第10話 絵麻と彩音と初バトル③
「あの! 先輩!」
「は?」
レジの仕事を終えた御手洗が、俺たちの方へ必死な形相で走って来る。
俺の前に立ち、息を切らせて春夏冬を見据えながら俺に言う。
「に、日曜日は自分と遊ぶって約束しましたよね?」
「!?」
春夏冬は電気ショックを受けたかのように、体をビクンと震わせ硬直する。
何かあったのか?
御手洗が走って来ただけだろ?
「あ、あああ、遊ぶって……あんたら、恋人なん?」
「いや、断じて違う」
「そんなハッキリ否定しなくてもいいじゃないっすか!」
「な、なんや、恋人ちゃうんか……」
大きなため息をついて、安堵顔の春夏冬。
今度は何にそんな安心したんだ、こいつ。
「……お前ら、目的はなにか知らないが先に言っておくことがある」
「え、何?」
「なんすか?」
「俺は金がない。だから金づるが欲しいと思ってるなら他に当たるんだな」
唖然とする春夏冬と御手洗。
俺は胸を張って、彼女たちを見る。
先手必勝だ。
何を考えているのかは分からないが、金が目的なのは間違いないだろう。
御手洗はどう考えているのか知らないが、春夏冬に関してはハニートラップを警戒しなければならない。
だってこいつはギャルなのだから。
そんなこと平然としてきそうだ。
してきそうだよな?
うん。してくるはず。
残念ながら俺は罠にかかるような真似はしない。
君子危うきに近寄らず。
甘く甘美な桃源郷の先には、苦く残酷な現実が待っている。
俺はみすみす、そんなところに行くようなタイプじゃないぞ。
「お、お金とかいいからさ……あの、ちょっとでも時間作ってくんないかなー……って」
「目的が見え透いている。俺はお前の考えが分かっているんだぞ」
「え、えええっ!? うちの考えバレてるん!?」
京都弁で大焦りをしている春夏冬。
俺が罠と知っているのを驚いている様子だが、どうやら大当たりのようだな。
顔を真っ赤にして……見透かされていたのが恥ずかしいと見える。
俺を舐めないでいただきたい。
俺は高橋絢斗だぞ!
俺だからなんだって話だけど。
「あの……えーっと……なんで?」
「なんで? そんなのお前を見てたら分るだろ」
「そ、そんなバレバレやった!?」
「バレバレもバレバレ。あれでバレてないと思っている方がおかしいだろ」
「そ、そんなにおかしかったんか……うちは」
ガクブルする春夏冬。
御手洗は春夏冬の様子を見て警戒し始めた。
「せ、先輩! とにかく私と約束しましたよね? ね?」
「まだ約束はしてないだろ」
「あれ? そうでしたっけ?」
「そうだ。まぁしかし、会うのはいいのだけれど、さっきも言ったが俺は金を持ってないぞ。金が欲しいなら他の男を当てにする方が賢明だと思うんだが――」
「先輩が
御手洗の言葉にビクッと反応する春夏冬。
「あ、
「そうなんすよー。絢斗先輩、金を貢いでる女がいるんすよねー」
「そ、そうなの……?」
「ああ。そうだ」
春夏冬の真っ赤な顔が真っ青になる。
こいつは感情豊かな女だな。
俺はまるで顔芸を見るかのように、彼女の表情を楽しんでいた。
「な、なんや……そんな女がおったんやな……そうなんや……」
「そうっす。だから先輩はさっさと諦めた方が賢明っすよ」
「……他に女がいて、あんたはどうも思わんの?」
「うっ……」
揚々としている御手洗に不信感を抱いたかのか、春夏冬が急に彼女を睨みだした。
たじろぐ御手洗。
春夏冬は俺に対して面と向かって聞いてくる。
「ね、ねえ。高橋が貢いでる女って……誰?」
「誰って、そんなの決まってるだろ。アレ――」
「アレっす! 先輩の好きな女っす!」
「あんたには聞いてないわよ……で、誰なの? 同じ学校の女? 私の知ってる人?」
「同じ学校ではないがお前が知ってる可能性はあるな」
首を傾げる春夏冬。
まさかアキちゃんを知らないってことはないだろう。
あんな天使を知らないわけがないだろ!?
「お前は知らないのか。アレ――」
「アレなんて言うのやめて欲しいっす。隠してたんすけど、実は私のことなんすよねー」
「絶対嘘だ。付き合ってないって言ってたし」
「…………」
御手洗が視線を逸らしたのを見て、春夏冬は何か感づいた様子。
「もしかして……アイドルとかにお金を貢いでるとか?」
「そのまさかだ。まぁアイドルと言うか、ネットアイドルというか……」
「やっぱそうなんだ。この子が私に言いたくなくて、自分はそれをあまり気にしてない……となると、アイドルぐらいしかないもんね」
春夏冬は嘆息し、俺の方を見る。
「私もアイドルじゃないけど……メチャクチャ貢いでる高校生男子知ってるんだけどさ……あんまり貢ぎ過ぎない方がいいよ。きっとそのアイドルも心配してるんじゃないかな? あ、でも貢いでるってことはその人知らないのか」
「いや、彼女は知っている……そして俺のことを心から心配してくれる、心の優しい女性なんだ」
「……だったら貢ぐの止めたら? 心配してるんだったら――」
「だけど俺のこの滾る思いを金に変換でもしないとどうしても気が済まないんだ! 金は感謝の気持ち。だから俺の全てを金に変換し、感謝という形で彼女に捧げているのだ!」
「……なんだか、私の知ってる人に似てるような気がする」
俺の熱い思いを聞いて、春夏冬は呆れるばかり。
こいつの知り合いも熱い男のようだな。
と俺は顔も知らないそいつのことを、心の底から感心していた。
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