1-5 ラック



俺が初めて地族の王都に、白族初の留学という名目で来た時は差別が酷かった。初めて見る白族に奇異の目が集中し、毎日暴言が絶えなかった。

白族の特徴である白い肌、肩で切った乳白色の髪や真っ赤な目。地族から見れば異様らしい。

血に飢えた男女(おとこおんな)だと罵しられ、見かねた王から特権階級を与えられたら、表立った暴言は少しは止んだ。

体格は地族の中では平均より細身なので、戦闘訓練と言う名目の喧嘩を挑んできた奴らもいたが、片っ端から返り討ちにしたら、粗暴公爵という不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた


地族のこれからの産業の為にと、慣れない鉱物の研究も結果を出してきたのに、必要無いと相手にされなかった。 


出来る限りの事は全てやった。それでも何も変わらない。共存は不可能だと感じた


何もかも疲れて休暇をもらい、行く所も無く、仕方がなく白族の地に戻ると、同じ部族の皆までもが一歩引いて俺を見てきた。

疎外感で胸が詰まりそうだった


俺の居場所はどこにもない。

どこか誰にも開拓されていない地へ行ったら、楽になれるだろうか


気が付けば幼少期によく釣りをしていた川辺に足を運んでいた。夕陽に照らされ茜色に染まり、滞る事なく流れる様は昔から何も変わっていない。川の流れはそれぞれ違うが、その先の広大な海で一つになる。

見た目が違うだけで、同じ時を過ごしているからこそ、誰とでも分かち合えると信じていた、かつての自分がそこに居たはずだった


あの頃の俺はどこに隠れてしまったのだろう。消えてしまっているかもしれない


河原に座っていると、背後から誰か近づいてくる気配を感じ、飛び起き身構えた自分に驚く。

あまりに殺伐とした日々を送り過ぎている為、安全であるはずの集落の中でも、気を緩める事ができなくなっていた


幼い少女が一人立っていた。

長かったであろう乳白色の髪をぐちゃぐちゃに切った跡があり、泥だらけになり片足しか靴を履いていない。

アクアマリンの綺麗な瞳で、こちらを見つめている


「お兄ちゃん泣いてるの?痛い?」


自分の事は差し置いて、心配そうに見つめてくる


「泣いてないよ。君こそどうした?その髪は?」


「ウソ。痛いって泣いてるよ」


小さな手で俺の構えた手を握りしめてきた。温かい。ずっと感じていなかった温もりに触れて、不意に泣きそうになる


「私はいらない子なの。でも、私が居るから皆が纏まっていられるのなら、それは白族の為になるでしょ?

だから私は大丈夫なの」


悲しみを越えた何かが、少女の瞳に見えた。

凛とした姿勢に縋りたくなる自分がいる。ポツリと口から言葉が出る


「俺もいらない奴なんだと思う」


「私はお兄ちゃんが好きよ。この夕焼けの綺麗な赤と同じ目だし、私とこうしてお話してくれている。いらなくなんてないよ」


フワリと笑う少女に堰き止めていた感情が溢れ出し、思わず抱きしめてしまう。

最後に感じたのがいつだったか思い出せない位の、優しい温もりに触れられた。


「汚れちゃうよ?」


「いいんだ。ありがとう。本当にありがとう」


ずっと誰かに言って欲しかった一言が、この泥だらけの少女から与えられるとは思わなかった


彼女の言葉で俺は今ここで生きていると、やっと実感できた。



ーーー


思ったら体が行動に移していた。レイクという少女と族長の元へ行き、話しをする。

彼女の両親は自分も知っており、とても良い人達だった。その一人娘である彼女が何故爪弾きにされているのか、理由は聞くに堪えない話だった。

馬鹿馬鹿しい。胸糞が悪くなる。


この環境の中でも汚れる事なく、他人を気遣う優しい心を持ち続けていられる彼女は、親から沢山の愛情を貰って育ったのだろう。


俺の心は決まった


このままレイクを地族の王都に一緒に連れて行くか、任務を放棄するか。勿論前者だ。俺以上の適任者はいない


族長によると、レイクはこの歳で得意分野もなく落ちこぼれていたそうで、白族のこの環境にいるよりは、俺に託すべきだと判断した。


「レイクちゃん、君はどうしたい?

一緒に王都に行けば辛い事が沢山あるけど、俺の全身全霊を懸けて君を守ると約束する。それとも此処に残るかい?」


一瞬言葉が詰まった様子だったが、直ぐに俺の目を見てレイクは答えを出した


「お父様もお母様も死んじゃって、私は一人ぼっちだから、ラック様がずっと一緒に居てくれるのなら、そこに行きたい」


「俺はレイクちゃんとずっと居るよ。約束だ」


ーーー


レイクの家に行くと、描きかけの絵やコップが3個置いてあった。暖かい家庭の温もりの痕跡だ。

もう戻る事のない幸せの象徴達


レイクの酷く切られた髪を、風呂に入れる前に整えてあげようとハサミを入れる。元は長く綺麗な髪だったろうに、残念だと思いながら全体をショートに切り揃え、そのまま湯浴みに行かせた。


次は俺の番だ。手鏡を用意する。肩までの長さがある、白族では一般的な髪型だ。人に歩み寄ろうと思うなら、まずは相手を理解する事から始めてみる事も大切だ。

先駆けて最初は見た目から変えていこうと、剃刀とハサミで髪を躊躇なく切った。そして地族では一般的なアップバンクに変える。

差別、虐めはどこにでもあるのは分かっている。これからは自分の大切になった者が同様に受けないよう、先回りして阻止しよう


「ラック様、髪切ったんですか?」


湯浴みから戻ってきたレイクを見て、息を飲む


湯上りでほんのり桃色に染まった白く滑らかな肌、キラキラと光を反射するアクアマリンの瞳がよく映える。白族でもこんな美しい少女は見た事がない。

皆が同じ見た目こそ美だという価値観がある白族では、醜い者は庇護される。女性で美し過ぎる者は、理由はわからないが昔から憎悪の対象となっている。男性は綺麗でも迫害はされないのにな。

 

不思議そうにこちらを見つめてくる少女に、唾を飲み込む


「レイクちゃん、今何歳?」


「16歳です」


「恋人とか、好きな人はいる?」


質問に暗い顔になり、首を振る。レイクの事を好いてくれる人は誰もいなかったというのだ。

俺はかなり昔に形だけの婚約者は居たが、地族の地に行く際に一緒に付いて行きたくないと婚姻を解消されている為、好都合だ


レイクに少し出てくると言い残し、族長の家に駆け込むと、レイクと婚約させるように凄む。

意気込みに圧倒された族長から、レイクは地族から見たら幼児にしか見えないそうで、婚約者だと地族の土地に連れて行くと、白族は犯罪集団だと思われかねないと説得された。

不服だが、暫くは歳の離れた妹という事で決定された。

レイクは必ず妻にするから他の男を当てがわないように契約をし、晴れてレイクは俺の保護下に置かれる事になった


ーーー


こうして現在に至るが、これだけレイクと甘い一時を過ごしているのに、未だに兄と呼ばれ続けている。

言い慣れているからなのだろうが、こちらは婚約者としか見ていないので、そこに温度差を感じる。


早くレイクを俺だけのものにしたい。














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