1-6 ミクル



私の仕事は総合職と言って良いだろう


地族の軍は統括が1人に補佐が4人、隊長が50人に副隊長が150人、その下に一般兵の構成だ。

軍の隊長という肩書があり、国境警備の仕事もあるが、猛獣が田畑を荒らせば駆除に出向き、未開の洞窟が発見されれば探索に行く方が多い。

危険が伴う仕事はとてもやりがいがあり、充実した日々を送っている。  

人を殺める仕事が無いのは平和の証だ。


今年は入隊試験の監督の為、城壁の監視塔にて歯ごたえのある奴はいないか品定めをしようと、今は軍の顧問兼、騎士団の相談役となったラックに声をかけた

地族と比べると細身だが、鍛え抜かれた肉体、強く凛々しい顔に頭もキレる。10年程前から若者が目指す強い男の一人となったこの男、外面だけは無駄に良いが、一部の人間のみ知る中身はかなり破綻している


監視塔に向かう途中も、見た感じは冷静沈着だ。その姿に待機している部下達は、羨望の眼差しで見つめている。

でも私にはわかる。頭の中では外泊したレイクの事でいっぱいだろう。昔から変わらない


ーーー


地族の5割は農林水産業に就く。

中でも一番危険な鉄鉱山はとても人気で、事務作業に就く者でも、休日は鉱山に手伝いに行くのが趣味という者も多い。

男女共に体を動かす事が美徳とされている為、胸筋がある女性は美の象徴、背中の筋肉が模様のように筋張っている男性は力の象徴と言われいる


私の親は広大な牧場を経営しており、獰猛なウシを片手で締め上げる力を持つ

私も幼い頃から放牧された動物達を追いかけまわす程体力に恵まれていた為、学校を卒業してから兄弟と同じくそのまま働いていた。


17歳の誕生日に、王都全域で人気になっている本『小さな妖精さん』を買いに行った時の事、本の間からパラリと紙が落ちた


『第一期白族の教える個人塾。特待生制度有り』


凄く胡散臭い内容だったが、印が王の検閲済みの物なので、本物なのだろう

白族といえば、たまに王都で見かける全体的に白色の男性の事かな。少し興味が出てきた。よく読むと今日が入塾試験なので覗いてみる事にする


記載場所は城下町から外れにある小さな集会所だった。こんな所で何を教えるつもりなのだろう。窓から中をそっと確認してみると、机と椅子が並べてあるだけだった


「君、試験を受けに来てくれたのかな?」


背後から声がかかり振り向くと、白族の男性が立っていた。体格は自分とそんなに変わりなく、歳は自分より少し上といった所だろうか。


「あ、いや、私は‥」


「そうか、違うのか。すまないね」


落ち込んでいる様子に、気の毒になってくる


「その、本に挟んであった紙を見て、どんな感じなのか見に来てみました」


ーーー


塾生になるとは一言も言ってないのに、教室に連れ込まれ色々話を聞かされる

要約すると、このラックという男性は将来国を守る地族の若者を自分の元で学ばせて、見聞を広める塾を開講するという事


「君もどうかな?」


「でも、お兄さん強いんですか?」


「疑うのなら、試しても良いよ」


机の上に腕を出される。腕相撲勝負を挑まれているようだ。

体格も腕の太さもほぼ同じだが、日頃鍛え牧場で働く私は勝つ自信しかなかった


可笑しな事に、手を掴み合うとラックは自分は一切動かないから好きにして良いと言う。

それなら先手必勝と、手首を折ってやる勢いで力を入れたが、なんと1ミリも動かないのだ。微動だにしない。

こんな事あってたまるかと、反則だが机を空いている方の手で持ち、全身の力をかけてみるが動かない。鉄の塊を相手にしているようだ


「もう終わりかい?こちらも行くよ」


ぐぐっとゆっくり手を倒されていく。必死に抵抗したが手をつかされてしまった


「少しは私の事、わかってくれたかな?」


「何なんですか、今の」


「君の力を利用しただけだよ。簡単さ」


まだ他にやるかと聞かれるがもう充分だ。

こんな力は初めてだ。猛獣が牧場を襲い被害が出た際、兵士の人達に駆除してもらっているが、彼らより確実に強いのがわかる。

この力が手に入れば、被害が拡大するまえに自分で対処できるようになるかもしれない


「授業料ってどれくらいなんですか?」


「ん?国からの補助があるから無料だよ。教えを乞う者を無下にするつもりはない」


考えてみてと概要が載った書類を渡されて、帰路に着く。本を買いに行っただけが、こんな面白い事に遭遇するなんて、良い誕生日になった


両親に塾の話をすると、あの粗暴公爵の元で勉強するのかと驚かれたが、王の監視の元だという事で安全だろうと、より逞しい女性になる事は良い事だと即決された。

理解力のある両親でよかった。でも本当は授業料が無料なのが一番大きかった


ーーー


塾初日、集まった生徒を見て驚きを隠せなかった


祝典でしか見た事は無いが、カムイ王子がこんな小さな教室に居るのだ。再度確認するが間違いない。烏の濡羽のような黒髪に深い黒目。まだ発達途中の体は私と同じ位だろう。

その隣には本で読んだ白い妖精のような、アクアマリンの瞳が輝く幼女が座っていた。軽く頭を下げられる。息を呑む美しさだ。

他2人もほぼ同じ歳で、後に長い付き合いとなるカナとゴロウ。親が兵士として働いている。牧場勤務なのは私だけ。場所を間違えたかもしれない


そこに教材であろう様々な本と用具を抱えたラックが入ってくる。自分の心とは正反対で、笑顔が爽やかだ


「今日からこの塾で皆を教える事になったラックだ。気軽に先生と呼んでくれ」


「先生、何でこんなちっさい子供がここにいるんですか?」


誰とも無しに声が上がった。一人だけとても浮いている。

カムイ王子は特に興味は無さそうに、教科書を見ている


「レイクの事かい?カムイと同じ16歳だよ。私の妹だ。宜しくしてやってくれ」


『『えっ!?』』


疑問を持っていた生徒達の声がハモる。

何か病気なのか、体質なのか、私の腰の辺りまでしか身長の無いこの華奢な幼女が、ほぼ同じ歳だと言うのだ


「レイクと申します。皆さん宜しくお願い致します」


立ち上がり、お辞儀をする姿に妖精が重なった。可愛い


「じゃあさ、先生何歳だよ?」


「私かい?68歳だ」


2度目の衝撃が教室内を襲った







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