第6話 恋愛岬へれっつごー!
花純は断固として行き先を教えてくれず、更には電車からバスへの乗り換えを経て────。
乗ったバスの終点が近づくにつれ、
俺は居ても立ってもいられなくなっていた。
「な、なぁ花純……。降りなくていいのか?」
バスの降車ボタンに手を伸ばし、何度目かわからない質問を飛ばす。
「もぉ! しょーちゃんはさっきからそればっかりっ! しつこいよ?」
「いや、だって……ここで降りないと次は終点だからな?」
「ふふんっ。だーかーらぁ! 着いてからのおっ楽しみぃ〜!」
いやいや、いや!
もうお楽しみじゃねえんだよ! 次が終点なんだよ!
……あぁ、やられた。
電車からバスに乗り換えた時点で疑うべきだったんだ。
このバスは普通のバスであって、普通のバスではない。
平日の昼前だというのに座席は半分以上が埋まっていて、乗客の大半はラブラブオーラ全開のカップルが占めている。
その為、聞こえてくる会話は昨日恋に敗れた俺にとっては耳が痛くなるものばかりだった。
「今日は等身大の愛を叫ぶからな。覚悟しとけよ?」
「あーしだって負けないし!」
「お前は昨日ベッドの上でたくさん叫んでたろ?」
「そ、それは……あんたのせいでしょ……! バカッ!」
おいおい。ここバスの中なんだが?
しかしこんな会話を恥ずかしげもなく出来てしまえる空気が、このバスの中には充満していた。
まるで磁石のように男女はくっ付き、腰に手をまわしたり頭を撫でたりと、人目を気にせずにヤリたい放題。
とにかく四方八方でカップルたちがいちゃいちゃラブラブしまくっているんだ。
言うなれば、愛ラブ無法地帯。
だから聞きたくもないカップルの会話があちこちから耳に入ってくる。
「おい、頭撫でてくれよ」
「もうっ、甘えん坊さんなんだから!」
「今日はいっぱい愛を叫んでやるんだからいいだろ。ほら早く撫でろ」
「はいはい。いいこいいこよしよし」
「あぁ、これだよこれこれ。たまんねぇな!」
明らかに強面そうなお兄さんが、頭を撫でられて子供のような笑顔を見せている。オラオラ系甘えん坊というやつだろうか。
……キツイよ。もうやだ。このバス。
しかしこればかりは仕方がなかった。
このバスの終着点は『恋愛岬』と呼ばれる、カップルたちが愛を叫ぶ場所として知られる名所だからだ。
でもまさかにも最後まで乗車するとはこれっぽっちも思っていなかった。
ここまで大胆不敵に純情を弄んでくるとは思いもしなかったんだ。
まじでありえないだろ。
いったいどんな神経をしていたら、此処に連れて来れるんだよ……。
そもそもこの女はラブラブオーラ全開のカップルたちを気に留める様子はなく、お気楽そうな面で「海ぃー!」「山ぁー!」「いのししぃー!」「わぁ!」とか窓から外を眺めて、はしゃぐだけだったからな。
今にして思えば、終点に到着するまで知らんぷりを貫き通す構えだったわけだ。
……最悪だ。まじでやってくれたな、この女。
──恋愛岬。
それは恋愛成就のパワースポットとして万人に知られる、絶景にして名所。
絶賛ラブラブ中のカップルから、片想いに馳せる者まで、恋をする者らが年間100万人は訪れると言われている。
広がる絶景の海に向かって想い人の名前を三度叫ぶと、強大なラブパワーが宿るとか、なんとか。
──別名。永遠の愛を叫ぶ場所。
普通に考えて、恋に敗れた男が翌日に来ていい場所ではない。
なにをどうしたら、振られたてホカホカの男を連れて来れるんだよ。他でもない、振った張本人が連れて来ちまうってんだから、もう──。
狂気の沙汰としか思えない。
……とはいえ。とはいえだ。
ここまでの交通費は片道で既に1200円弱。後に控える貸切露天風呂を計算すれば、こいつの財布の中身は活動限界間近。
風呂上がりのコーヒー牛乳を買う余裕があるかどうかすら、怪しいところだ。
──つまり。お前はもう、詰んでいる。
ならば、おいそれと帰るわけには行くまい。
ここまで来たからには『DAY2』にして最高のフィナーレを飾るしかないだろ。絶対に!
☆ ☆
そしてバスは終点へと到着する。
続々とラブラブカップルたちが愛を囁きながら降りていく。
「よーし着いた! この声が枯れるまで、今日はお前の名前を叫び続けるからな!」
「バカッ! 三回以上は意味ないの!」
「じゃあ、今夜もまたお前にベッドの上で叫んでもらおうかな? 俺の分まで」
「……バカ♡」
「大声で名前を叫んでやるからよ、今日の夜はパンティ膝枕で耳かきしろよな?」
「うん♡ご褒美にしてあげる♡」
「へへっ。たまんねぇな!」
ようやく苦しい苦しいバスの旅も終わりかと思うも、ラブラブカップルたちと行き先は同じ。どうせまた、岬で見るハメになる……。
たぶん、ひっきりなしに誰かしらが愛を叫んでいるんだろうな……。そういう場所として有名だし……。
……降りたくない。けど、この女にわからせるためには降りないわけにはいかない!
