第31話 絢斗と水卜と帰り道①

「雨、止んだみたいね」

「本当っすね。そろそろ帰りますか。あんまり遅くなったら家族心配するんすよね」

「家族かー。御手洗ちゃんって、兄弟何人いるの?」

「自分含めて八人っす」

「は、八人って……多すぎじゃない?」


 依然として泣いている仲本を無視するかのように春夏冬と御手洗はそんな会話をしていた。

 水卜は泣き止み、赤い目で俺に笑顔を向ける。


「絢斗~。今度ちゃんと話そうね~」

「あ、ああ……」

「嬉しい~。また絢斗と話ができるの、すごく嬉しいよぉ~」


 水卜の真っ直ぐな言葉と表情。

 あまりにも眩しすぎて俺は顔を逸らした。

 なんだか直視するのが怖いような、恥ずかしいような……


 仲本を見下ろして、俺は思う。

 一人でいいと考えていた自分。

 それは水卜に裏切られたからだった。

 でも俺を……俺たちをはめたのは仲本だったんだ。

 だったら……俺はどうすればいいんだろう。

 あれだけ恨んでいた水卜が敵じゃなかったんだから、もう一人じゃなくてもいい?

 しかしいきなりそんな切り替えなんて難しいよな。

 自分の気持ちの問題ではあるが、だからこれから人と仲良くしましょうなんて……やっぱり無理だよな。


 俺は大きくため息をつき、春夏冬の方を見る。


「あの……とりあえずありがとう」

「ん。別にいいよ。こっちも騙して呼び出してごめんね」

「いや、いいけどさ……でも、なんであんな言い方したんだよ。もっと他にあったろ」


 春夏冬は口元に人差し指を当て思案顔をする。


「うーん……ああ書いた方ら絶対来てくれると思ってたからさ」

「なんでだよ。俺は別に他人のピンチなんてなんとも思ってないぞ」

「でも来てくれたじゃん。ちゃんと来てくれた。だって高橋は優しいから」

「や、優しい……そんなことないぞ」

「ううん。優しいよ。だって初めて会った時だって……」

「?」


 春夏冬はハッとし顔を赤くして否定するように両手をブンブン振る。


「ち、違う! なんでもない!」

「なんでもなくはないだろ。気になるから話せよ」

「なんでもないって言ってるやろ! ホンマに……デリカシーないな、あんた」


 京都弁でプンプンしている春夏冬。

 なんだよ、俺が悪いのかよ。


「先輩、もう遅いで家まで送って下さい」

「じゃあ私も送って」

「私も~」

「……三人別々の方向だから無理。全員一人で帰れ」


 俺は席を立ち上がり、店を出ようとする。


「ちょっと邪魔だからどいてくれ」

「うっ……」


 汚らしい顔で俺を見上げる仲本。

 俺はそんな仲本を無視しレジの方へと向かう。

 春夏冬たちも仲本を放って俺に続く。


「ま、待ってくれ……お願いだから待って、菫!」

「…………」


 懇願する仲本。

 だが水卜は振り向くことはなかった。

 まるで仲本の声が聞こえないかのように、凛として歩く。

 俺はそんな様子を見て、鼻で笑いながら店を出た。


 外は雨の影響で少し肌寒い。

 しかしさっきまでの雨が嘘のように綺麗な月が顔を出していた。


「じゃあ私と御手洗ちゃんは帰るから。水卜さん送ってあげなよ」

「は? なんで……」

「話は色々あるでしょ。二人っきりにしたくはないけど色んなこと解決してほしいとも思うし……」

「……なんで二人っきりにしたくないんだ?」

「先輩~、本当に分かってないんすね」

「?」


 春夏冬と御手洗は呆れている様子。

 だから何が分かってないっていうんだ。

 俺はそれが理解できず、疑問符が頭に浮かぶのみ。

 いいから分かるように説明してくれ。


「それじゃあ、失礼します」

「あ、ちょ……」

「また明日ね、高橋」

「…………」


 春夏冬と御手洗は仲良く帰っていってしまう。

 俺はポカンとしながら、一緒に取り残された水卜の方を見た。


「…………」

「どうしたの~?」


 こいつ……相変わらず可愛いよな。

 いや、相変わらずというか、以前にも増して可愛くなったように思える。

 少し派手なのは変わらないけれど。


「まぁその……送って行く。家は変わってないのか?」

「うん。ずっと同じところに住んでるよ~」


 だったらそこそこご近所さんというわけだ。

 俺の家から徒歩で十五分といったところか。


 俺は水卜の家に向かって歩き出すと、彼女は俺の隣を歩き出した。


「絢斗に送ってもらうの、塾の帰り以来だね~」

「そうだな……そうだよな」


 およそ三年ぶりか……水卜とこうやって帰るのは。

 長かったような短かったような……

 しかしこいつを恨んでばかりいたのを悔やまれる。

 水卜から連絡はあったのが、全部無視をしていた。

 ちゃんと話せばなんてことなかった話だったはずなのに、その全てを不意にしてしまっていたんだ。


「……ごめんな、水卜」

「ううん……絢斗は何も悪くないよ~」

「お前も悪くなかったんだな……全部、仲本がやったことだったんだな。今更ながら後悔してるよ。お前と話しておけば良かったって」

「うん……私も三年間寂しかった~。でもいいんだ~。また絢斗と話ができる~」


 そう言って水卜はまた涙を流し始めた。

 だけどさっきのように怒っているような顔ではなく、なんだか本当に嬉しそうな顔で……

 水卜は泣き笑いしながら、俺を見つめ続けていた。

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