第4話 今日の花純ちゃんはお金もちー!


「遅刻確定だねっ! しょーちゃん!」


 あろうことか電車に乗り遅れてしまった。

 駅のホームで呆然とする俺とは対象的に、花純はニコニコと楽しそうに笑っていた。


 ……この野郎。やってくれたな。


 俺は何度も先に行けって言ったんだ。

 それなのに、こいつは可愛らしく「あーん」を繰り返し、俺の朝飯タイムを邪魔立てしてきた。


 その結果──。

 遅刻ギリギリの電車までは幾分の余裕があったはずなのに、駅まで走る事態に陥り……。

 にも関わらずこいつは「ぜーはー」して、走るのをすぐにやめた。


 当然、俺の取る行動はひとつ。


 ──置いていく。


 しかし大きな声で「しょーちゃん行かないで! 置いてかないで! やだー!」って、住宅街のド真ん中で叫ばれてしまい……。


 ……今に至る。


 食いしん坊に付き合ってしまったが為の、致し方ない末路かとも思ったが……。


 ──今、こいつは笑っている。


 まじでやってくれたな、この女。


「で、どーするのぉ? 授業中に気まずくなりながらも教室に入る? それとも休み時間にこっそり紛れ込んじゃう? それともそれとも〜? さぁ、どーするしょーちゃん!」


 決まりだ。こいつは確信犯だ。……そして、愉快犯。


 どうするのかと聞かれれば、俺は迷わず学校を休むと答える。この野郎はそれをわかった上で言っている。


 俺は遅刻ってやつが大嫌いだ。

 なにが嫌いって、休んでしまったほうが事なきを得られる理不尽さが気に入らない。


 内申の数字上は欠席よりも遥かに寛容だが、イメージの悪さは欠席の比ではない。

 日々の高校生活を送る上では、内申なんてものは屁の役にも立たない。大切なのは悪目立ちしないことだ。


 だから俺は、遅刻するくらいなら休む。

 これは俺が美少女な幼馴染を持ったがゆえに、小学生の頃から掲げている信条だ。

 

 ……だと、言うのに。



 ふざけやがって。付き合ってられっかよ。


「俺、帰るから」

「ちょっとしょーちゃん! せっかくのお休みだよ? 帰るなんて勿体ないよ!」


 だろうな。顔を見ればわかる。

 遊ぶ気満々で俺を遅刻に追いやったのだから、当然だよな。


 こんな日は二人で学校をサボって遊びに行くのが定番だ。

 年に1回あるかどうかの、俺とこいつにとっては特別な日。


 子供の頃は冒険みたいで楽しかった。小遣いを出し合って遠くに行ったりもした。

 あとで母ちゃんに怒られるんだけど、それを差し引いても『遅刻して良かったな』と思えるくらいには、救いのある時間だった。


 そんな特別な日も、思い返してみれば高校に入学してからは一度もない。


 だからお前は、珍しく俺が寝坊した隙を見過ごさなかったんだよな。これみよがしにチャンスと思い、行動に移した。


 あのさ。これもう、死体蹴りだよな?


 振られた翌日に二人でお出かけ? 無茶言うなよ。つーかもう、お前と二人でなんて、二度とお断りなんだよ。


 どうして、それがわからないんだよ。


 ……違うな。


 こいつは俺が告白したことなんて、これっぽっちも気にしちゃいない。平常運転。だからこそ、できる所業。


 ……本当にイライラさせやがる。


「俺は帰る。お前は学校に行け。それでこの話は終わりだ。じゃあな」


 奢らせアイス計画は一時見合わせだな。

 こればかりは仕方がない。来たるべく明日の『DAY3』に備えたほうが建設的だ。

 

