうくつな体勢になる点と、布が耳や口との間にある為、はっきりと話さなないければ相手に通じ難く、先方の声が小さければ聞き取りにくい点だ。それでも防護服を着たままインターホンを通じて話すよりは、まだマシだった。

 呼び出し音が鳴っている。スリーコールで相手が出た。

「はい」

 声から、部屋の主である三郷真理亜だと判った。報告から想像すると、甥の直輝も中にいるはずだ。しかし彼女が出るのは自然だろう。ただ警戒しているのか、耳からの響きが固く感じた。しかも一言意外何も言わない。その為、できるだけ柔らかい声色で言った。

「副船長の梅野でございます。突然お電話して申し訳ございません。三郷真理亜様ですね。今宜しいでしょうか」

 少しの間をおいて再度、はいとだけ答えたので話を続けた。

「本来は船長のビリングがお伺いするのですが、ご存じの通り現在緊急事態なので、彼は本社との連絡があり手が離せません。その為私が代わりに参りました。今後何か困ったことがあり、客室係では間に合わない点がございましたら私が対応致しますので、ご了承ください。ちなみに三郷様は城之内様の濃厚接触者だと伺っております。陰性だったとの報告は受けていますが、お体の調子に変化はございませんか」

「大丈夫です」

 変わらず素っ気ない。以前言葉を交わした際には、もっと愛嬌のある方だったはずだ。やはり用心しているのだろう。それでも聞かなければならない。

「それは良かったです。恐らく医師にも言われていると思いますが、外出は控えてくださいますようお願い致します。検査が終わってから、外へは出ておられませんか」

「出ていませんよ。ずっと部屋の中におりました」

 梅野は首を捻った。彼女の発する言葉に動揺はなく、嘘が全く感じられなかったからだ。年の功なのか、それとも仕事上で顧客の秘密を漏らさないよう訓練しているのか、息を吐くように自然な答えだった。

 しかしそこで考え直す。そういえば報告では、防護服を二着依頼した八神らしき人が、防護服を着用したもう一人と六階を行き来したと言っていた。一人は間違いなく八神だ。その次に二人の防護服を着た人間が出て来て十四階へと戻り、また一人だけがここへ戻ってきたと聞いている。

 十四階に八神がいたことは、先程確認済みだ。つまり彼女はここへきて部屋に戻ったことを意味する。さらに彼女が持った防護服を着て、六階と十四階を往復した人間がもう一人いる。それが三郷真理亜とは限らない。甥の直輝である確率の方が高いだろう。

 そう考えると、彼女の言葉は嘘でなく事実になる。本当に外に出ず部屋にいた。出たのは直輝だから。その為梅野は再び尋ねた。

「直輝様はいかがですか」

 すると彼女は鋭く聞き返してきた。

「どうして私にそのような事を?」

「いえ、同じく陰性だと聞いていますが、体調にお代わりはないかと思いまして」

「それを確認したければ、彼がいる隣の部屋にかけるのが普通でしょう。私と同様、彼もまた外出を禁じられているのですから。それを何故私に質問したのでしょう」

 全く言う通りだ。彼がこの部屋にいると知っているからこそ、思わず尋ねてしまった。しかしその質問が、明晰めいせきな頭脳を持つ彼女の心の警報を鳴らしたらしい。思わず動揺し、言葉に詰まったが何とか答えた。

「お隣同士ですから、互いの様子が気になって確認されているかと思いまして。申し訳ございません。私が直接、彼に電話して聞くべきでした」

 さあ、どう出る。今彼の部屋に電話をしても出られないはずだ。いや今頃ベランダを通じて壁を乗り越え、戻ったかもしれない。彼女の反応を待っていると、答えが返ってきた。

「大丈夫ですよ。ベランダ越しに顔を合わせたので、問題ないことは確認してます」

「そうですか。ですが観察期間なので、なるだけ距離は保って下さるようお願い致します」

 なんとか話の流れを戻すことが出来た。そう安心していたがそれは間違いだったようだ。

「それは承知しています。ところで、梅野さんは今どちらにいらっしゃいますか」

 突然の質問に戸惑いながらも、正直に答えた。

「お部屋の前からです」

 するとさらなる追求が待っていた。

「そうですか。実は先程、八神さんの様子が気になったので内線をかけました。そこで梅野さんが様子を伺いに来られたと聞きましたが、全階を周られるご予定ですか。それだと大変ですね」

