第13話 絢斗と御手洗家とお迎え③
身体が小さい分か、御手洗を乗せてもさほど重さは感じない。
二人乗りというのがこんな物なのかどうかも忘れてしまったが、これぐらいなら別に気にならないレベルだな。
と言うか、女子と二人乗りというのは初めてだけど。
「先輩、このままどこか寄って行きますか?」
「寄って行くかよ。俺は金がないんだからな」
「あー、そうでしたよね……自分も家族のためにバイトしてるんで万年金欠っす」
御手洗……そうか、そうだったんだ。
自分のためじゃなくて家族のためにバイトをしていたんだな。
大勢の弟、妹たち。
そして両親を助けるために、家族の力になるために頑張ってたんだ……
俺はその事実に胸が暖かくなり、自転車を漕ぎながら振り向き御手洗の笑顔を見る。
「お前、凄いな。人のためにバイトするなんて、中々できることじゃないぞ」
「自分の生まれた環境っすね。そうしなきゃ仕方ないんすよ」
「うん。偉いぞ御手洗。まさか俺と同じく、人のために働いていたなんて感動ものだ」
「……先輩の場合、ちょっと違うっすよね」
何が違うもんか。
俺はアキちゃんのために、御手洗は家族のために。
似たようなものだろう。
いや、でもちょっと違うか?
まぁとにかく、彼女が偉いことには違いない。
「よし。お前の頑張りに答えるために、今日は一日アキちゃんのいいところを張り切って教えてやるからな」
「張り切り方がおかしい!? もうちょっと別の形で張り切ってくれたら嬉しいんすけどね」
アキちゃんのことを教える以上に何を頑張れと!?
俺からしたら、これは最大級のもてなしなんだぞ。
「例えば、どうしたら嬉しいんだ?」
「そうっすね……一緒に買い物行ってくれるとか?」
「金が無い同士で買い物に行っても惨めな思いをするだけだぞ」
「……一緒に外をぶらつくとか?」
「体力の無駄だろ」
「…………」
複雑な顔をしている御手洗は俺を睨む。
何がそんな気に入らないんだよ。
「じゃあ、一緒に映画館行くとか」
「それなら一緒に家で動画見るぞ。だったら金もかからないしな」
「だったら、アレクサンドロス・アキは無しの方向で!」
「それは困る! アキちゃんがいない一日なんて俺には考えられない!」
なんと恐ろしいことを言うんだ、こいつは……
俺は肝を冷やし、ごくりと固唾を飲み込んだ。
俺からアキちゃんを奪うなんて、息するなと同意義だぞ。
つけ麺を付け汁無しで食うような物だぞ。
味気もクソも無い。
そんな一日に意味なんてあるか。
「そもそもだ。お前がどうしてもアキちゃんのことを教えて欲しいというから俺は紹介するわけで……」
「言ってない言ってない! そんなこと一言も言ってないっすよ! 先輩がアキってvtuberを教えるって言ってきたんじゃいっすか!」
「そうだっけ?」
「そうっすよ」
そう言えばそんなだったような気もしてきた。
俺の思考さえも狂わせてしまうアキちゃんの魅力……マジ可愛い。
「まぁどちらにしても動画を見ることにしよう。アキちゃんを八割、お前の好きな動画を二割な」
「いや、そこは半々ぐらいにしましょうよ」
「それは譲れない相談というものだ。せめてアキちゃんは七割をキープしたいというのが本音です」
「自分としては普通の動画を十割にしてほしいというのが本音っす」
どうも御手洗を納得させるのは骨が折れそうだ。
しかしまずはアキちゃんの動画を見てもらうことにしよう。
そうすると自然と彼女の魅力に気づき、彼女に夢中になるのは目に見えている。
駅の改札を通る時ICカードを通すのと同じぐらい当然のようにアキちゃんのことが好きになるに違いない。
俺は御手洗がアキちゃんにはまる様子を想像し、ニヤニヤと笑っていた。
アキちゃんのことを好きな人がこれでまた一人増えるのだ。
これ以上嬉しいことはない。
いずれまた一定のチャンネル登録者を超えると、彼女の喜びの声が聞けるであろう。
それこそが俺の喜び。
俺はそのためだけに、アキちゃんのために御手洗をこちら側の世界になんとしてでも招き入れなければいけないのだ。
「……なんか先輩、変な空気出してますね」
「そうか? 気高くないか?」
「全然気高く無いっす。逆に程度の低い卑しい雰囲気を感じるっす」
「ふっ……気のせいだ」
だって俺はアキちゃんの素晴らしさを伝えようとしているだけなのだからな。
御手洗とそんな話をしながら自宅へ向かう俺。
道中はそれなりに楽しいように思えた。
一人でいる時もいいけど、たまには……
いやしかし、あまり深入りするのは止めておこう。
ほどほどの距離を保って、そしてアキちゃんの魅力を伝える。
それだけにとどめておこう。
「あ……あの人」
突如、御手洗が怒気を含んだ声をもらす。
何事かと視線を前に向けると……俺のマンション前に、御手洗に負けず劣らずの美女が立っているのが視界に入った。
「春夏冬……なにやってるんだ、あいつ?」
春夏冬は俺たちが二人乗りをしているのを見て、一瞬ムッとした顔をするが、すぐにこちらに笑顔を向けてきた。
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