第30話 絢斗と三人とファミレス③

「…………」

「…………」


 仲本は何も言わないまま立ち尽くしている。

 俺たちは席に座ったまま仲本のことを見上げていた。

 まるでいたずらをした子供が口を聞かないような……ずっと黙っていたら許してくれるとでも思っているのだろうか。

 

 俺は真実を知りたいと思っている。

 水卜の態度から考えて、彼女はあの時のことに関与はしていないはず。

 だったら、当事者であるこいつが全てを仕組んだことなんだ。

 中学時代、仲本はいつも俺にちょっかいを出してきていた。

 水卜は関係ないが、こいつは絶対関係がある。

 

 しかしどうしたら話をするのだろうか。

 いまだ俯いたままの仲本を見て思案する。

 が、その時、水卜がいきなりテーブルを叩き、バンッという大きい音が店内に響き渡る。


 さっきまではガヤガヤとうるさかったのに、店に静けさが訪れた。

 スピーカーから流れるBGMだけが流れ、全ての視線がこちらに集中されている。


「あ、すいませーん。なんでもありませんから」


 春夏冬が周囲にペコペコ頭を下げると、客はまた会話を再開させた。

 だがその中の数人は春夏冬を見て「可愛い」なんて言ってポーッとしている。

 いや、確かに可愛いが。


「仲本~! 話して~!」

「…………」


 仲本はまるで激しい痛みを感じているように顔を歪めている。

 だが誰もこいつに同情していない。

 話すまで赦さない。 

 そんな顔をしている。

 女って怖いな……そんなことを考え、俺は背筋を冷やしていた。


「す、菫が……」

「私が何~?」

「菫がこいつに手紙出してるの、見てて……」


 仲本はとうとう涙をポロリとこぼし、そして当時のことを話し出した。


「俺が中身だけを入れ替えたんだ……手紙には屋上に来てくれって内容だったけど、教室に来るようにって書いて……」

「俺はそれを読んだってわけか……」


 とうとう白状した仲本は膝から崩れ落ち、肩を震わせた。


「俺、菫のことが好きなんだよ……今だって好きだ。ずっと好きだった……だから俺はこいつが許せなかった! 菫がこいつに興味持っていて……それが許せなかったんだよ!」

「マジ最悪じゃん、こいつ。嫉妬でそんなことしたんだ。え、ちょっとあり得ないんだけど」

「春夏冬さんに完全同意っすね。ありえないっす。最悪というか害悪というか……時代が時代なら極刑ものっすね」


 そこまでの罪か!? 

 と思うも、被害者である俺からすればそれぐらいしてほしい気もするが……

 兎に角、俺はこいつを許すつもりはない。

 だってあの時に全てが狂ってしまったのだから。

 あの時、水卜にバカにされたと思って……

 でもだからアキちゃんのことを知れたのだけれど。

 ああダメだ。

 まだ頭が混乱している。

 正しい判断ができない。


 だけど今は仲本のことだ。

 自分のことや水卜とのことは後から考えよう。


「仲本~。気持ちは嬉しいけど、私ずっと絢斗のことが好きなんだ~」

「っ!」


 中学の頃のような、のほほんとした声でそんなことを言った水卜。

 あまりにも突然のことに俺の心臓は飛び跳ね、顔が赤くなる。


「綾斗の学校も知ってたから絢斗と会えるのを期待してあのあたりをウロウロしててさ~。殺されそうになったのはビックリしたけど、それ以上に絢斗に会えたのが嬉しくてビックリして……運命かなって思った~」


 水卜はさっきコンビニで俺に会うために同じことを言っていた。

 あの時は水卜の考えが全く分からなく怒りしか感じなかったが……今は正直戸惑っている。

 どう反応すればいいのだろうか。

 もちろん、嬉しい気持ちは大いにある。

 だけど……水卜に対する気持ちは、中学の時に離れてしまった。

 彼女とのことは全く考えていないから、気持ちは嬉しいけれどどうすればいいか分からない。

 

 俺は胸の辺りが重くなるのを感じ、そっと顔を伏せた。


「だから仲本の気持ちに答えることはできない~。それにそもそも……絢斗との関係をグチャグチャにした仲本を許せないよ~!」


 水卜は突然涙を流し、そして仲本を睨みつけた。

 仲本は泣きながら、そんな水卜の言葉とその視線にまた大泣きしだす。


「ごめん……ごめん、菫。悪かった……本当にごめん」


 もうどうしようもないことを悟ったのか、仲本はただひたすらに謝るだけだった。

 周囲の席の人たちは泣きじゃくる仲本を見つめ、ひそひそ話をしている。


 御手洗は隣で泣いている水卜の頭を優しく撫でている。

 俺は新しい情報にこの状況……とにかく困惑ばかりしていた。


「ねえ高橋。この子、悪い子じゃなかったでしょ」

「ああ……俺が勘違いしていた。水卜は何も悪くなかったんだな」

「うん~……私、綾斗に何もやってないよ~。ずっと好きだったんだもん~」


 ポロポロ涙をこぼす水卜。

 春夏冬と御手洗は何故か複雑そうな表情をしている。

 俺はそんな水卜の顔を見て、中学時代の彼女への気持ちを思い出していた。


 俺は水卜に恋をしていた……

 その気持ちは本物だった。

 だからこそ、今俺は戸惑ってばかりいるのだ。

 これからどうするべきか……

 

 何も言えないまま、ただ時間だけがゆっくり過ぎていく。

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