「いえ、さすがにそこまでは」

 船長から十四階と十二階と十階までは、挨拶するよう指示を受けている。だがそんな内情まで話すわけにはいかない。だが彼女はさらに探りを入れてきた。

「最上階は当然でしょうけど、十二階と十階くらいまではご挨拶されるのでしょうね」

 さすがに聡い方だ。梅野は濁しながら言った。

「まあ、そうですね」

「もう全て周られたのですか?」

 何故そんなことを聞くのか、不思議に思いながら事実を答えた。

「いえ、まだ十階が残っています」

「十二階の挨拶は終わられたのですね。その後、こちらに来られた。それは何故ですか」

 梅野は心の中で唸った。その点を確認する為の質問だったのだと遅まきながら気付く。こらからどう答えればよいのか悩んだが、、咄嗟に誤魔化した。

「十階に降りようと思った時、こちらに城之内様の同判者がいらっしゃる事を思い出しました。陰性だったとはいえ、濃厚接触者であるとの報告は受けていましたので、お体の具合が気になり先に参りました。それが何か。私がいけないことでもしましたでしょうか」

「いいえ、そうではありません。でも十階へ降りて周られた後、六階へ来られた方が効率的ですよね。これからまた上がらなければいけませんから。体調伺いだけであれば、急ぐ話でもありませんし。それとも先にこちらを訪ねなければならない事情が、何かあったのですか。しかも先程からお返事を頂く際、時々間が空くのはどうしてでしょうか」

 立て続けに核心を突く追及を交わすのは、これ以上無理だ。今更とぼけても遅い。そう悟った梅野は決心した。奇妙な行動を取っていたのは彼らだ。こちらに後ろめたいことはない。彼らが犯人の仲間だとすれば危険ではあるけれど、思い切って言った。

「申し訳ございません。実は先程、船内の防犯カメラを監視している者から、防護服を着用した八神様らしき人が、六階と行き来していたとの報告がありました。そこでどういった事情がおありか、確認して欲しいとの指示があったのでお伺いしたのです。回りくどくなったことは、お詫び致します」

 しばらく間があった後、彼女は言った。

「その指示は、どなたによるものですか」

「船長です。彼は先程申しましたように、犯人側とやり取りをしている本社から通信を受けた際、直ぐに動けるよう待機しているので動けません。ただ船内の状況は防犯カメラで注視するよう指示していたところ、そう言った報告が上がったようです。丁度私がご様子伺いの為に船内を回っている途中だったので、ついでに確認するよう指示されました」

「そうですか。でしたら少しお待ちください」

 保留音が流れ出した。同部屋にいる甥と相談しているのか、それとも別の仲間に連絡をしているのだろうか。懸念しながらも、ここまでの行動をもし犯人側に伝わったからといって、先方を刺激するには至らないはずだ。

 あくまで船長の指示に従い、セキュリティ部門が発見した不審な行動を確認したに過ぎない。そこで改めて考え直した。彼らが犯人なら、明らかに疑われる行動をするだろうか。

 そんな引っ掛かりを感じていたところ、保留音が消えて彼女の声が聞こえた。

「お待たせしてすみません。電話では何ですから、お部屋の中でご説明します。中にお入りください。鍵は開いております」

 先方はどう説明するか、決まったようだ。梅野としては、その内容を聞いて納得できるかどうかを判断すればいい。ここで何か行動を起こすのは危険すぎる。何を言われても、そうでしたかと受け止め持ち帰るしかないだろう。深入りは禁物だ。

 唯一の懸念は、部屋の中に彼ら以外の人物がいて、口を封じられることだった。しかしこの階へ梅野が訪ねることは、船長以下複数の人間が知っている。万が一の事が起きれば、彼らが真っ先に疑われるだろう。

 よってその確率は低いはずだ。そう願いながら、梅野は隔離装置の中に入り部屋の扉をゆっくりと開けた。恐る恐る中を覗くと、ベッドに座っている三郷真理亜の姿が見えた。その後方のベランダ近くの椅子に、下半身まで防護服を着たままの若い男性が座っている。

 甥の直樹だ。周辺を見渡した所、他には誰もいない。どこかに潜んでいる気配も感じなかったが、もしプロならそれ位の芸当はできる。梅野は気を張ったまま中へ入った。

「失礼します」

 後ろ手でドアを閉めると、彼女が立ち上がりながら口を開いた。

「そんなに強張った顔をしないで、こちらへ座ってください。今、お茶をお出しします」

 いいえと辞退する隙も与えないまま、彼女はポットにお湯を注いだ。しょうがなく指示された席へと向かう。そこは直輝の正面に置かれた椅子だった。梅野は彼と同じく防護服の上半身だけを脱いだ。念の為マスクをして腰かけたことで、向かい合う形になる。そこで彼の表情も、自分のように硬いことが判った。

