第17話 絢斗と絵麻と学校での時間①

 春夏冬たちと過ごした日の夜。

 御手洗を家に送り、晩御飯を食べ、風呂に入った後のこと。

 ベッドで寝転がりながらアキちゃんの動画を見ていた時、突然メッセージが送られてきた。

 もちろん、送り主はアキちゃんである。


『うちの好きな相手、うちのファンらしいねん』


 まさか、相手はアキちゃんのファンだったのか……

 凄くいい趣味をしている奴だ。

 俺は自分のことのように嬉しくなり、彼女に返事を返す。


『いいことじゃないですか。だったらアキちゃんがアキちゃんだって伝えたら上手くいくんじゃないですか?』

『でも……そんなん恥ずかしいわ。ハイブリッヂさんやから言うけど、普段のうちあんなん違うねん。キャラが全然違うから自分がアレクサンドロス・アキなんてよう言わんわ』


 当然、アキちゃんというのは一個のキャラクターなわけで、その彼女を演じる中の人は別人なわけで……

 しかし、彼女とメッセージをやりとりをしていて分る。

 中身はアキちゃんと変わらない、素晴らしい女性だということを。

 だから俺は彼女に自身を持ってほしいと考える。

 きっとアキちゃんなら何がなんでも大丈夫だと。


『たとえアキちゃんがアキちゃんだと伝えることができなかったとしても、必ず上手くいくはずです。だってあなたはとても素晴らしい女性なのですから。俺だったら本当のあなたを見たとしても必ず気づくはずです。そう断言できるほど、アキちゃんは優しくて素敵な人ですよ』

『ハイブリッヂさん……おおきに。そう言ってもらえたら勇気沸いてくるわ』


 彼女からの返信を確認し、俺は笑みをこぼす。

 きっと大丈夫。

 アキちゃんならどんな男性とでも付き合えるはずだ。

 彼女に興味を持たないような男などいないはずなのだから。

 

 しかし同じファンとして、本物のアキちゃんから興味を持たれるとは……

 ほんの少しの嫉妬心と、彼女の存在に気づけという呆れを同時に覚える。

 どんな奴なんだよ、アキちゃんに気付かないなんて……他人のことながら俺は軽い怒りさえも覚えていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 アキちゃんとのやりとりがあり、俺は幸せな気分で朝目を覚ます。

 相手に対しての怒りよりもアキちゃんとの楽しさが完全に勝っていた。

 この辺がアキちゃんの素晴らしさだよな、なんて考えながら俺は起き上がり着替えを済ます。

 リビングに向かい、朝食を取りながらテレビを見ていると……通り魔が出没しているというニュースが流れていた。

 どうやら事件は学校付近であったらしい。

 しかしこんなの自分には関係ない話だろう。

 襲われているのは全て女性。

 男である俺が狙われる心配はないだろう。

 そもそも、狙われるのが男女問わないとしても自分が狙われる確率なんて宝くじに当たるようぐらいのはずだ。

 要するに当たるようなことはない。


 俺はテレビから視線を外し、パンを一気に口にした。


 曇り空の中学校へ向かうと、相変わらず春夏冬は陽キャたちに囲まれている。

 俺はそんな彼女の隣の席につき、いつも通り机にうつ伏せになった。


「…………」


 春夏冬の視線を感じるような気がするが……俺は気にしない。


「ねえ絵麻。昨日は何してたの? 用事あるって言ってたけど」

「え? ああ……ちょっと他の友達と遊んでてさぁ」

「えー。そんなの私も誘ってくれたらいいじゃん! 遊ぶ人数は多い方が楽しいっしょ?」

「あはは、そうだね。今度からは誘うから」

「頼むよ、ほんとに」


 俺と一緒にいたことは隠したか……

 まぁ保身に走って当然か。

 俺なんかと一緒にいたなんて話をしたら恥ずかしいだろうしな。

 誰だってそうする。

 自分たちと住んでる世界の人間には近づこうとしないし、近づこうとする友人を引き留めるだろう。

 俺と春夏冬は住んでいる世界が違うのだ。


 陽キャと陰キャ。

 人気者に日陰者。

 女子と男子。


 ギャルと俺じゃ全然かみ合うはずがない。

 昨日家に来たのはよく分からんが、これ以降俺たちが交わり合うことはないであろう。

 俺は眠るフリをしながら、そんな風に考えていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 昼休みになり、面倒な授業がいったん終わる。

 俺は弁当を手にし、騒がしい教室から抜け出した。

 向かう先はプールの隣にあるポツンとした空間。

 用具室前である。


 そこは用事が無い限り誰も訪れない、まるで秘密基地のようなひっそりとした場所。

 もっぱら昼食はここで取っている。

 校舎によって日の光を遮らぎられているので、夏も案外快適に過ごすことができるので、本当にいい所だ。

 冬はちょっと辛いけど。


 弁当箱を開けると、中身はのり弁……完全に手抜きしやがったな。

 少し母親を恨みつつ、しかし感謝の念も抱きつつ弁当を食べ始める俺。

 味は言うことなし。

 おかずがあればもっと言うことなかったんだけどな……


 弁当を食べながらイヤホンを耳にさし、アキちゃんの歌を聞き始める。

 この至福な時間……学校の中で唯一の癒しだ。

 誰にも邪魔されない場所で自分の好きなことに没頭する。

 こんなに嬉しいことはない。

 

 だというのに……誰かが近づく気配がした。

 普段は誰も来ないというのに……なんてことだ。

 俺はため息をつき、気配の方に視線を向けた。

 

 するとそこにいたのは……春夏冬絵麻であった。

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