第12話 絢斗と御手洗家とお迎え②

 御手洗家は、居間と奥に部屋が一つあるだけの狭い木造の家。

 築何年かは知らないが、とても古く子供たちが走る度に床がギシギシ言っている。

 どこか懐かしい香りがし、家族分の荷物が収納しきれずそこら中に溢れかえっていた。

 だが散らかっている様子はなく、端の方に全てが置かれている。

 そこそこキチンとしているようだ。


 御手洗は兄弟が食べた後の食器を洗っている。

 彼女を含めて八人分の食器。

 まぁ結構な量だ。

 もしかしてこんなこと毎日してるのか、こいつ。


「いつも洗い物なんかしてるのか?」

「あはは。洗い物どころか、炊事全般やってますよ。掃除とかは皆分担でやってくれてますけど、ご飯はまだ作れないんで全部自分っす」


 御手洗の意外な部分。

 彼女の兄妹は彼女の言うことをちゃんと聞き、皆のための食事の用意をしていたり……御手洗は後輩で体が小さいからどちらかと言えば妹のようなポジションにいると思っていたのに、まさかの長女だったとは。


 洗い物も確かに慣れている様子で、手際よく、そして食器をピカピカに洗っていく。

 俺は感心し、ほぅと息をついていた。


「なあお兄ちゃん、ちょっと遊ぼうぜ」

「は? なんで俺が……っておい!」


 七人の兵士が一斉攻撃を仕掛けてくる。

 俺は怒涛の勢いの押され、その場に倒れ込んでしまった。

 

「ぐえっ……おい、殺す気か」

「あははははは」


 無邪気な子供というのは恐ろしい。

 こちらは苦しいというのに、平気で上に乗っかかってくる。

 大人の世界で言えば、これは完全に傷害事件だぞ。

 と思いつつも、楽しそうな皆の顔を見て俺はほっこりとしていた。

 子供と遊ぶのって案外楽しい物なんだな。


「先輩あざます。弟らと遊んでくれて」

「まぁどちらかと言えば、遊ばれてるような気もするけど……」


 俺の顔を左右から引っ張る子供たち。

 これまで経験したことないほどに顔が伸び縮みしていた。

 

 そうこうしているとようやく御手洗は洗い物が終わったらしく、奥の部屋へと入って行く。

 え? 俺を一人にしないで。

 こんなモンスターたちの相手、長時間は無理だから!


「なあなあ、お兄ちゃんが敵役な」

「お兄ちゃんが旦那さん役やってね」


 ごっこ遊びとおままごとの挟み撃ち。

 それぞれが自由気ままに役を演じ始め、俺は軽くパニック状態。


「え、あ……わはははは! 今日こそ貴様らをやっつけてやる! お母さん、早く武器を用意しなさい!」


 難役を二つ同時に演じ、子供たちとやりとりをする。

 意外と評判はいいらしく、ゲラゲラと笑ってくれていた。


「お待たせっす」


 億から出て来た御手洗。

 ラフなシャツにミニスカート。

 控えめに言っても可愛かった。

 まぁよくモテるやつだし、見栄えは良過ぎるぐらいに良い。

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 何か香水でも振ったのか、彼女から柑橘類の香りがした。

 俺はその匂いに癒しを、そして子供から解放されることに安堵する。


「また来てねー、姉ちゃんの彼氏!」

「…………」

「姉ちゃんは出かけるから、喧嘩すんなよ、お前ら」

「「「はーい」」」


 御手洗と共に外に出て、俺は大きくため息をつく。


「お前な……恋人でもなんでもないんだから、冗談でもあんなこと言うなよ」

「あはは……ほら、外堀を埋めるとかそういうのあるじゃないっすか」

「そういうのは俺の周りにやって行くもんだろ? 自分の兄妹にそんなことしてもあんまり意味ないんじゃないか?」


 こいつは冗談で言っているのだろうが、面倒になるのは御免だぞ。

 まぁ彼女の兄妹の間だけの話だから別にいいけどさ。


 俺は止めておいた自転車に乗り、彼女の方を見る。


「お前、自転車は?」

「無いっす」

「無い? だったら歩いて行くか?」

「いえ。後ろに乗せて下さい」

「……マジか」


 何故かウキウキしている御手洗。

 お前は楽でいいだろうが、後ろに人を乗せて自転車を漕ぐのって結構しんどいんだぞ。

 子供たちと遊んだ所為か、もう既に疲労感があると言うのに……

 だが俺は彼女を後ろに乗せることにした。

 断ろうとも思ったが、いつもは子供たち相手にお姉ちゃんをやっているようだから、少しぐらいは甘えさせてやってもいいかなと俺は考えた。

 

「…………」


 なんだか恋人でも相手にしてるような気分だな。

 いや、勘違いしてはいけないし勘違いさせてもいけない。

 こいつは兄弟に恋人だと紹介するような女だが、それらは全部冗談だ。

 真に受けてはいけない。


「ほら。乗るなら乗れさっさと行くぞ」

「あざーっす! 失礼します」


 彼女は荷台に乗り、俺の腰に手を回す。 

 御手洗の柔らかい胸が背中に当たり、そのプニプニ具合にドキッとする。


「……ちょっと近づきすぎじゃないか?」

「えー、じゃあどうやって後ろに乗ればいいんすか?」

「……確かに」


 ギュッと密着してくる御手洗にドキドキしながら、俺は自転車を漕ぎ始める。

 くそ……三次元の女に興味ないってのに。

 これだけ近かったら流石に意識をしてしまう。

 

 後ろで御手洗が笑っているような気もするけど……もういいや。

 俺は出来る限り無の境地で自転車を走らせていたが……ちょっと柔らかすぎませんか、あなた。

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