第32話 絢斗と水卜と帰り道②
「絢斗~、これから色んなところに行きたいね~。これまで行けなかったところ~。映画にプールに遊園地でしょ~。それから……」
キラキラした目で願望をどんどん口にする水卜。
いや俺、金持ってないし。
そんなところに遊びに行くようなお金も行動力もありませんから。
本当に水卜は、陽キャ代表って感じだよな。
この辺りは今の俺にはついていけないよ。
俺は苦笑いしながら水卜に言う。
「俺そんなの行くような金持ってないよ。だから遊ぶなら金のかからないことしようぜ」
「お金のかからないこと~?」
「ああ。例えばそうだな……一緒に動画見るとか」
「動画か~。それもいいね~」
隙あらばアキちゃん布教。
この流れで水卜にもアキちゃんの魅力をとことんまで教え尽くしてやる。
俺はアキちゃん布教計画を瞬時に練り上げ、そして行動に移す。
「今度の日曜日なんてどうだ? その日はバイトも休みだし」
「日曜日いいよ~。わ~絢斗と動画見れるなんて嬉しいよぉ~」
俺を見るその瞳は美しく、暗い夜の下で輝きを放っているようだった。
水卜の視線から顔を逸らし、俺はドキドキしていた。
しかし調子狂うな……まるで中学生の頃に戻った感覚だ。
人と接してこなかった俺からすれば、ちょっといきなり過ぎて心臓が持たない。
緊張して、ときめいて……
いやしかし、最近はよくときめいていたような気もする。
それはアキちゃんに。
そして春夏冬と御手洗に。
「…………」
水卜に対して俺はどんな感情を抱いているのだろう。
好き……だった。
でも今はどうなんだろう。
水卜の顔を見て思案する。
笑顔は眩しいまま。
正直ときめいていると思う……
でも中学の頃のように彼女のことが好きなままなのだろうか?
そう自問してみるが、答えは出ない。
やはり三年という歳月は長かったように思える。
辛い出来事は時間が解決してくれると言うが……どうやら色んなものを解決してしまっていたようだ。
だけど水卜のことが嫌いになったわけではない。
嫌いだと思っていたけれど、今は素直に彼女と接することができる。
でもそれだけのような……でもそれだけじゃないような。
なんだか曖昧な関係だ。
「……ゆっくりでいいから、これからまたあの頃のように戻ろうね~」
「あ、ああ……そうだな」
俺の考えていることを悟ったかのように、水卜はそんなことを言った。
中学の頃はなんだかんだでよく一緒にいたからな。
俺の考えは筒抜けか。
水卜の家に到着し、俺はその家を見上げる。
三階建ての大きめの建物。
そこそこ裕福らしく、駐車スペースにはいい車も停まっている。
「いつも思ってたんだけど、そんな恰好しててお母さんとかお父さんは何も言わないのか?」
「もう言われなくなった~。よく言われたけれど、バカなことはしてないって分かってくれたんだ~」
見た目は派手なギャル。
だけれど水卜が言う通り彼女はバカなことはしない。
人を笑い者にしたり、人を見下すようなことは一切しないのだ。
そんなこと分かってたはずなのにな……
「そっか。そうだよな。うん。俺もそうするよ。これからは何があっても水卜のことを信じる」
「絢斗~……」
水卜は俺を見つめ、そしてまた涙を流した。
「綾斗が分かってくれるならそれだけでいい~。他の人にはどう思われてもいいの……」
水卜は俺の胸に飛び込み、そしてずっとすすり泣いている。
彼女の体のぬくもりにドキドキし、彼女の涙にズキンと胸に痛みを感じていた。
俺も俺でもっと信じるべきだったよな……
後悔の念と謝罪の意を込め、俺は水卜の体を抱きしめた。
「ごめんな水卜……」
「ううん……分かってくれたからいいの~」
しかしいい匂いがするし柔らかいし……このまま引っ付いていたら惚れてしまうぞ。
これは危険。
今の俺には……アキちゃんがいるというのに。
必死な思いで俺は水卜を引き剥がし、真っ赤な顔で彼女を見つめる。
「じ、じゃあ次の日曜日にな!」
「あ~絢斗~」
「な、なんでしょう?」
「連絡先分からないから教えて~」
「ああ、連絡先ね……俺の家の番号しか知らないんだっけ。と言うか覚えてないか」
「ちゃんと登録してるよ~」
俺は照れながら携帯を取り出し、水卜と連絡先を交換した。
これで家族以外の情報が三人目……全員女じゃないか。
どうなってんだよ。
いまだに友達が欲しいは思わないからどうでもいいけど。
携帯をしまうと、今度は水卜が俺の手を握ってくる。
何事?
なんでそんなことするの?
俺はテンパってしまい、オロオロするばかり。
「ななな、なんだよ? 何するんですか?」
「何もしないよ~。絢斗とは触れ合っていたいって思ってるだけ~」
「そ、そうか……そう言えば人と触れ合うと免疫が上がるって話があったな」
「へ~、そうなんだ~。でも今はどうでもいいかな~」
「だよねー」
緊張を和らげるつもりで知っている知識をひけらかしてみたが……全然意味が無かった。
これから水卜はずっとこんな調子なのか?
俺は彼女の笑顔を見ながら引きつった笑みを向けていた。
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