第7話 絢斗と絵麻とメッセージ③
「……何か?」
数学教師の声が響く教室の中、俺は春夏冬に返事をした。
彼女は俺の言葉にビクッと身体を震わせ緊張を増したようだ。
何緊張してるんだ、こいつ。
俺と話をして緊張するということは……陽キャグループの中で俺をはめるとかそんなことを計画していて、それを実行するために少し気が張り詰めている……とか?
なんにしてもこいつが意味もなく俺に話しかけてくるとは思えない。
バカにされるのも癪だし、気を引き締めて対処するとしよう。
「あ、あのさ……あの」
「…………」
俺が春夏冬の方を見ると、彼女はさらに身体を硬直させていた。
これはもう確定だな。
何か企んでいるのは間違いない。
だが俺は歴戦のぼっち。
意外と人の変化に気づけるのはぼっちの方なんだぞ。
お前は戦う前からその計画が俺にバレていたというわけだ。
俺に何をしようとしていたかは知らないが、そう易々とはまりはしないぞ。
「今日、何食べてきたの?」
「は?」
今日何食べてきた?
そんなことお前に関係あるか?
これは察するに、牽制のようなものか……本題に入る前に適当な世間話をするのは、セールスのセオリーだからな。
しかし残念だったな、春夏冬。
お前の作戦は俺に通用しない。
こういうのは相手の情報を引き出すと同時に、相手に興味がありそうに見せるのがきも……逆に言えば、こちらの情報を開示しなければ、その作戦の効力は失われてしまうのだ。
そしてこの勝負に肝心なのは最初。
最初の一手を制した方が、勝負に勝つのだ。
最初にして最後の勝負。
容赦なく勝たせてもらう。
「……お前は何を食べてきた?」
「ええっ!? う、うち!?」
春夏冬の突然の大声に教室がざわめく。
彼女は周囲の目にハッとし、照れたように笑いながら皆に言う。
「あはは……寝言言っちゃった」
ドッと沸くクラス。
春夏冬は寝ていたという嘘を咄嗟につき、なんとか誤魔化しているようだった。
これもう完全に俺の勝ちだな。
アドバンテージは俺がいただいた。
この後はどう転んでも俺の勝利は揺るがないであろう。
春夏冬は教科書で顔を隠しながら、俺に聞いてくる。
「わ、私が何食べてきたかとか高橋に関係ある?」
「ああ。あるな。だって俺はお前に興味があるのだから」
「…………」
唖然とし固まってしまう春夏冬。
教科書をボトンと床に落としてしまったので、俺は紳士的な態度で拾い上げてやる。
俺をはめようとしていたようだが、はめられたのはお前の方だったみたいだな。
相手に興味がありそうに見せるは、相手の隙を伺うには良い手だが……逆のことは想像していなかったようだな、春夏冬。
これでお前の企みは潰えた……俺をはめるための道筋は既に消滅したのだ。
「で、何を食べて来たんだ。教えてくれ」
「あ、え、あの……オートミル食べてきた……けど」
春夏冬の様子を見る限り、これ以上こちらに踏み込むことはなさそうだ。
相手は呆然とし、完全に戦意喪失。
俺の勝利はここで確定した。
もう一度勝ち誇った顔をして、俺は春夏冬を見る。
すると彼女は錆びた機械のように、ギギギッと音を立てて視線を逸らした。
俺は勝利の喜びに浸りながら、眠りにつくことに。
と言うか、春夏冬の目的はなんだったんだろう。
逆に相手を泳がせて、目的を確認しておくのも悪くなかったかも知れないな。
まぁ済んだ話だからどうでもいいけど。
「?」
携帯が揺れを起こし、メッセージが届いていることを知らせる。
アキちゃんからだ。
俺は授業中にも関わらず、教師から見えないようにメッセージを確認することにした。
『ハイブリッヂさんの言った通りや! 相手の人、うちに興味あるねんて!』
嬉しさを爆発させたようなメッセージ。
アキちゃんの笑顔が浮かんで視えるようだった。
そうかそうか。相手もやはりアキちゃんに興味があったんだな。
俺はメッセージを見てうんうん頷きながら返事を送った。
『やっぱり俺の思っていた通りですね。アキちゃんなら絶対に大丈夫ですよ』
『おおきに。ハイブリッヂさんにそう言ってもらえたら勇気沸いてくるわ』
メッセージを送るとすぐさま彼女が返事が送って来た。
俺は笑みを浮かべながら、また返事を送っておく。
これでアキちゃんの恋が上手くいけばいいのだけれど。
俺は自分のことのように心配し、そして天に祈る気持ちでいた。
「…………」
ふと春夏冬の視線を感じそちらの方を見てみると、彼女は俺のことをジッと見つめているようだった。
「何?」
「な、なんでもあれへん」
プイッと視線を逸らす春夏冬。
結局なんだったんだ、こいつは。
『でもうち、ビビりやからアカンかもしらんわ』
アキちゃんとメッセージのやりとりをしていて思うのだが、やはり彼女はどうも自信が欠けているように思える。
ならばこれからもっと自己肯定感が高まるように、彼女を励まし続けるとしよう。
春夏冬はアキちゃんと違い自信に満ち溢れてそうだな……
なんてそっぽを向いている彼女の後頭部を見て、俺はそんなことを考えていた。
ま、春夏冬のことはどうでもいいんだけどな。
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