第38話 絢斗と三人とお家⑤

「……おい、春夏冬」

「な……何か?」

「なんとか言えよ」

「……なんとか」


 俺から顔を逸らして汗をダラダラかいている春夏冬。

 この反応は何かを隠している……?

 もしかして本当にアキちゃんなのか?


 しかし春夏冬は何も言おうとはしない。

 ただ真っ青な顔で黙っているだけである。


 だが俺はそこで妙案を思いつく。

 妙案というか……本人に直接確認すればいいだけの話なのだ。


 俺は携帯を取り出し、アキちゃんにメッセージを送る。


『突然のメッセージ申し訳ございません。アキちゃんの本名って、春夏冬絵麻じゃありませんよね?』


「…………」


 違うはずだ。

 俺はそう思いながら春夏冬の方を見る。

 すると彼女の携帯に何やらメッセージが届いたらしく、内容を見てギョッとしていた。


「え……もしかして高橋……ハイブリッヂさん!?」

「嘘だろ……本当にアキちゃん……なのか?」


 春夏冬はハッとし顔を真っ赤にして呆然とする。


 これは確定だ。

 間違いない。

 絶対だ。


 春夏冬が……アキちゃんなんだ。


「な、なんで黙ってたんだよ……別に言ってくれても……」

「だって……恥ずかしいじゃん……こんな格好しててvtuberやってるなんて……それに高橋は私の信者だし、話しづらかったのよ! ガッカリさせるんじゃないかなって思って……」


 春夏冬は恥ずかしそうに顔を伏せ、その場に座り込んでしまう。

 俺は突然のことに事態を飲み込めず、ただただ唖然とするばかり。


「まさかライバルに最強の手札があったなんて……これは最悪の事態っすね」

「でも~、負けないよ、私~」


 水卜と御手洗はまだ女の戦いの話をしているらしいが……

 しかし、春夏冬がアキちゃんだったとは……

 それはもう分かったはずなのに、頭の中で何度も何度も思考してしまう。

 

 だが彼女がアキちゃんだと分かった瞬間から、彼女が可愛く見えて仕方なくなってきた。

 

「…………」


 そこで俺は春夏冬に心の中で数々の暴言を吐いてきたことに罪悪感と後悔を抱き始める。

 アキちゃんだったらなんて言って、春夏冬と比べていたけれど、同一人物だった。

 俺はなんてバカなことを考えていたんだ……いつだってアキちゃんは素晴らしいはずだったのに……となれば、春夏冬だって素晴らしいってことになるだろうが。


「あ、あの……え? 俺なんて言えばいいんだ? えええっ!?」


 まだ混乱している俺。

 春夏冬に何て言えばいいのか分からない。

 彼女がアキちゃんだと分かって……どうすればいいんだ?


 アキちゃんは俺の天使で神で……絶対なる存在。

 なら春夏冬だって絶対だってことだよな?

 そういうことになるよな?

 だったらこれから……春夏冬様とでも呼べばいいのか? 

 呼ばせていただいたらいいのか?


「絢斗~、どうしたの~?」

「いや……春夏冬様になんて言葉をかければいいのかなと考えていて……」

「やめて! 様付けとはホンマにやめて! うち、神様でも何でもない……ただの女子高生やで!」

「…………」


 女子高生アキちゃん……それもまたいい。

 アキちゃんは成人だとばかり思っていたけれど、未成熟なところもまた可愛く思える。

 あ、ダメだ。

 彼女がアキちゃんだと考えるとどうしたってそんな思考回路になってしまう。

 どうしたって可愛いとしか思えないし、全肯定してしまうではないか。


「み、水卜の件があってからギャルって苦手だったけど、ちょっと好きになってみようかな……」

「……態度変わり過ぎっすよ先輩! ほら、もっと塩対応な先輩を思い出してください! 先輩は塩っす! 砂糖みたいに甘い男じゃないはずっすよ!」


 確かにそうだ。

 俺は誰に対しても基本は塩対応のはず……

 来るものを拒み続けた強者のはずだ。


「そうだったな……でもアキちゃんは素晴らしい!」

「……もうダメっすね。アキバカには何を言っても無駄なんすね……」


 何やら諦めたような表情をしている御手洗。


「春夏冬……」

「…………」


 俺は座り込んでしまっている春夏冬に手を差し伸べようとした。

 だが彼女は突然立ち上がり、家を飛び出して行ってしまう。


「ほ……ほなさいなら!」

「え? ちょっ、春夏冬!?」


 玄関のドアが開き、そして閉まる音が聞こえる。


「え……なんで逃げたんだ?」

「さぁ~? 私にも分からないな~」


 何故逃げ出してしまったのか……理由は分からないが明日にでもしっかり話を聞くことにしよう。

 アキちゃんの問題は全部知っておきたい。

 知りたくないことなんて一つもないぐらいだ。


「それでさ~絢斗~」

「なんだ?」

「絢斗がアキちゃんのこと好きなのは分かった~……イコール春夏冬ちゃんのことが好きってことだよね~」

「……と言うことになるのか?」


 と言うこと以外に考えられないけれど。

 

「だったら聞いておきたいことが一つだけあるんすけど」

「な、なんだよ……」

「それって……恋って意味の好きっすか?」

「…………」


 俺は御手洗の問いに答えることができなかった。

 確かにアキちゃんのことは好きだけれど……これって恋なのか?


 自分で自分の気持ちが理解できない。

 突然のこと過ぎていまだにその答えを出せないというのが正しいのかも知れないけれど。


 俺ってアキちゃんのこと……春夏冬のことどう思ってるんだろうか。


 考えても考えても……その答えは出なかった。

 きっとそれは、生身のアキちゃんのことをまだ理解していないからだろうと俺は考える。

 

 俺は全然、春夏冬のことを理解していないんだ。

 それだけが分かった、そんな一日であった。

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