第23話 絢斗と水卜と過去①

「先輩、春夏冬さんも一緒に来てたみたいっすけど、なんかあったんすか?」

「ん……まぁちょっとな。たいしたことじゃないよ」

「先輩ってアキちゃん以外のことはたいしたことじゃないって言いそうっすよね」


 遅ればせながらバイトを始め、御手洗と作業をしながら会話をしていた。

 結局、春夏冬はバイト先まで着いて来て、そして俺が中に入ると帰って行った。

 何がしたかったのか知らないけど……こんな所まで暇な奴だな。

 水卜の話を聞きたい様子だったが、俺は話をするつもりはない。

 もうあいつのことはどうでもいいのだ。

 すでにあいつは過去のことで俺には関係ない。 

 

「今更思い出させるんじゃない……」

「? なんか言いました?」

「いや、何も」


 可愛い顔で俺を見上げる御手洗。

 こいつの可愛い顔を見ると、なんだか力が抜ける。

 悪い意味じゃない。良い意味でだ。

 さっきまでは暗い感情が湧き上がるばかりだったが、今は少し気が楽になっていた。

 春夏冬と話をしていたら同じ気分になっていたかも知れないが……だがもう時すでに遅し。

 少し感情的になって無視してしまって……悪いことしたな。

 なんて、だから人と接するのは面倒だ。

 一人だったら他の人のことを気にしなくていいのに。

 まぁしかし、後で連絡ぐらいはしておくか。


「なあなあ高橋くん。これ、君の学校の近くじゃないか?」


 仕事をしている最中、店長が携帯を持って嬉しそうな顔でこちらにやって来た。

 店長は五十過ぎの小太りな男性。

 いつも明るくて悪い人じゃない。

 でもこう噂好きというか、世間のニュースなどが気になるらしく、どんな話にでも食いついてくるようなタイプだ。


 現在、彼が俺に携帯を見せているのだが……内容はやはりニュースのこと。

 それもそのニュースは……さっきあったことだった。


「ああ、そうっすね」

「男子高校生が通り魔を捕まえた……この男子高校生って知り合い?」

「知り合いって言うか……俺ですね。これの所為で遅刻したんすよ」

「ええっ!? そうだったの? 凄いじゃないか、高橋くん!」


 少年のようなキラキラした目で俺を見てくる店長。

 御手洗も感心したような顔で俺を見つめている。


「先輩、また人助けしてたんすね!」

「またってなんだよ、またって」

「だっていつでも自分のこと助けてくれるじゃないっすか」

「……そりゃ、知り合いだしな」

「でも、知り合いじゃなかったんすよね、この人は?」


 結果としては知り合いだった。

 それも会いたくない人。


「まぁ……」

「うん。やっぱ先輩のいいところっすね。いつでも困ってる人を助けるのは」

「いつでもじゃないよ。目に見える範囲だけだ」

「十分すよ。それで」


 ニコニコ仕事を再開させる御手洗。

 店長も楽しそうに携帯をイジっている。

 俺はため息をついて、冷蔵庫の補充に回ることにした。

 しかし、命がけのイベントをクリアしたのだ。

 これから数年は静かに暮らすことができるであろう。

 俺はぼんやりとそんな風に考えてたいのだが……そんな考えは甘かった。

 この問題は俺の生活を、まるで蛇のように執拗に締め付けるのであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「君が通り魔を捕まえた高橋くんだね? ちょっと話を聞かせてもらえませんか?」

「こっち向いてもらってもいいですか?」

「包丁を持った人に立ち向かうのはどんな気分でした?」

「…………」


 それは二日後のこと。

 バイト先に大勢の人が群がっていた。

 原因は店長のSNS。

 事件に関係した俺が自分のコンビニでバイトしているということを呟き、現在こうして記者の方々が攻め込んで来ているというわけだ。

 面倒なことをしてくれましたね……店長。


 俺は質問攻めに苛立ちと気怠さを覚え、適当に返事をしていた。

 しかしずっとこんな場所にいられるのも大迷惑だ。

 客が誰も入って来ないぞ。


「あの、今バイト中なんで……」

「少しだけですから! 怪我はしなかったのですか?」

「助けた人からどんなお礼を?」


 その言葉に俺はピクリと反応し、頭に血が上る。


「知らないですよ! ってか、本気で迷惑だからさっさと帰って下さいよ!」

「先輩、今度は自分が先輩を守るっすよ」


 御手洗が俺の服の袖くいくいっと引っ張る。

 裏に隠れてろってことのようだ。

 いつもは俺が助けているけれど……今回はその逆ってわけか。


 俺は御手洗に「ありがとう」と小さく呟き、バックヤードへと逃げて行く。


「店長……本当に勘弁してくださいよ」

「いやー、まさかこんなことになるなんて思っても見なかったんだよ。ごめんね、高橋くん」


 可愛らしくそう言う店長。

 俺はその喋り方にイラッとした。


「ちょっと休憩いいっすか?」

「うん。今回の休憩はちゃんと給料もつけておくから、ね、ごめんね」

「もういいですよ」


 俺は大量の息を吐き出し、裏から外に出る。

 人がいないのを確認し、俺は段差のある場所に腰をかけた。


「綾斗~」

「!?」


 バッと顔を上げると、そこには水卜の顔があった。

 学生服姿で彼女は、遠慮がちにこちらを見ている。

 なんでここにいるんだよ……

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