 その間にある小さなテーブルへ、彼女がお茶を出しながら言った。

「二人共、そんなに怖い顔をしなくていいわよ。さあ、梅野さんも少し肩の力を抜いてください。出ないと話がし辛いじゃないですか」

 直輝とは対照的に笑顔を浮かべた彼女の声は、先程まで話していた相手とは思えない明るさだった。言われた通り、ここで変に身構えるのも不自然だ。こちらは副船長としての仕事をするだけだった。

 それに今は誰かに襲われることもないだろう。目の前の彼は、それ程逞しくはない。武器も所持していないようなので、例えかかってきても返り討ちにできる自信がある。

 そこで気を取り直し、マスクを少しずらしてお茶を一口飲んでから、息を整え言った。

「それでは早速お伺いしますが、何故防護服を着て十四階と行き来されたのですか」

 梅野は正面にいる彼の目を見た。現に着用している状態なので、言い逃れはできない。予想していた通り、ここから往復したのは彼のようだ。

 しかしその答えはサイドテーブルにお茶を置き、斜め後ろのベッドに腰かけていた彼女から返って来た。

「今後部屋の外へ出る際には、防護服が無いと不便だと思ったからです。なので八神さんにお願いして、二着用意して頂きました。私達だけでは十四階に行けないので、彼女に防護服を着てここへ一度来て貰い、帰りはそこにいる直輝がもう一つを着て彼女を上まで送り届け、戻ってきました。防犯カメラには映るだろうと予想していましたが、まだ混乱している最中なので確認はされないと思っていたのですが、甘かったようですね」

 何の悪びれる様子もなく説明した彼女の方を、振り返った。

「三郷様」

 そう呼びかけたが、二人共三郷だったと気付く。その為言った。

「三郷様がお二人いらっしゃいますから、下の名前で呼んでも構いませんか」

 彼女が頷いたので、梅野は話を続けた。

「それでは真理亜様。第一に、何故部屋を出ようと思われたのですか」

「万が一の時には、この部屋から逃げる必要があります。ただ防護服無しで外へ出るには危険すぎます。船内放送でも言っていましたが、犯人達は船を爆破するだけでなくウイルスをまき散らすつもりだそうですね。そうなった場合に備える為、八神さんに協力をお願いしました。手に入れようにも私達では無理ですが、レジエンドスイートに宿泊されている方からの要望であれば、客室係も何とか融通してくれると思ったからです」

 彼女の答えに、若干の違和感を抱いた。その正体が何か判らないまま、再び尋ねた。

「なるほど。上手く考えましたね。あなたが期待した通り、八神さんは防護服を手に入れた。そこで彼女と直輝さんが、ここと十四階を行き来した訳ですね」

 説明として矛盾はしない。そう納得していると、彼女が言った。

「ところで梅野さん。あなたの今回のお仕事は、VIP客達のご機嫌伺いだけですか。それとも別の意図があって、船内を回っていたのではないですか」

「別の意図とは何でしょう。私は単に船長の代わりをしていただけですが」

「それなら何故、防護服の中にタブレットを隠すように持っているのですか」

 梅野は内心慌てた。部屋の様子や彼らの行動に気を取られていた為、つい無造作に防護服を脱いだ。その時全乗員の名簿や、船内のデータを確認する為に隠していたタブレットが、少し見えてしまったらしい。それでも平静を装って答えた。

「これはお客様や、船内情報を確認する為のものです。異常が見つかった際なら、どこで問題が起こったか瞬時に判りますし、メモを残すことも出来ますから」

 上手く返せたと思ったが甘かった。簡単に許してくれず、さらなる質問が飛んできた。

「それなら何故、わざわざ操作し辛い防護服の中へ入れているのですか。外に出していた方が、明らかに操作しやすいでしょう。外側にもポケットは付いていますよね」

 さすがに即答出来ないでいると、畳みかけるように問われた。

「はっきりお伺いします。あなたは今回のシージャック事件における、犯人の仲間ですか」

 余りにも直球の質問に、梅野は目を丸くした。何故か正面に座っていた直輝までもが、驚いた表情を見せていた。一瞬頭の中が真っ白になったけれど、慌てて首を振り反論した。

「ち、違いますよ。あなた達こそ、そうではないのですか」

 思わずそう口走ってしまった為、もう後戻りはできなかった。そのまま二人を疑った経緯を説明し、タブレットを持っていた理由も話した。

 それを黙って一通り聞き終わった彼女は、やがて笑い出した。

「だから言ったでしょ。梅野さんは敵じゃないだろうって」

「そうかもしれないけど、ちょっと先走り過ぎじゃないですか、真理亜さん」

 直輝がそう答えながら、ちらりとこちらを向いた。どうやら梅野が彼らを疑っていたように、彼らもまた梅野を怪しいと思っていたらしい。だが途中で彼女だけがそうでないと判ったようだ。そこでおずおずと尋ねた。

