第7話 とりあえず、おっぱいを揉ませてくれないか?


「ごめんしょーちゃん。もう一回言って? よく聞き取れなかったかも!」

「おう。おっぱいを揉ませてくれって言ったんだよ。彼女なら、それくらいできるだろ?」


 あたかもその先があるように匂わす。

 これはあくまで牽制球だ。あまり舐めた態度を取ると俺だって『狼』になるんだぞってことをわかってもらえれば、それだけでいい。


「ごめんっ。よく聞こえなかった! もう一回!」


「だから──」

 

 いや、こいつ……。わざと聞き直しているのか?

 めちゃくちゃニコニコしてるし……。


「だからなぁに? もう一回! しょーちゃん言って! は・や・く!」


 あ。確実にわざとだ。

 こいつが何を企んでいるのかわかってしまった。俺におっぱいを乞わせようとしているんだ。「揉ませてください。お願いしますって言って!」とか、絶対言い出す流れだ。


 危ない危ない。牽制球を放ったつもりが、カウンターを食らってしまうところだった。


「いや。なんでもない。今のは忘れてくれ」


 と、言ったところで花純は収まるわけもなく──。


「ねえ、揉み揉みしたいのぉ?」


 ──ドクンッ。


 握った手をぎゅっとして、意思確認をするかのように、可愛らしく首を傾げてきた。


 やっぱり聞こえてるんじゃねえかよ……。


 ……ああ。こいつって奴はいつもこうだ。

 俺があと一歩を踏み出せば、結ばれるような甘い言葉や行動を仕掛けてくる。


 それに対し俺は、たじたじして話を逸らしたりするんだよな。それを見て至福を肥やしていたってわけだ。


 だが、もう──。その手は食わない。


 徹底抗戦だ。やはりこいつには知らしめる必要がある。今の俺にはそれ成し得るだけの魔法の言葉があるからな!


「あ、当たり前だろ! 俺だって姉ちゃんの弟なんだよ。血は争えないに決まってんだろ!」


 姉ちゃん。ごめん……。


 でも確実に効くはずだ。姉ちゃんは断りもなしに玄関を開けて二秒で挨拶代わりに揉んだ。更には家へと上げて油断したところを背後から揉みしだいたっぽいからな。


 しかも今朝の話だ。花純の脳裏に焼き付いているはず。同じことを俺にされるともなれば、事案発生の一大事。


 さぁ、どうする花純!


「もぉ! それならそうと言ってくれればいいのに! 発作的に揉みたくなっちゃうってことだよね?」


 なっ⁈ 姉ちゃんに失礼だろうが! 発作ってなんだよ! 病気じゃないんだよ! ……いや、病気か? ……いやいや。言っても姉ちゃんと花純は女の子同士なんだから、なしよりのありだろ!


 でも、狼ってそういうものだよな。……うん。


「まあ、そんなところだな」

「ならいいよぉ! だってこれはしょーちゃん専用なんだから! 今日に限らず、いつでも揉み揉みしていいからね?」


 あ。そうだったんだ。……へぇ。ふぅん。初耳……ではないけど、初耳。


 本当にぬかしおるな、この女。


 大方、この期に及んでも尚、俺が本気で触って来るとは思っていないのだろうな。……まあ、それは正解で本気で触るつもりはない。


 けど、こいつだって触らせる気は一切ないはずだ。


 もし本当に触れてしまったら、盤上はひっくり返るからな。


 わかってはいるけど、試しに手を伸ばしてみるか。


「めっ!」


 ほらみろ。パチンと手を叩かれてしまった。


 やっぱりな。だと思ったよ。

 わかっていたから驚きもしないし、悲しくもならない。初めから期待などしていないからな。お前は昨日、俺を振った。それが答えでそれがすべてだろ。


 さてはて、揉み揉みしていいと言ってすぐに拒否って来たわけだが、この女はどんな言い訳をするのかな?


「もぉ。しょーちゃんのえっち! お外で触るのは禁止! ところ構わずなんてだーめ!」


 ……なるほど確かに。それは正論だ。最もらしいことを言ってきたな。


 ってことは室内ならいいのか。……って、思うかバカ野郎!


 本当にやり口が上手いな。騙されても仕方ないとすら思えてしまう。


 俺を弄ぶためのマニュアルがあるのだろうか。

 ああ言えばこう言う。思わせぶりにのらりくらりと交わされ、気づいたときには弄ばれている──。


 だからもうひと押し、果敢に攻めたくなってしまう。


「じゃあ、今日の帰りに俺ん家来いよ!」


 ははっ。まるでお猿さんだな、俺。

 でもいいさ。こいつにどう思われようが減るものはもう、なにもないのだから。


 むしろ嫌われるくらいがちょうどいい。

 喧嘩にさえならなければ、奢らせアイス計画に支障は来さないからな。


「……ねえ、しょーちゃん。せっかくのデートなのに頭の中はおっぱいでいっぱいなの? デートは始まったばかりなのに、もう帰ってからのこと考えるなんて……ショックだよ……」


 いやはやキツイ。これまた正論だ。

 但し、本当にデートだったらな? このデートは俺を弄ぶために用意された、花純による花純のためだけの、お楽しみプランだ。


 とはいえこれ以上、揉めないおっぱいに突っかかるのは得策とは言えないな。


 ……なんか俺が悪者みたいになっちゃってるし。


「そうだな。悪かったよ。今はデートを全力で楽しまないと勿体ないよな!」

「うんっ! わかってくれればいいのです! ──で・も!」


 揉めないおっぱいの話はこれでおしまい。と思ったタイミングで、この女は強烈なラストアタックをカマしてきた。


 背伸びをして俺の耳元に唇を近づけると──。


「ちゃぷちゃぷ♡」


 ──ドクンッ。


 意味有りげに色っぽい声で囁いてきた。


 こ、こいつ……。完全に狙ってやがる……。


 不覚にもドキドキしてしまった。不意打ちは勘弁してくれよ……。



 ……落ち着け、俺。……ふぅ。


 貸切露天風呂が三時に予約済みってことはわかっているが、こいつの口からはまだはっきりとは聞かされていなかったよな。


 だからここは──。

 

「ちゃ、ちゃぷちゃぷって、どういうことだよ?」

「ふふんっ。秘密ぅ〜!」


 だから秘密じゃねえんだよ!

 ……いや、これもわざとっぽいな。話の流れ的に揉み揉みできると勘違いさせるためだろうか。


 ……本当に恐ろしい女だ。


 そもそもちゃぷちゃぷとか思わせぶりに言ってはいるが、せいぜい靴下とブレザーを脱いでワイシャツを腕まくりして、足湯に浸かる程度だろ。


 どこの世界に、振った男と裸のお付き合いをする幼馴染が居るんだよ。


 ……でもなんていうか、あれなのかもな。

 

 もしかしたら俺は、こいつに相当バカな奴だと思われているのかもしれない。……この場合における適切な言葉は『チョロい奴』かな。


 ……あぁ、いいぜ。チョロくて結構。


 その侮りが、お前をドン底へと突き落とすんだからな!


 最後のページで笑うのは俺だ!


 覚悟しておけよ、花純!

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