第15話 春夏冬と御手洗と高橋宅②

 何故か春夏冬も家に上がることとなり、御手洗は機嫌を損ねてしまっていた。


「二人だったはずなのに……なんで上げちゃうんすか?」

「俺に聞くな。勝手に上がってきたんだよ」


 意外と図々しいのか、春夏冬は家に上がるなり携帯を触り出す。

 許可なく人の家に上がり込むぐらい、なんとも思っていないようだな……

 こういうタイプが得をするんだろうな、色々。


 俺はそこで、インド人の書籍のことを思い出す。

 日本人はダメだと言われたらそのまま引き下がるが、インド人は基本的に損をしないように立ち回るようだ。

 行列に並んでいて途中で品切れになると、次回の割引券や優先権を手に入れてから引き下がる、と言ったように、言われたまま帰るようなことはしない。

 自分が損すると思ったら黙ったままじゃないということだ。


 春夏冬もあのまま帰ったら自分なりに損をするとでも思ったのだろう。

 だからこうして無理矢理にでも上がり込んだ……だから損はしない。得をする。

 今回のことで何を得するのかは分からないが。


「ん?」


 俺の携帯に連絡が入ることを知られるバイブレーション。

 俺に連絡を入れてくるのは……アキちゃんのみ!

 母親と父親の可能性も否定はできないが、二人が連絡をしてきたことなんて一度たりともない。

 他に俺の連絡先を知っているのは春夏冬と御手洗のみ。

 その二人がこの場にいるということは、残りはアキちゃんしかいない。


 俺は胸を弾ませ、抜刀術の如く速度でSNSのメッセージを開く。

 やはり連絡はアキちゃんからだった。

 彼女からの連絡ということもあり、俺はニヤニヤと笑っていることであろう。

 アキちゃんからの連絡の後は笑顔になり過ぎて顔がいつも痛いぐらいだ。


 内容はと……


『好きな人の家に来てん! ちょっと状況が複雑なんやけど、強引に家に入った。メッチャ緊張してるけど、バレへんかな? 変に思われへんかな?』


 アキちゃんのようなおしとやかな女性が、勇気を振り絞って想い人の家に入ったとは……俺はそのことに感動を覚え、涙を流していた。


 どれほどの勇気を振り絞ったのだろう。

 どれほどの緊張を覚えているのだろう。

 どれほどの覚悟を決めていたのだろう。


 頑張れ、アキちゃん。

 俺は全力で応援しています。

 せめて好きな人との距離が縮まりますようにと俺は全力で神に祈った。


『アキちゃん頑張れ! 絶対上手くいきますよ!』


 俺はそれだけを送信し、携帯をポケットにしまった。

 振り返り春夏冬の方を見ると、彼女は携帯を見て微笑を浮かべている。

 アキちゃんと違って本当に図々しい。

 もっと彼女を見習ってほしいものだな。


「失礼します」

「失礼しまーす」


 どちらかと言うと、御手洗の方が緊張しているようだ。

 春夏冬は涼しい顔をしている。

 男の家なんて慣れたもんだぜ。

 そんな表情に俺は見えた。


「あっ」


 だが玄関の段差で足を引っ掛け、コケそうになる春夏冬。

 彼女は少し頬を染め、引きつった笑みを俺に向けてくる。

 何その顔? 何アピール? 

 あざとさを感じるんだが……何目的?


 俺は横目で春夏冬を見ながらリビングへ向かう。

 向かうと言っても、わずか数メートルの廊下を抜けるだけなのだが。


 リビングの扉を開く。

 両親は二人で仲良くでかけており、今日は誰もいない。

 リビングにはテーブルとソファ、そしてテレビがある。

 後は両親の小物や安物の絵画が飾ってあるだけで他には別段変わった物はない。

 だが御手洗と春夏冬は、不思議な空間にでも迷い込んだように周囲を見渡していた。


「別に何もないだろ?」

「何もないっすけど……先輩の家なんで」

「俺の家だったら何だって言うんだ」

「こんなところに住んでるんだね、高橋」

「何かご不満でも?」


 俺は二人にソファに座るように促し、そしてコーヒーを淹れる。

 と言っても、即席インスタントの物ではあるが。

 これ以外にちゃんとしたコーヒーがあるのかも知れないが、それは母親がしまっているのでどこにあるのか分からない。

 それに特別な客というわけでもないし、これでいいだろ。


「ほら」

「あ、あざます」

「ありがとう」


 ソファの前に小さなテーブルがあり、そこにコーヒーとミルクと砂糖を置いてやる。

 御手洗はそのままコーヒーを飲み始めるが、春夏冬はミルクも砂糖もたっぷりと入れていた。


「ブラック飲めないんすか?」

「苦手なのよね、苦いの。甘い物の方が好きなんだ」

「そうなんすね。自分は両方いけますよ。先輩はどっち派なんすか?」

「俺?」


 俺は自分のコーヒーを御手洗に見せる。

 中身はカフェオレ。

 春夏冬と同じく苦いのは苦手なのだ。


「……自分もカフェオレがいいっす!」

「じゃあ牛乳入れてきてやるよ」

「……私もカフェオレが良かったな」

「つ、次はカフェオレにしてやるから、それ飲んどけ」

「うん」


 ちょっぴり嬉しそうな顔をしてコーヒーを飲みだす春夏冬。

 もっと単純だと思っていたけど、こいつが何考えているのかさっぱり分からない。

 俺は肩を竦め、御手洗のカフェオレを作りにキッチンへと向かった。

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