「最初は私を、犯人の仲間かもしれないと考えていたのですよね。それがどうして違うと思われたのですか。もちろん真理亜さんが言うように、私は犯人達と関係ありませんよ」

 すると彼女が話し出した。

「犯人の仲間は、乗組員の中に必ずいると疑っていた私達は、あなたもその一人だと想定していました。でも受け答えやこの部屋を訪れた経緯を聞いて、その確率は少ないと私は判断しました。だって犯人の仲間なら、最初から誤魔化すような面倒な手順を踏まず、何故怪しい動きをしたのか私達をもっと追及するでしょう。でも彼はしなかった。だから部屋に入れたの。直樹は反対しましたけど」

「それはそうだよ。もし間違っていたら、部屋に犯人を招くことになるじゃないですか」

「でも違った。犯人の仲間なら、あんな慎重に部屋へ入るはずがない。もっと堂々としているはず。怖がっていたのは、犯人達に襲われないかと心配していた証拠。違いますか」

 当たっていたので首を縦に振ると、彼女は笑って続けた。

「だって一人とはいえこんな体格の良い人が、小柄なおばさんと華奢な若造相手に、怯えるなんておかしいじゃない。それにタブレットだってそう。仲間とだけ通信できるものならともかく、こんなものを服の中に隠している方が怪しまれるでしょ。副船長という立場の人が犯人の一味だったら、絶対しない。もっと堂々とできるはず」

「なるほど。それで私が敵では無いと思われたのですね」

 そう、と頷いた彼女はさらにこれまで二人で話し合い、今回の事件の犯人の仲間が少なくとも乗組員の中にいると結論づけた経緯、また犯人達の狙い、それを踏まえた上で城之内の元へ行き、自分達の推理が正しいかを確認するつもりだと言った。

 梅野は感心した。船長と交わした会話と重なる部分もあったが、彼らはもっと深く踏み込んでいると理解できたからだ。また先程感じた違和感の正体も分かった。

「それで防護服が二枚だけ、必要だったのですね。本当に何かあった場合に備えてであれば、八神さんの分も用意していたでしょう。ところで乗員の中にも犯人達の仲間がいる可能性があると思いますが、彼女は関わっていないと思ったから、手伝わせたのですよね。それは何故ですか。城之内さんを感染するよう、手助けをしたかもしれないのに」

「一つはこの旅で彼女の人柄に触れ、そんな大それたことが出来る人でないと感じたからです。あとは色々とやり取りをした上で、判断したとしか言えないですね」

 他にも確かな根拠があるようだが、今は話せないらしい。それでも構わないと思った梅野は、別の疑問点について意見が聞きたいと考え尋ねてみた。

「それにしても犯人達の狙いが、城之内様の個人資産まで及ぶとは考えもしませんでした。そうなると、他のVIPは大丈夫でしょうか」

「他の人達も、個別に脅されているかもしれない。そうおっしゃるのですか」

 直輝の質問に、梅野は頷いた。

「全く無いとは言えませんよね。もちろん城之内様の場合は、コロナに感染させられているので、脅しに屈しやすいとは思います。ただ他の方にも、言う事を聞かないと城之内様のようになると脅迫することは可能でしょう」

 彼女も同意した。

「そうですね。この船に乗っているVIP達の数名からだけでも身代金を脅し取ることができれば、相当な額になります。万が一本社との交渉が決裂しても、そちらで秘密裏に金を手に入れられたら、何事も無かったように私達は開放されるでしょう。そうなると、何食わぬ顔をして下船することだって出来ますからね。時間さえあれば、乗客全員との交渉だって可能になります。そうすれば莫大な身代金を、手に入れることになるでしょう」

「もしかして、そっちが本命かもしれない?」

「直輝の言うように本社との交渉がダミー、または両方並行している可能性もあるわね」

 だが二人の会話に、梅野は割って入った。

「いえ、ちょっと待ってください。言い出したのは私ですが、犯人はどうやってVIP達に近づき、お金を脅し取るつもりでしょう。城之内さんの場合はお二人が疑うように、医務室にいる誰かが犯人の仲間なら、接触は簡単です。ただ他の方は違います。私のようなものでも、部屋の中に入る事は余程のことが無い限り出来ません」

