第9話 絵麻と彩音と初バトル②

「あ……あの……え、いいんすか?」

「? ダメなんすか? 逆に何がダメなんすか?」


 いきなり焦り出した御手洗。

 慌てた様子で俺に確認してくる。

 同じバイト仲間の家に行くことの何が悪いんだろうか。

 俺は不思議に思い、首を傾げていた。


「あ、じゃあ――いらっしゃいませー」

「らっしゃっせー」


 御手洗が返事をしようとしたその時、来客が訪れる。


「あ」

「どうも」


 冷たい声で登場したのは、春夏冬絵麻であった。

 彼女は学生服のままで来店し、一度俺の顔を見て本が置いてあるコーナーへと移動する。


「……また来ましたね、あの人」

「ああ。家が近いんだろ」

「そうなんすか?」

「さあ? 知りたかったら聞いてきたら?」

「…………」


 御手洗はジッと春夏冬を見て、そして本当に彼女の方へと向かい始める。

 そんなにご近所さんかどうか気になるのかよ。

 ほぼ赤の他人なんだからどうでもいいと思うだけどな、俺は。


 御手洗は商品を確認するフリをして、立ち読みをしている春夏冬のことをチェックしはじめる。

 まるで姑のような目つき……細かいことまで見ていそうな雰囲気だ。


 俺は御手洗の代わりに商品を補充し始める。

 あの二人のことは俺に関係ないし、放っておこう。

 後輩が何を考えているかは分からないが、彼女の仕事のフォローぐらいはしておいてやる。

 俺ってできる先輩なのでは?

 と自画自賛。


 すると御手洗はコソッとこちらに戻って来て、俺の耳音で囁く。


「やっぱ、超がつくぐらい美少女っすね」


 彼女の息が耳に当たり、俺はぶるっと背筋を震わせる。

 そんな小声で言うことかよ……これだけ離れてたら普通に話しててもバレないだろ。


「学校でも人気あるみたいだしな。客観的に見てもまぁ可愛いな」

「……そんなに可愛いっすか?」

「…………」

 

 春夏冬の横顔を遠くから確認し、俺は御手洗に首肯する。


「可愛いな」

「そ、そうっすよね……」

「お前に負けないぐらい可愛い」

「…………」

 

 顔を真っ赤にした御手洗は、どこか嬉しそうなでも納得いかないような、複雑な表情をしている。


「ふ、不意打ちはせこいっすよ!」

「何が不意打ちなんだ、何が」


 騒ぐ御手洗に至極冷静な俺。

 御手洗の声が大きかったのか、春夏冬がこちらをチラリと見る。


「…………」

「…………」


 何故か視線をぶつける春夏冬と御手洗。

 すると御手洗は俺の手に腕を回してきた。

 春夏冬はそれを見て御手洗を睨む。

 御手洗は余裕の顔で春夏冬を見返していた。


「お前ら、前もそうだったけど仲悪いの? いや、仲悪い以前に知り合いでもなんでもないよな」

「知り合いでもなんでも無いっすよ。でもライバルっすね」

「なんのライバルなんだよ……」


 この間もこの構図がそのまま展開されていたが……なんなの一体。

 店の空気が悪くなるから勘弁してほしいんだけどな。


「すいませーん」

「あ、いらっしゃいませ」


 客がレジで俺たちを呼ぶ。

 御手洗は客を見て全力で駆け、客の対応を始めた。

 まぁ真面目に仕事する奴だからな、御手洗って。

 

 俺はレジを御手洗に任せ、残っている作業を受け持つことにした。

 どちらかと言うと俺は裏方の仕事の方が向いていると思う。

 人と接することをせず、ひたすらに商品と向き合う……こっちの方が断然やりやすい。

 熟練の動きで商品を棚に補充していく。

 するとソーッと背後から人影が近づいてくる。

 俺はその気配に振り向くと、真後ろに春夏冬が立っていた。


「こ、こんにちわ」

「コンニチワ」

「…………」


 なんだこいつ?

 いきなり話しかけてきて……

 目当ての商品がどこにあるのか分からないのだろうか。

 俺は店員然とした態度で彼女に接する。


「何かお探しでしょうか?」

「え? あー……ポテチの関西だししょうゆ味?」

「……それって地域限定のやつだよな。ここには置いてないよ」

「え、そうなんだ……どうりで」


 顎に手を当て、神妙な面持ちをする春夏冬。

 以前は京都に住んでいたらしいけど、地域限定の商品がどこでも売ってると思っていたようだ。

 しかし関西だししょうゆ味って……どんなのだ?

 聞いたことない商品なので少し興味が湧いてくる。


「で、他に何かお探しで?」


 目の前でギャルが真剣に悩んでいる……できるなら今すぐに離れたい。離れてほしい。というか御手洗に接客を変わってほしい。

 この間ほんの少しだけ話をしたけど、やっぱりギャルはどこか苦手だ。

 俺は春夏冬から視線を外し、商品を陳列する。


「用が無いなら仕事に戻るぞ」

「あ、あのさ……」

「んん?」


 春夏冬はモジモジしながら小声で喋る。


「お願いがあるんだけど……」

「お願い? どんな?」


 俺にお願いって……金でも貸してくれっていうのか?

 それは絶対に不可。

 アキちゃんに払うお金がなくなってしまう。

 そんなの俺の心が許しちゃくれない。

 ギャルに貸すお金は一銭たりとも存在しない。


「いや……今度の日曜日ちょっと付き合ってほしいんだけど」

「……は?」

「あの、だから……時間を作ってほしいなって」

「…………」


 真っ赤になりながら何言ってんだこいつ……?

 俺は相手を怪訝に思いながら少し距離を取っていた。

 次は何を企んでいるんだ……?

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