第16話 春夏冬と御手洗と高橋宅③

 カフェオレを御手洗に渡し、とうとうアキちゃんのことを布教できるという喜びに身体を震わせる俺。

 俺の家に無理矢理上がってきた春夏冬……お前もアキちゃんの素晴らしさをとくと味わうがいい!


 俺はリモコンを操作し、テレビで動画を見れる状態にする。


「あー、動画見るとか言ってたね」

「そうっすよ。今日は先輩の推しの人を見せられるんすよ」

「見せられるんじゃない。俺たちは拝見させていただくんだ。その辺間違えないでくれ」

「な、何? 崇拝でもしてんの?」

「そうっす。好きを通り越して崇拝っすよ」

「へー……」


 呆れている様子の御手洗。

 春夏冬は逆に興味が湧いてきたらしく、ワクワクしているようだった。

 俺は満を持してアキちゃんの動画を再生させる。

 

 さあお前たち、アキちゃんのその素晴らしさに魅了され、そして触れ伏すがいい!


『こんばんわー。アレクサンドロス・アキどす。よろしゅうおたのもうします』

「ぶはっ!!」


 アキちゃんの神々しい姿が現れた瞬間、春夏冬がコーヒーを噴き出した。

 なんて下品な奴なんだ……上品なアキちゃんとは大違いだ。


 俺は動画を再生させたまま雑巾を手にし、濡れた床を拭き取り始める。


「お前な……アキちゃんが可愛いのは分るが、吐き出すことないだろ。まぁそれだけこの子の魅力に驚いたのは俺としては嬉しいところだがな」

「あは……あはは……」


 春夏冬の目は何故かグルグル回っているようだった。 

 その眼には戸惑い、羞恥、緊張、色んな感情が渦巻いているようだ。

 そこは憧れと興奮だけでいいだろ。

 なんでそんな意味分からん感情をむき出しにしてるんだ、こいつは。


「そそそ、そんなに好きなん、この……」

「お。さっそく京都弁が移ったみたいだな。そう。俺はアレキサンドロス・アキちゃんのことが大好きなんだ。もう一度言う、アレキサンドロス・アキちゃんだぞ。忘れるな」

「は、はぁ……」


 春夏冬はふざけているとしか思えないほどに手を震わせながら持っていたコーヒーをテーブルの上に置く。

 そしてテレビ画面から視線を逸らし、大量の汗を流し出した。


「おい。しっかりアキちゃんを見ろ。なんのために今日お前はここに来たんだ?」

「目的なんてありませんでしたけど!? この、ア、ア、ア、アキちゃん? 見るために来たわけじゃないというのは確かだけど!」

「そんなの今日来た意味ないぞ……」

「と、とりあえず二人で見てたらいいじゃない。私も一応見とくからさ」


 春夏冬は膝を抱えて緊張しているおり、御手洗は感心したような顔でテレビを見ている。


「なるほど……確かにこの子可愛いっすね。ゆったりした京都弁に丁寧な受け答え……男受けしそうっすね」

「男受けどころか、女性ファンも多いんだぞアキちゃんは。そんじょそこらのvtuberと一緒にしないでくれ」


 他のvtuberのことはよく知らないけど。

 と言うか、他の配信者のことも全然知らないけど。

 でもアキちゃんが可愛くて人気者で天使ということだけはよく理解している。

 だからアキちゃんの良さをよく味わって幸せな気分で帰るがいいさ。


『今日も最後までありがとなぁ。ほなさいなら』


 一本の動画が終わる頃、俺はその素晴らしさに涙を流していた。

 御手洗は「ふーん」と一言もらし、春夏冬は視線をずっと泳がせている。

 なんなんだこいつ? おかしな反応ばかりするな。


「お、終わったみたいだし、別の動画見ようよ! ね? ね?」

「何をバカなこと言ってるんだ。次はアキちゃんの歌を聞いてもらう」

「う、歌? そんなのよりもっと他の面白い動画をさ……」

「他の動画よりアキちゃんの動画を楽しんでくれ。今日はそのために来たんだろ?」

「いや、違うし。それはこの子だけでしょ?」

「春夏冬さんは勝手に来ただけっすもんね。まぁ自分もそんなことのために来たわけじゃないっすけど」


 どうも二人はまだアキちゃんの魅力に気づいてないように見える。

 ここは彼女の歌をさっさと聞いてもらうことにしよう。


「ちょ、他のにしようよ」

「何を言ってる。せめてアキちゃんの『清水の舞台から愛を叫ぶ』と『坂本龍馬の墓の前で泣かないで下さい』を聞いてくれ」

「なんすかそのタイトル!? ふざけた歌なんすか?」

「ふざけてるわけないだろ! アキちゃんの代表曲のうちの二つだ。これを聞いたらお前ら泣くぞ? 俺は歌詞も振り付けも完璧に覚えている。だからお前らは歌詞だけでも憶えて帰ってください」

「…………」


 歌のPVを流し、俺はテレビの前で正座をする。

 そして始まるアキちゃんの歌。

 その甘美な歌声、心を癒す優しいトーン、そして静かに燃やす情熱。

 彼女の歌を聞くだけで自然と涙があふれてくる。

 これは二人も感動するに違いない……


 ちらりと春夏冬の方を見ると、彼女は顔を赤くして涙を流しそうになっていた。

 そしていきなり立ち上がり、全力で走り出す。


「う、うち先に帰るわ! ほなさいならー!」

「え……?」


 アキちゃんの歌を耳にしながら、俺と御手洗はポカンと走り去る春夏冬の背中を眺めていた。


「……そうか。感動した顔を見られるのが恥ずかしかったんだな」

「そうっすかな? なんというか、羞恥心みたいな感じじゃないっすか?」


 まぁよくは分からないが、これでまたアキちゃんという素晴らしい存在を伝えることができたのだ。

 結果はどうあれ、俺は達成感のようなものを抱いていた。


「じゃあまだまだアキちゃんの動画は続くぞ」

「……他の動画も見ませんか?」

「アキちゃんを一通り見てからな!」

「はぁ……」


 アキちゃんの楽しい動画はまだまだ続く。

 御手洗もきっと楽しんでくれることであろう。

 俺はそう確信しながら、動画に集中し始めた。

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