「時間が経てば、夕食を各部屋に届ける事になりますよね。その時がチャンスかも」

「直輝さん。それはそうですが、少なくとも十四階の方々は、部屋が二重になっています。ですから直接接触せず、受け取れます。私も部屋の外からご機嫌伺いをしただけで、招き入れてくれる方はお一人もいませんでした。皆様それだけ、過敏になっておられます。だから食事の際も、同じでしょう」

「そうか。なかなか難しいですね」

 彼は項垂れていたが、真理亜さんは対照的だった。背筋を伸ばし、目を輝かせて言った。

「直接会えなくても接触は出来ます。話ができれば尚いいけど、伝言メモでも渡して脅すことだってできる。それでどれだけ言う通りに、金を払うかは判らない。でも皆お金は持っている。命が惜しければ、いくらでも払うと言う人だって出て来てもおかしくないわよ」

 梅野もその意見に賛成した。

「確かに内線電話で話すだけでも、効果はあるかもしれません。何せ緊急事態ですしクルーズ船といえば、あの忌まわしい事故をどうしても想定するでしょう。あのような地獄を味わいたくないと恐れる人がいても、全く不思議ではありません」

「だったら、爆弾と言うのもダミーでしょうか」

 これを彼女は否定した。

「直樹、それは余りにも希望的観測過ぎる。シージャックだって本気かもしれないし、個人資産を狙う話は、私達が勝手に想像しているだけ。まだ確認が取れていないのよ」

「まずはそこを確認しないことには、何とも言えない。その為にお二人は危険を承知で防護服を手にし、医務室にいる城之内さんと接触しようとしていたのですか」

 彼らは頷き、さらに彼女が付け加えた。

「同時に爆弾とやらが、この船のどこに設置されているかも知りたいと思いました。そうだ。十四階で爆発した爆弾はどんな種類のものか、もう判明しているのですか」

 この時既に梅野はこの二人と手を組むことで、今の状況を打開したいと考え始めていた。当初は誰が敵で味方か判らなかった為、一人で動くしかないと諦めていた。

 しかしここにきて、これほど優秀な頭脳と行動力と勇気を持った味方と巡り会えたのは、幸運としか言いようがない。その為、自分が知りうる情報を全て彼らに伝えた。爆弾の種類だけでなく、その後ドローンを操縦していたらしき者が殺されていた事も告げたのだ。

 さすがにこの事実を聞かされた彼らは、驚きを隠せなかったらしい。

「本当ですか。既に一人、犠牲者が出ているのですね。それでは少なくとも殺人事件が一件起こっている訳ですから、そう簡単に船の乗員乗客が解放されることは無いと考えた方が良いかもしれません」

「真理亜さんの言う通りです。それにヘリだって爆破されているし、犯人達はこの船にいる乗客達の命なんて、何も考えていない極悪非道な奴らだと思った方が良いね。単にお金を奪えばいいと考えている、頭脳集団による犯罪では無さそうだよ」

 直輝の言うように、ヘリだってたまたま尾翼が破損し横転しただけで済んだに過ぎない。コントロールを失ったヘリが暴走し大爆発していれば、乗組員達だけでなく十四階にいた医務室の医師達もろとも、命を失った可能性もある。

 そうなったら、コロナに感染した城之内も死んでいただろう。つまり彼の資産だけを狙っての犯行とは考え難くなる。感染者が出たとの恐怖を植え付け、他のVIPを脅す作戦は、あながち的外れではないとも考えられた。

 しかしその場合、どうやって確認すればよいだろうか。副船長とはいえ、勝手に客の許可なしに彼らの部屋へ入る事は無理だ。そこで肝心な事を思い出す。

 二人が言ったように、それ以前の問題として外との通信を遮断している状態で、犯人達はどんな手を使い客達から金を奪うつもりなのかが解決していない。

 ネットが通じさえすれば、送金は可能だろう。だがそれをどうやるのか。また爆弾は、本当に船の各所に設置されているのか。そこも確認しなければならない。課題は山積みだ。

 ここは三人で手分けして、それぞれの課題をクリアしていく必要がある。梅野がそう提案すると、彼らは賛同してくれた。だがどういう分担にするかで意見が分かれたのだ。

「医務室にいる城之内さんの様子を伺う役は、確かに梅野さんがやった方が疑われにくいでしょう。でもそうすると、他の役目を残った二人で分担するのは余りにも無謀です。やはり医務室へは、私が行きます。彼によって招待され、資産管理の運用を任されているビジネスパートナーが様子を伺いに行くのです。それにもし既に資産の一部が送金されているようであれば、それに気付き留められるのは私だけですから」

