第36話 絢斗と三人とお家③

「ご飯、できたよ」

「ああ、ありがとう……」


 準備を出来たことを春夏冬が伝えに来てくれる。

 俺は少しばかり緊張しながらリビングへと向かった。


「…………」


 テーブルに用意された食事を見て、俺は唖然とするばかり。

 何品作ったんだよ……優に十人前はあるぞ。

 バカみたいな料理の量を見て、緊張は不安に変わる。

 これ誰が食うの? 基本は俺が食わなければいけないような気がする。

 そんな予感しかしなのだが。


 俺は恐る恐る自席へと着くと、三人はニコニコ満面の笑みで俺を見下ろす。


「さぁ先輩! 審査の程よろしくお願いします!」

「審査!? どういうこと? 状況が全然判断できないんだけれど?」


 いきなり知らないゲームを説明書無しで途中からやらされた気分だ。

 基本的なルールが分からなかったら何をすればいいのか分からわけないだろ。


「皆が作ったご飯、誰のが一番美味しいか絢斗に決めてもらうって話になったの~」

「なんでそんな話になる? 誰が一番とかどうでもいいだろ」

「どうでも良くないし。これは戦いなのよ! 女と女のプライドをかけた、決戦なのよ!」

「そ、そうなのか……なんか大変だな、女って」


 女の気持ちはよく分からない。

 まるで宇宙の謎を前にしたような……それほどに難解だと感じる。


「じゃあ~まずは私から~」


 俺の席の前には少しスペースが空いており、水卜が自分が作ったであろう食事をそのスペースに移動させる。


「……見た目は普通だな」


 見た目は至って普通。

 焼き魚に味噌汁。

 ついでに卵焼きと、日本人なら慣れ親しんだ物ばかり。


 俺はホッとしながらお箸を手にする。


「いただきます」

「どうぞ~」


 魚に箸を通すと、柔らかい身がホロリと崩れる。

 それをすくい、口に運ぶと……


「甘い!」

「やった~。絢斗喜んでくれた~」

「喜んでないから! ビックリしてるんだよ!」


 何故、魚が甘くなる?

 それに信じられないぐらい甘いぞ。

 綿菓子レベルに甘いぞ!


「え~。でも甘いって言ってくれてるじゃない~」

「甘いと美味いは同意義じゃないから! 甘すぎってことだよ。まったく……」

 

 俺は口直しに味噌汁をズズッと飲み込んだ。


「甘い!」

「やった~。今度こそ喜んでくれたね~」

「だから喜んでない! ビックリしてるんだよ!」


 また甘々な味噌汁だな……こんな味噌汁存在する?


「ちょっと待てくれ……なんで全部甘いんだよ?」


 卵焼きも予想を超えた甘さ。

 俺は驚愕しながら、水卜に訊ねる。


「え~、甘いのって美味しくない?」

「個人の好みにとやかく言うつもりはないけれど、これは常軌を逸している。甘すぎだ」

「これぐらいが美味しいんだけどな~」


 水卜の味覚はどうやら俺の理解できる範疇のものではないようだ。

 彼女の料理から目を放し春夏冬と御手洗を見ると、彼女らは二ヤーッと笑みを浮かべていた。


「これは勝ったみたいね」

「勝ちみたいっすね」


 水卜の料理をどかせ、今度は春夏冬が自分の料理らしきものを俺の前に置く。


「ささ。どうぞ召し上がれ」

「め、召し上がれって……これを食えってか?」


 テーブルの上に置いていた物で……できる限り視線を合わせたくなかった代物。

 それは真っ黒な物体。

 烏かってぐらい黒いんだけど……何これ?


「……ちなみにこれはなんですか?」

「やだなー。タラコパスタに決まってんじゃん」

「タ、タラコ……イカ墨パスタじゃなくて!?」


 真っ黒な物体の正体はタラコパスタ……だがしかし、目の前にある物は麺類ではない。

 いや、彼女が言うには麺類のはずなんだろうが……ゴミにしか見えないんだが。


「…………」


 俺は震える手でタラコパスタらしき物にフォークを刺す。

 フォークで刺せる時点でパスタじゃないような気もするが……とにかく黒い物体を皿から口に運び出す。


「…………」


 タラコパスタを口にした瞬間、走馬灯が見えた。

 俺は白目をむいたまま床に倒れ込み、宇宙の謎に辿り着く。

 なるほど……宇宙とはこういうことだったんだ!


「ちょ、高橋!? 大丈夫?」

「ハッ!? 俺は人類が進まなければいけない場所に辿り着いたはずだが……」

「何言ってんの?」


 唖然とする春夏冬たち。

 俺はあの世に旅立っていなかったことに安堵し、再びテーブル席に座る。


「お前、俺を殺す気か!」

「こ、殺すつもりなんてないし……喜ばすつもりだったし」

「こんなの喜ぶ奴がいるか! 野生のゴリラでも卒倒するレベルだぞ」

「それ言い過ぎ。頑張って作っただけど」


 頑張って作ったのはいいのだが、俺は死にかけたんだぞ?

 少しぐらい文句を言わせてくれ。

 そして俺の前では料理をしないでいただきたい。

 そう思うほどに春夏冬の料理は殺人兵器レベルに下手だった。


「ふっふーん。最後は自分っすね。さぁ先輩。召し上がってくださいっす」

「…………」


 御手洗が用意してくれたのは……かつ丼。

 見た目は普通。

 だが恐ろしい。

 甘い料理に殺人兵器……今度はどんなものをお見舞いしてくれるのか……

 食べたくない。

 正直食べたくないよぉ。


「どうしたんすか?」

「い、いや……箸が進まなくて」

「いいから食べてくださいよ。それとも、自分の分だけ食べてくれないんすか?」


 目をウルウルさせて御手洗はそう訴えかけてくる。

 俺は大きくため息をつき、覚悟をしてかつ丼を食べ始めた。


「……美味っ」

「でしょう? そうでしょ? いやー自分、小さい頃から兄弟のご飯作ってきたんで料理は得意なんすよね」


 得意顔で喜んでいる御手洗。

 嬉しいのは俺の方だ。 

 まともな料理……まともどころか上質な料理を提供してくれてありがとう。


 俺は揚々とかつ丼をかき込む。

 春夏冬と水卜は少し悔しがっているようだが……これには完敗だろう。

 完敗どころか勝負にもならないけれど。

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