第8話 絵麻と彩音と初バトル①

「絢斗先輩。今度の日曜日って暇ですか?」

「まぁ暇と言えば暇かな……」


 夕焼けで世界が赤く染まっている頃、俺はバイトに勤しんでいた。

 御手洗が商品を補充している時、隣で商品のチェックを入れている俺にそう聞いてきたのだが……それがどうかしたのだろうか。

 俺が暇だったとして、こいつに何の関係も無いだろう。

 怪訝に思った俺は彼女に訊き返すことにした。


「俺が暇だったとしたら、お前に何かあるのか?」

「な、何かあるっていうか……どっか行きません?」

「止めとく」

「…………」


 御手洗は俺を睨んでいるように見えるが……気のせいだろう。

  

 俺は彼女の思いつきの提案を断ったのだが、これにはいくつか理由がある。


 一つ、単純に面倒だから。

 なんでわざわざ休みの日に外に出かけなければいけないのだ。

 二つ、お金が無いから。

 アキちゃんに全財産を投資しているから、俺の手元にはお金は残っていないのである。

 三つ、三次元の女に興味が無いから。

 これがアキちゃんの誘いだったら、借金してでもどこかにでかけるであろう。

 御手洗が可愛いと言っても、それは一寸たりとも俺の心を動かすことはない。

 美少女であろうが美女であろうと美魔女であろうが俺は興味がないのである。

 俺の趣味も好みも全てアキちゃん。

 それ以外のことはどうでもいいのだ。


 四つ。純粋に誰かと過ごしたいと思わないから。

 一番の理由はこれだろう。

 出来る限り俺は一人でいたい。

 

 そして、俺と出かけたところで面白くとも何ともないと思うし。

 だってぼっちで人とどうやって遊ぶのかも忘れたぐらいだし。


「先輩、休みの日って何してんすか?」

「んんー、そうだな……だいたい動画見てるかな」


 全部アキちゃんの動画だがな。


「私も動画見ますよ! 好きな配信者とかいるんすか?」


 御手洗は前のめりになり、俺に聞いてくる。

 彼女はどうも動画配信者が好きらしく、自分の知らない配信者を知るチャンスだとでも思っているのだろう。

 となれば、ここはアキちゃんの魅力を存分に分かってもらうのが良い。

 俺は張り切ってアキちゃんの説明をすることにした。


「アレクサンドロス・アキ」

「ア、アレクサンドロス……?」

「ああ。この世で最も尊く、全てを癒す存在。その存在は後の世にまで語り継ぐべきだと俺は考えている。動画界の世界遺産とでも呼んでも差し支えないだろうな」

「ど、どれだけ凄い人なんすか、その人……」


 あまりのアキちゃんの凄さに、御手洗は唖然としているようだ。

 そう。アキちゃんは凄いのである。

 彼女という存在に気づけたことを喜ぶがいい。


「現在のチャンネル登録者数はおよそ110万人」

「ええっ!? メッチャ有名人なんすね……誰だろ? 聞いたことないんすけど……日本人すか?」

「設定は京都人とギリシャ人のハーフということになっているな」

「せ、設定……?」


 口を開いてバカみたいな顔をしている御手洗。

 こいつの口に商品棚のおにぎりでも詰め込んでやろうかと考えるが、おにぎりを弁償することになるのも勿体ない。

 俺の金は全てアキちゃんの物なのだから。


「まぁ、あれだな……芸能人でもキャラってあるだろ。あれと一緒だ」

「……なるほど。ハーフってキャラでやってる配信者なんすね。でも、そんなの顔見れば分るんじゃないんすか?」

「意外と分からないものさ。ハーフ顔だとしても純日本人ってこともあるし、その逆もまた然り」

「確かにそうかも知れないっすね……見た目だけでは判断できない時もありますもんね。でもアレクサンドロスって名前の時点でハーフ確定じゃないんすか?」

「だったらミル〇ボーイ内海は名前だけでハーフってことになるぞ」

「あれはコンビ名っすよ! 苗字とコンビ名は全然違いますから!」

「それはそうだな」


 御手洗は嘆息して仕事の手を中断させ、携帯を触り出した。

 仕事中に携帯を触るのはどうかとも思うが、別にいいか。

 こいつ普段はちゃんと仕事してるし、俺は雇い主じゃないし。

 わざわざ文句を言う必要はないな。


「……なんだ。vtuberっすか」

「なんだとはなんだ! アキちゃんがvtuberで何か悪いみたいないいかたじゃないか!」

「そんなつもりはないっすけど……そうっすか、絢斗先輩、こういうのが好きなんか」

「ああ大好きさ。ワールドカップよりオリンピックよりアキちゃんの方に熱中するからね、俺は!」


 俺はそう断言しておいた。 

 実際、大きなイベントとアキちゃんの生配信がかぶったとしたら、俺は迷いなくアキちゃんの配信を見るだろう。

 そんなの当然だ。見ないわけがない。


「よ、よっぽど好きなんすね……私はこういうの分かんないすっけど、好きならいいんじゃないっすか。別にバカになんてしてませんよ」

「バカになんてさせないけどな」


 携帯をしまい、仕事の手を再開させる御手洗。

 俺はそんな彼女に、無性にアキちゃんの魅力を伝えたい衝動に駆られていた。

 これはあれだな、一つの使命のようなものだ。

 アキちゃんがどれだけ素晴らしいか、世に広めるのもファン活動に一環であろう。


「なあ御手洗」

「なんすか?」

「今度の日曜、暇なら俺の家に来ないか?」

「………へ?」


 御手洗は手に持っいたサンドイッチを落とし、顔を赤く染め口をあんぐりさせていた。

 え? 何その顔?

 家に誘うのって、そんなに驚くことなのか?

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