「僕は各階で、爆弾が設置されていないかを確認に行きます。梅野さんの話だと、ドローンに積まれていたのは液体爆弾と言っていましたね。つまり犯人達が用意しているのは、同じものの可能性が高いでしょう。二つが混ざって何らかの衝撃を受けないと、爆発しないのなら、液体と液体を繋ぐくださえ切断すればいいんじゃないですか。特殊な処理技術が必要なくても良ければ、僕でもいいでしょう」

「いや、それを一人でやるのは待って。その前に梅野さんはVIPの方に連絡して、犯人からの接触が無いか、あった場合は知らせるように伝えて貰いましょう」

「待ってください。真理亜さん一人で医務室に行くのは危険です。あなた達もそうですが、私も犯人の仲間の一人は医務室にいる誰かだと思います。直輝さん一人で廊下を歩き爆弾が設置している個所を探すことも、止めた方が良い。セキュリティ部門の人間が、防犯カメラで不審な動きをする者がいないか、注視していますから」

「だったら梅野さん一人で動くおつもりですか。それもリスクが高すぎます」

「それが私の仕事ですから。それに何故真理亜さんは、そこまでして犯人を捜そうとするのですか。あなたは単なる乗客の一人にしか過ぎない。顧客である城之内さんの資産を守るのが仕事とはいえ、この状況です。あなたが動かず資産が奪われたとしても、責任を取らされることもないでしょう。命を懸けてまで動こうとする理由は何ですか」

 梅野は途中から抱いていた疑問をぶつけた。彼らと今回の事件について議論してきたが、彼女の頭の回転の速さと洞察力には驚かされた。互いが犯人の仲間でない、と証明した際の理論立ても見事だ。しかもあらゆる場面を想定し、誠心誠意向き合っている事も判る。

 だがこう言っては何だが、客観的にいえば童顔の小さなおばさんにしか過ぎない。そんな彼女のどこからそんな知恵や勇気が湧くのか、また危ない橋を渡ろうと掻き立てる真の動機は何なのかが知りたかった。

 梅野の問いに、彼女は少し間を置くと静かに語り出した。

「強いて言えば、使命感でしょうか。後は私の性格から、単に座して待つのは性に合いません。人には真面目過ぎるとか、馬鹿正直だと言われます。確かにおっしゃる通り、今私が何もせず顧客のお金が失われたからといって、責任を負わされる心配はありません」

「だったらどうして? 命あっての物種です。船の事は、私達に任せればいいでしょう」

 だが彼女は首を振った。

「今回あなたが、犯人の仲間でないと判りました。しかし乗組員の中に潜んでいるのは、まず間違いないでしょう。乗客の中にもいるかもしれません。そんな状況だからこそ、他力本願ではいられないのです。あなた達が乗客乗員の身を案じているように、私には甥である直輝を守らなければなりません。彼をここへ連れてきた、責任がありますから」

 この言葉を聞き、直輝はとても驚いていた。

「真理亜さん、そんなことを考えていたんですか? 僕はてっきり城之内さんの為に、色々考えているんだと思っていました。それだけじゃなかったんですね」

「それはそうよ。もしこの船であなたの身に何かあれば、兄さん達に顔向けできなくなる」

「それは違います。僕はもうとっくに家から出て、独立した成人です。子供じゃありません。ほぼ初対面の真理亜さんに連絡して、取材を申し込んだのも僕からじゃないですか。今回の旅に誘われ了解したのも、自分の意志です。無理やり乗せられた訳じゃありません」

 やり取りを聞いている内に、どうやら二人の間には複雑な関係があるらしいと、なんとなく理解できた。城之内さんの為にというよりも自分達、特に彼の命を守る為に行動しようとしているのだろう。それが彼女の強い意志と原動力になっているらしい。

 本来ならば、大事な乗客である二人の協力を得るのは本末転倒だ。しかしこの緊急事態で他に仲間がいない中、彼らの知恵と度胸や実行力を使わずに捨てるのは惜しい。全乗員乗客の身の安全を確保する立場の副船長としては、誤った判断だろう。

