第22話 絢斗と絵麻と再会③

 波を打つ鮮やかな銀色の髪……しかし染めてから少し経ったのか根元は地毛である黒色が見える。

 うるんだ大きな瞳。

 魅惑的な唇。

 背も高くまるでモデルのような体型。

 制服姿ではあるが規定よりも短いスカートをはいているのだろう、スラッと長い足が露わになっている。

 そして見る者を釘付けにする、圧倒的な容姿。


 少し派手なこの女は水卜菫みうらすみれ……

 彼女は包丁を持った女に追いかけ回され、涙目で息を切らせていた。


「絢斗~。怖かったよぉ~」


 彼女は俺の顔を見るなり泣き出し、そして勢いよく抱きついてきた。

 その柔らかさと香水の甘ったるい香りに頭がチカチカする。

 そしてそれと同時に黒い感情が湧き上がってきた。


「……離れろよ」

「え~?」


 このおっとりした口調に抜けているような表情。

 あの頃と何も変わっちゃいない。


「ち、ちょっと高橋……その子誰?」

「…………」


 電話をしながら駆けつけた春夏冬は呆然として俺たちを見ている。

 足元には犯人。

 今すぐにでも逃げ出したい気分であったが、これを野放しにするわけにもいかない。

 俺は仕方なく、水卜の体を無理矢理に引き剥がす。


「いいから離れろ。迷惑だ」

「……そう、だよね~。ごめん」


 ゆっくり立ち上がる水卜の体は震えていた。

 怖かったのだろう。

 それは同情する。

 しかし俺はこいつに甘い顔をするつもりはない。

 他の誰かに慰めてもらえ。

 

 すると春夏冬は水卜の様子に気づき、彼女の肩を抱き寄せる。


「もう大丈夫だから、ね」

「う、うん……」


 俯く水卜に春夏冬は戸惑うばかり。

 俺に説明を求めるような顔をしているが、俺は無視をしていた。


「あ、来たみたい」

 

 二人から視線を逸らしたまま犯人を取り押さえていると、パトカーのサイレンが近づいてくる。

 事件を発見してから十数分。

 警察が現場に到着した。


「警察呼んでおいたから」

「そうか……ありがとう」

「…………」


 警察に事情を説明するために、俺たちは長い時間をその場で過ごすことになってしまった。

 迅速な行動には感謝するが、その後がどうも長すぎる。

 説明したらさっさと帰らしてもらいたいものなのだが……


「もうクレープ行けないね」

「だな……今度は友達と行けよ。俺はもういいから」

「え? 今度一緒に行けばいいじゃん」

「いや、俺はいい。もういいんだ……」


 事情徴収を受けている水卜の背中を見つめていると、静かな怒りが込み上げてくる。


 こいつとは出逢いたくなかった。

 もう顔も見たくなかった。

 もう思い出したくもなかった。


 なのにこうして目の前に現れるなんて……

 助けるのが運命だったとしても、あまりにも酷すぎやしないか、神様?

 こいつと再会しても、何もいいことないのに。


「とにかく俺は誰かと一緒に時間を過ごしたいなんて思っていないんだよ。お前はお前と一緒に過ごしたと思ってる友達と遊べばいいだろ」

「…………」


 いつもより暗い俺の表情を見てか、春夏冬は何も言わなかった。


「あの、もう帰ってもいいですか?」

「あ、ああ。ありがとう。君の行動を表彰すると思うから、その時は――」

「迷惑なんでいいです。そんなものいりませんから」

「……どちらにしてもまた連絡がいくと思いますので」

「分かりました」


 俺は水卜の方を見ることなく、さっさとその場を離れることにした。

 春夏冬も一瞬キョロキョロと周囲を見渡すが、俺について来る。


「絢斗~!」

「…………」


 だが、水卜が俺を呼び止める。

 そのテンポの遅い声に苛立ちを覚えるが、俺は立ち止まってしまう。


「その制服~、近くの学校のやつだよね~」

「…………」

「また今度会いに来てもいい~?」

「……迷惑だ。止めてくれ」

「…………」


 後ろで水卜が鼻をすする音が聞こえてくる。

 俺は胸に痛みと怒りを覚え、走り出した。


「ちょ、高橋!」


 走る俺を追いかけて来る春夏冬。

 気づけば空は暗くなっていた。

 バイトの時間だが完全に遅刻。

 だがそんなことより、水卜と再会してしまったことに俺は腹を立て、感情のまま全力で駆けた。


「……高橋、足遅いね」


 春夏冬は俺より体力があるようで簡単に追いつかれてしまう。


「お、俺は体力が無いだけで足はお前より早い……はず」


 流石に女子に負けるのはないだろう。

 なんて自分自身で無い自信を奮い立たせる。


「……あの子、泣いてたけど」

「泣いてたな。だからなんだって言うんだ。だったらお前はアフリカで人が泣いてたらどうにかできるのか?」

「ちょっとそれは極端過ぎでしょ……それであの子とはどういう関係?」

「……中学の時の同級生。それだけさ」

「それだけだったら、あんな態度取らないでしょ。高橋、周囲と溶け込もうとしないけれど、あれはいつもより酷い。あの子と何かあったんでしょ?」

「何も……何も無かったんだと思う。結局何も無かったし、なんでも無かったんだ」

「?」


 俺の少し後ろを歩く春夏冬。

 中学の頃の水卜のことをぼんやりと思い出す。


 あいつは同級生で、同じクラスで、のんびりしてるけど明るい奴だった。

 そして……俺の初恋の人で――


 俺を裏切った奴。


「…………」


 黙ってついてくる春夏冬の方を見ることなく、俺はバイト先に向かい歩き続ける。

 あいつと再会したことに腹の辺りが重く、そして痛みを感じていた。

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