「ほらっ、しょーちゃん! 到着到着ぅ! 降りるよーっ!」
ノリノリだな、この女。
そりゃそうだよな。お前は楽しくって仕方がねえよな?
振りたてホカホカの男と来る恋愛岬なんて、最高に面白可笑しくてたまらねぇよな?
あぁ、いいぜ!
恋愛成就のパワースポットとやらに肖りに行こうじゃねえか!
ここまで来たんだ。立派にピエロを演じてやるよ!
覚悟を決め、気合も十分にバスから降りると、花純がぴょこんと俺の隣にくっついてきた。そして断りもなく当たり前のように手を取った。
……だから振った男の手を簡単に握るなよ。
ここは我慢だ。こいつを置き去りにできることは確定しているのだから。
あとはもう、ただひたすらに耐えるだけ。さすれば、こいつが絶望に浸る顔を拝める。しばらくは思い出すだけで白米のおかずにできるってもんだ!
しかし普段とは手の繋ぎ方がおかしい。というか、不自然に指を絡ませて……。
あ、あれ……。ちょっ、おまっ?!
「今日はこうやって手を繋ぎますっ!」
……は?
言葉を失った。指先で感じる如何わしさに戦慄が走る──。
それは、まごうことなき『恋人繋ぎ』と呼ばれるものだった。
今まで幼馴染として、手を繋ぐくらいのことは幾度となくあった。
なのに、なんだこれは……。
指の髄までしゃぶられるような……がんじがらめの…………。
「ちょっ、お前! これはさすがに……!」
「今日はいーの!」
「いいわけないだろ!」
「もぉ。しょーちゃんは花純ちゃんとおてて繋ぎたくないのぉ?」
当たり前だろうが!
クソッタレめが……。
…………落ち着け。ここまで来てすべてをパァにしてどうする。俺が怒ればこいつも怒る。そうなれば喧嘩。奢らせアイス計画は失敗に終わる。
「ま、まぁ。たまには、いいかもな」
「でしょぉ! でもなぁんかしょーちゃんっ、手汗がすごいね!」
「………………」
ぶっ飛ばしてやりたい。今すぐに。
でも耐えるんだ。……落ち着けよ、俺。
しかし──。
この女は止まらない。
握った手をぎゅっぎゅとされると、笑顔を向けてきた。
「ではではそれでは~発表しましょー! 花純ちゃんプレゼンツぅ~、その真なる姿わぁ〜!」
真なる、姿……?
突飛押しもなく、意味不明なことを言い出したかと思った次の瞬間──。
とんでもないことを口にした。
「今日はしょーちゃんに『デート』をプレゼントしまーす! ぱちぱちぱちぱちぱち〜! いえーい!」
何言ってんだ、こいつ? は?
「今日は一日、花純ちゃんのことを
おいおいおい。おいおいおいおいおいおいおい!
このバカタレは何を言い出しているんだ?
「ってことでー! 恋人たちの聖地。恋愛岬へ、れっつごー!」
可愛らしく、グーにした手を空へと突き出した。
……その姿に、悪魔を見た。
人の純情をとことんまで弄び尽くそうとする目の前の女は、悪魔にしか見えなかった。……もはや、同じ人間とは思えない。
そう思ったからなのか──。
わからせの業火が、かつてないほどに燃え上がる。
あぁ、いいぜ。そうこなくっちゃな!
その舐め腐った茶番に最後まで付き合ってやるよ!
陽気なピエロを演じてやろうじゃねえか!
「なんか気を使わせちまったみたいで悪いな。無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理なんてしてないよ? したいからしてるだけだし!」
だろうな。腹の中でぷぎゃぷぎゃ笑っているんだろ? いいぜ。もっと笑わせてやるよ!
「そうか。じゃあお言葉に甘えて。今日一日、彼女としてよろしく頼むな!」
「ふふんっ。お任せあれ! しょーちゃんにとって、忘れられない一日にしてあげるーっ!」
あのな、一日でも早くお前のことなんか忘れたいんだが?
まっ、わかった上で言っているんだよな。
付き合えないことへの償いを装い、腹の中は真っ黒で俺を嘲笑うことだけに特化したデートプランだもんな。
まさしく悪魔の所業。
置き去りにするその時まで、終始ピエロを演じるのも悪くはないが、軽くジャブを打って牽制くらいはしておくかな。
すべてを良しとしたら、きっとこいつは際限なく俺を弄んで至福を肥やしてきそうなものだ。ある程度の節度は保たないと、ピエロモードになった俺でも限界は来る。
そのために、最も適切な言葉は──。
「じゃあ、さっそくで悪いんだが。今日限定の彼女として、
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