 これ以上、こいつと居たら絶対に喧嘩になる。もういろいろと限界でやばい。


 それに是が非にでも、今日奢らせる必要はないからな。

 昨日のアイスの買い渋りようからして、こいつの財布の中身が悲鳴をあげていることは明白だ。


 1日でも早く、この女にわからせたいと思う気持ちはあるが、急がば回れだ。


「ちょっとしょーちゃん! どこ行くの?」

「だから帰るって言ってるだろ。邪魔だから退け!」


 帰ろうとすると当然のことながら花純は引き止めてきた。それを俺は振り払う。


 すると諦めたのか、追ってくる様子はない。

 

 しかし──。

 俺がいま、最も知りたいことを口に出した。


「えーと、お財布の中にはいくら入ってるかなぁー? えーと、えーとっ!」


 帰るために動かしていた俺の脚は、ピタリと止まる。


 振り返るとスクールバッグの上で財布をひっくり返し、小銭をじゃらじゃらと出していた。


 なにやってんだ、こいつ……。


「ふむふむ。5286円を確認! これだけあれば遊びに行けちゃうなー!」


 チラッチラッとこちらを見ながら言ってきた。


 嘘だろ……? なんて言ったんだ? 5286円……?


 居ても立ってもいられなくなり、覗き込むように近づくと──。


 ……目を疑った。確かに5286円ある。


 そんなバカな……。ありえない。


 よく見るとお札は一枚もなく、すべて小銭。

 それも、500円玉だけで10枚もある。


 ……なんだ、これ。


 いやいや、小銭とか札とか関係ないだろ!

 これはまずい。最悪だ……。アイスを奢らせてもノーダメージで切り抜けられてしまう。わからせることが、できない……。


 お前、昨日あれだけ奢るのをためらっていたのに……。それすらも嘘だったって言うのかよ……。


 最悪だ。本当に最悪だ。なんだよ、これ……。



「今日の花純ちゃんはお金持ちだからなー。遊んでくれる人が居るなら奢っちゃおうかなー、なーんて思ってるんだけどなー。遊んでくれる人、近くに居ないかなー?」


 またしてもチラッチラッとこちらを見ながら言ってきた。


 ……待てよ。この流れなら、もしかして。


 諦めるには、まだ早い。


「奢ってくれるのか? お前が、俺に?」

「とーぜんです! そのために500円玉貯金を開けて来たんだから!」


 ……なるほどなるほど。そういうことか。隠す気が一切なくて清々しいな。


 ってことは、ここまで計画の内というわけか。

 俺を遅刻に追いやるだけではなく、その先までをも見据えて事前に準備をしていた、とな。


 食えないやつだ。


 だが、残念だったな。

 お前は隠し財産を出すタイミングを完全に間違えた。


 むしろこれは好機──。


 しかし油断はできない。念のために確認しておくか。他にも隠し金を持っていたともなれば、奢らせアイス計画は徒労に終わる。


「でもそれ、お前の全財産なんだろ?」

「いーの。たぶん、今が使いどきだから! 後悔はしない。だから遠慮しないで!」


 まんまと遅刻へと追い込めたから、ってか?

 振った男とデート紛いのことをするのは、さぞ面白いだろうさ。人の純情を弄んで笑えるお前にとってはな。


 ……まあ、いいだろう。


「そうだな。家に帰ってもだらだらと寝るだけだろうし。奢ってもらえるなら遊ぶのも悪くないかもな」


 こいつの財布の中身をとことんまで削り倒してやるよ。


「わぁい! けってーい! じゃあとりあえず映画なんてどーですかね?」


「映画かぁ……」


 映画は一人1000円。二時間近く拘束されて、たったの2000円。

 こいつの好物であるキャラメルポップコーンを買っても+500円。ジュースを買ったとしても+300円。


 しめて2800円か。……微妙だな。


「駅前の映画館のカップルシートなら寝転んで観れるから、寝ちゃってもオーケーです! だからいこ? しょーちゃんは腕枕だけ貸してくれればいいからぁ!」


 ……ひどい話だ。本当に死体蹴りだな。


 なにがどうして、振られた翌日に腕枕をしなきゃならないんだよ。


「ポップコーンとメロンソーダも付けますのでっ!」


 それはもう計算済みだ。

 この場合の奢るってのは、大きいサイズを買ってシェアするパターンだろうからな。

 なにより、ジュースと言わずに“メロンソーダ”と言っている時点で確定だ。

 