 しかし原理原則に逆らってでも、彼らの力を借りたい。そう思わせる程、真理亜さんの頭脳や直輝の若さと瞬発力は魅力的だった。

 二人の言い争いが落ち着き、当初の予定通り事件の解決を図るとの結論に達した所で梅野は言った。

「それではまず、真理亜さんが心配されている犯人達の別の目的について調べましょう。お二人が判らないと言っていた、ネットでの通信については心当たりがあります」

 これには彼女が真っ先に反応した。

「遮断された状態でも、他に通じる方法があるのですか」

「はい。今は犯人達の要求により、通信衛星から電波を受けるインマルサットという装置を切っています。ただ乗客の方達には知らせていませんが、この装置が故障した際に別途ネット通信できるイリジウム装置も、船には設置されています」

 インマルサットは高度約三万六千キロ上空にある、四機の静止衛星を使う方法だ。ほぼ全世界をカバーしている為に、多くの船舶や航空機が使用している。それに対しイリジウムとは、高度約七八〇キロと低軌道の上空に六十六機配置された衛星を使用するものだ。 

 ただし近年までは音声通信の利用が主で通信速度もインマルサットに劣る為、余り船舶では使われていなかった。だが最近はデータ通信のサービスも対応し始めたので、この船では予備として用意されていた。

「だったらそれを使って、外部と連絡を取る事は出来ないのですか?」

 直輝の疑問は当然だったが、梅野は首を振った。

「できません。同じく犯人側の要求によって、遮断しています。しかもイリジウムの回線は、基本的に乗組員しか使わない十三階、または船長室などでトラブルが起こった際に使用する五階の予備コントロール室でのみ、使用可能な有線を引いているだけです。携帯での通信は出来ません。その為乗船前に行った船内における説明時では、省いていました」

「ということは、本来乗組員しか知り得ない情報ですね。なのに犯人側は知っていたから、遮断させた。やはり乗組員の中に、仲間がいると考えて間違いないでしょう」

「さすが真理亜さんは鋭いですね。そこです。今回の事件を起こす前、犯人側は念入りな準備をしていたのでしょう。その為私が乗組員の中に、犯人が潜んでいると考えた根拠の一つでした。何故ならイリジウムを使用されないよう、常に見張っていなければならないからです。ちなみにその装置は、十三階の操舵室にあります」

 インマルサットが遮断されているかどうかは、船内のどこかにいれば電波が通じていないと確認するだけで済む。だがイリジウムに関しては、本体装置を監視し続けるか十三階のどこかで線を繋いでいない限り、遮断されているかが判らない。

 梅野は途中から疑いだした、十三階にいるセキュリティ部門の誰かがその役目を果たしているのだろうと睨んでいる。そう二人に説明すると、真理亜は手を叩いて言った。

「それです。もし犯人が城之内さんの資産を個別に脅し取ろうとしても、ネットが繋がっていなければ実行は不可能なので、どうするつもりなのかがずっと不明でした。でも今の話だと、医務室で繋がるのなら犯行は可能です。仲間の一人が本体装置の遮断を一時的に解除し、その間ネットバンキングで仮想通貨等を別口座に振り込ませるだけで済みます」

 そうか。事前準備さえしておけば、時間もそうかからない。その方法なら他の乗組員が通信できると気付き、外部に救助を求める可能性も低くなる。

 何故なら犯人で無い誰かがいつか通じるはずと、四六時中待機していない限り無理だからだ。外部との連絡は取れないものだと、誰もが最初から諦めているに違いない。

 しかしそこで別の事に気付き、彼女に言った。

「今言った方法なら、部屋から小型のタブレットが持ち出されている城之内さんなら、口座にある資産を動かすことは出来るかもしれません。でも他のVIPには不可能です。十四階や十二階、十階にイリジウムの回線は通じていません」

「そうなんですか。いえ、待ってください。確かに部屋の中でいたままなら無理でしょう。でも他のVIPを十三階まで移動させれば、出来ますよね」

 彼女の反論に、梅野は唸った。

「それはそうですが、一体どうやって十三階まで呼び出すかが問題になります。余程の理由が無ければ、彼らは外へ出て来ないでしょう」

「それこそお金を振り込まなければ、命は無いと脅せばいいのではないでしょうか。その点を梅野さんに探って貰いたいのです」

「言われてみればそうですね。しかしそれぞれに連絡しても、犯人から接触があった等と正直に答えてはくれないでしょう。せいぜい怪しい反応をするかどうか、探れる程度です」

 彼女はそれもそうかと思い直したようだ。腕を組み、じっと何かを考え始めた。その様子を男二人で見つめながら、それぞれも何かいい手は無いかと頭を捻る。だがなかなかいい案は思いつかない。

