お題:2月30日。この日に何が起きたかを覚えている人は誰もいない。

2月30日。この日に何が起きたかを覚えている人は誰もいない。



「あー、なんか今日すっごくよく寝た気がするわぁ」

「卒業式には万全の体調だね」



ふと、夜中に目が覚めた。

冬も終わるというのに、窓の外は雪が降っている。

なぜだか分からないが、急に外に出たくなった。

不気味なほど静かな廊下をこっそり通り抜け、玄関を開ける。

広がっていたのは、あたり一面の真っ白な世界。

あたりを見回していると、背後に急にひんやりとした空気を感じ、声をかけられた。

「こんな時間に人なんて珍しいなぁ」

振り向くと立っていたのは、真っ白な男。

おびえて家の中に戻ろうとした私を引き留めて、彼は言った。

「そんなに怖がらなくてもいいさ。そんなことより、君はひどく疲れているようじゃないか。うちの子供たちと少し遊んで行かないかい?」

疲れていたというのは事実だった。

遊ぶ暇もないままずっと勉強を続ける生活の中で、私は確かに疲弊していた。

少しくらい遊んでもいいかもしれない。

魔が差したというのとは違うと思うが、ともかく私は、その怪しげな白い男について行った。

近くの公園には、やはり男のように真っ白な子供たちが複数人、雪遊びをしていた。

「君たち、今夜はこのお嬢さんが遊んでくれるみたいだよ」

「やったー!」

「お姉さん、名前なんていうの?」

相手が真っ白であるということへの違和感も忘れ、私は彼らと遊んだ。

雪合戦。 かまくら。 雪ウサギ。 雪だるま。

気が付けば私は童心に返り、手足を雪まみれにして子供たちと同じようにはしゃいでいた。こんなに遊んだのはいつ振りだろう。

偽りのない、こんな楽しい時間がいつまでも続けばいいのに――


雪だるまは7個目に差し掛かっていた。かなりの時間が経ったはずだが、お腹が空いたり、トイレに行きたくなったりということも無かった。

空が白み始める。

「もう、帰らなきゃ」

子供たちが言う。

私も帰らなければ。

朝に家にいなければ、間違いなく親に怒られるだろう。

雪が解け始めていた。

「お姉ちゃん、どこ行くの?」

「お姉ちゃんも一緒に帰るんだよ?」

振り返ると、子供たちもやはり解け始めていた。

そして――



「ツミレちゃん今日来ないんだって」

「やっぱり、気まずいのかな。一人だけ大学落ちちゃったし...」



2月30日。この日に何が起きたかを覚えている人は誰もいない。

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短編集 一行目をください 鳥野ツバサ @D_triangle

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