 ──やはり、映画館は却下だな。


 今は大判振る舞いな姿を見せてはいるが、こいつは財布の紐が固い。残金が少なくなれば、たちまち冷静になるだろう。


 ならば──。

 使わせるなら一撃。もしくは使うしかない状況に追い込む!

 

 悪いな花純。

 俺のほうが一枚も二枚も上手なんだよ!


「映画もいいけど、せっかくだから遠出しないか? 海とか、温泉とかさ。5千円もあるなら普段行けないところに行くってのも、いいと思うんだよな。天気だっていいし。まだ朝の8時過ぎだしな。絶好のお出かけ日和だと思わないか?」


「お……、おおぉー! しょーちゃんが乗り気だ! 明日は雪が降るよ!!」

「なんでそうなるんだよ。失礼な奴だな。ったくもう。で、どうするんだ?」


「えへへ。もちろんいくぅ!」

「なら決まりだな!」


 よし。誘い出しは成功だ。


 交通費とは片道にあらず。

 向かえば最後。帰りの交通費が常に重く、財布にのしかかる。


 つまり──。財布の中にお金があろうとも使ってはいけないお金が発生するってわけだ。


 そこを鋭く、突く──!


 アイスを奢ってしまったが為に、帰りの電車賃が足らなくなる。そういう状況を意図的に作り出してやろうじゃないか!


 そうなれば当然、こいつは俺からお金を借りようとする。

 きっとこんなことを言うだろう。「アイス奢ったんだからいーじゃん! 貸してよー」……想像に容易いな。


 ──だが! 無慈悲に、断る!


 そうなったら大変だ。こいつは遠出した先から帰れなくなる。

 そしてきっと思うだろうさ。どうしてこんなことになってしまったのか? とな。


 見知らぬ土地に一人取り残されるのは、思うよりもずっとキツイはずだ。

 なにより、手のひらで転がしていると思っていた男に置いていかれるのだから、心中たまったもんじゃないだろうな。


 はは、はははは!

 いいぞ。これだ! これしかない!


 まさか『DAY2』にして最高のフィナーレを迎えられるとはな! そう思えば、今日一日くらいは耐えられるってもんだ!



 ──しかし、問題がひとつだけある。

 こいつが帰りの交通費として財布の中に残したお金に、俺の分が含まれる場合だ。


 この状況下では「帰りの電車賃は奢れなくちゃったぁ! ごめーん」で済まされてしまい、仲良く地元に帰っておやすみスヤァで、また明日になってしまう。


 だから必ず、交通費だけは俺が自分で出さなければならない。

 その上で財布の中身を削るともなれば、なかなかに骨が折れる。


 ここは慎重に──。


「とりあえずカフェにでも入って、何処でなにするか決めようぜ!」


 予めお出かけプランを決めてしまえば、話は早い。


「カフェ?! 喉乾いたのなら水筒持って来てるから飲んでいいよぉ! せっかくのお出かけなのにカフェでお金使うなんて勿体無いから!! ベンチ座ろっベンチ! しょーちゃん、ほら! こっちこっち!」


「お、おう。確かにそうだな……」


 いやはやこれは……。一筋縄ではいかないな。やはり財布の紐は固い。尚且つ遠くにお出かけするともなれば、頭の中で常に銭勘定しそうなものだ。


 でも、だからこそ──。


 最高の形でアイスを奢らせられる。


 “ここでアイスを奢ったら、帰りの電車賃がなくなっちゃう……。でもしょーちゃんなら貸してくれるよね!”


 その傲りが、お前を地獄へと叩き落とす。



 覚悟しておけよ、花純!

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