 すると突然彼女が顔を挙げ、梅野に質問して来た。

「もし犯人がVIP達を十三階に呼び、ネットに繋げて金を奪おうとするなら、一人一人呼ぶ事はしないでしょう。どこかに集めて一斉に手続きさせる方が安全で効率がいい。ただそれが実行可能な部屋なんて、限られるはずです。どこか心当たりはありませんか」

 咄嗟に浮かばなかった為、梅野は持っていたタブレットを操作し、船内地図を呼び出して十三階の各部屋を確認した。彼らは移動し、その画面を背後から一緒に覗いた。拡大しスクロールしながら、一部屋ずつ見ていく。

 そこで彼女の言う条件に当て嵌る一室を発見した。しかもそこ以外は回線が最大二、三か所しかない事も、図面から判明したのだ。

「ここしかないですね」

「決まりでしょう。おそらくこの部屋に一同が集められ、ある時間が来た時点で一斉に操作させれば、犯行は可能です」

 彼女は梅野に対し、さらに言った。

「計画が行われる場所が特定できたなら、個別に確認するよりもっといい手があります」

「良い手とは何ですか?」

「どうするつもりですか?」

 男二人が同じ疑問を口にすると、彼女はにやりと笑った。

「慌てないで。まだ犯人達の狙いがそこにある証拠は、まだ何もないんだから。まずはその点を確認しましょう」

 梅野は頷いたが、直輝はさらに尋ねた。

「まだ爆弾の問題が残っています。そっちは放って置くんですか」

 彼女は首を横に振った、

「そういう訳にはいかないでしょう。作戦が失敗したら、犯人達は爆弾を使用してウイルスをまき散らすかもしれない。だからそれも同時に確認する必要があるわね」

「どうやって?」

 今度は男二人の声が重なった。彼女は再び顔に笑みを浮かべながら、今後の作戦について話し始めようとしたその時、梅野の持つ船内用の無線が鳴った、

 余りにも突然だったので、三人共がびくりと反応する。こんな時に誰だと皆思っていた。梅野は二人に視線を送った後、電話に出た。

「はい。梅野です」

 相手は意外な人物だった。

「梅野サブキャプテンですか。私、セキュリティ部門の者ですが、今どちらにいらっしゃいますか」

 部門名を聞いて、嫌な予感が走る。そこで険しくなった表情を、彼女は見逃さなかった。口だけを動かし誰と尋ねられたので、セキュリティ部門と同じように答える。

 すると彼女も警戒感をあらわにした。直樹に近づき、耳元で囁き合った後に、二人は梅野がどう応対するか、凝視していた。

 ここで迂闊な事はできない。自分だけでなく、彼らの身も危なくなるからだ。といって嘘は付けない。どうにか平静を装いながら答えた。

「今六階だが、どうした? 何があった?」

「いえ、先程十四階と六階の間で行き来している、不審な行動を取っている人物を見つけました。そこでどうするかこちらで検証し、船長に相談した所既に梅野サブキャプテンに対応を任せたと伺ったのですが、その後どうなりました? 少し時間が経っているので、気になった為にご連絡した次第です」

「ん? つまり君は同じセキュリティ部門でも、五階の待機室にいるチームなんだね。今君自身はどこにいる?」

「五階の待機室です。最初の報告は十三階の奴らに先を越されましたが、その後の動きはこちらでも引き続き確認しようと、待っていた所です」

 それを聞いて、胸を撫で下ろした。どうやらチームを会社ごとに別れた事で、対抗心が芽生えていたのだろう。または互いにけん制し合っているようにも感じられた。

 そこで安心させる為にも、目の前にいる二人には手で大丈夫だと伝えてから言った。

「なるほど。ありがとう。問題はない。今はその不審な動きをしたと疑われた人物達に、事情を伺っていたところだ。彼らは今回の事件とは無関係だ。何も後ろめたい事はない」

「そうですか。それなら良かった。連絡がないので、何かあったのかと心配しましたよ」

「それは悪かった。そうだな。こちらから船長や十三階にいる彼らにも、問題ないと伝えて置く。引き続き不審な行動がないか、監視を続けてくれ」

「了解しました」

 電話を切った後で内容を彼らに伝えると、直輝はまだ警戒していたようだが、真理亜さんは納得したらしい。強く頷いていた。

 さあこれから早速動きださなければならない。まずこの二人の動向について、梅野はどのように船長や十三階のセキュリティ部門へ報告すれば良いか、相談をし始めた。

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