第3話 しょーちゃん専用Gカップ


「もうダメですっ。ここはしょーちゃん専用なので! これ以上はしょーちゃんからの許可が必要になりますッ!」


 戯けが。よくもまあ次から次にデマカセが出てくるもんだ。


 この女、まじでふざけてやがるな。しかしこれが糧となる。こいつがクソであればあるほどに、力が漲るってもんだ。

 心に宿るわからせの業火を滾らせていると、姉ちゃんが申し訳なさそうに俺の元へとやってきた。


「ねえ、翔太。お姉ちゃんからの一生のお願い、聞いてくれる……?」


 いや……。姉ちゃん……。冗談抜きで、早く大学行けよ……。




  ☆ ☆ ☆ ☆

 

 姉ちゃんには強制的に退場してもらった。

 Gカップに溺れる実姉の姿は見たくないからな……。


 で、そうなるとこいつと二人きりになるわけで。

 ダイニングテーブルで朝ごはんを食べていると、当たり前に隣に座ってきた。


「まったくもぉ。お姉さんには困ったものだよ〜。これはしょーちゃん専用なのにぃ! ねっ?」


 ……お前まじで、いい加減にしとけよ?

 まあ構ったら負けだな。どうせ触らせる気なんてないだろうし、俺が触って来ないと高を括ってるから言っているだけだ。


 振られた今となっては、すべてが透けてみえる。

 こうやって平気な面をしてずっと、純情を弄んでいたんだよな。

 それが楽しくって、振った今もやめられない、とな。……クソッタレめが。


 ……まじで一回触ってやろうかな。そんでそのまま押し倒すか?


 いや。軽率な行動はよそう。一瞬にして立場を危うくする事態になりかねない。

 今日は奢らせアイス『DAY2』。確実にこいつを痛めつけ、尚且つわからせる手段を俺は持ち合わせている。だからここは耐えるんだ。


「ああ、そうだな。姉ちゃんには俺からキツく言っとくよ。悪かったな」

「しょーちゃんが謝ることじゃないよ? だってほら、これはしょーちゃん専用なんだからぁ!」

 

 言いながら胸を張るようにして、ボインと強調させると可愛らしく首を傾げてきた。


 くっ。血の涙が出てきそうだ……。なにが専用だよ。ほざきやがって。


「まぁ、身内の不手際だからな。気を悪くしたのなら謝るってだけの話だ」

「べつにいーのに! って、あっ! そーだ! 謝ると言えば~、しょーちゃんっ!」


 しまった……。やってしまったと思った。

 確実に花純が良からぬことを思い出した。


「ほぉーら、しょーちゃん! ごめんなさいしたいんだよね? いいよいいよ~。謝るチャンスをあげましょー!」


 くっそ。姉ちゃんが余計ことを言ったからだ。

 とはいえ、誤魔化すために嘘をついた俺のせいだ。姉ちゃんはなにも悪くない。むしろ、弟を想うがゆえの姉心ってやつだ。


 悪いのはぜんぶこいつ。無邪気な笑顔で純情を弄んでおきながら、少し怒ったら『横暴な態度』と、俺を悪者にしやがった。


 クソ野郎が……。万死に値する!!!!


 しかし耐えるんだ。奢らせアイス『DAY2』を成功させるために──。


「ほら早く! ごめんなさいって言って! 花純ちゃんごめんなさいって! 言って!」


 くっ……。


「ご、ご……」

「はやく! はやく! しょーちゃん! はーやーく!」

「ご……、ご…………め、ん……」

「まだだよ? 続く言葉があるよね? がーんばれ! ふぁいと!」


 くっ……。


「な、さ………………い」


「おぉ! えらいえらーい。良い子だねしょーちゃん! これからはこのわたし、花純ちゃんに優しくすることぉ~! いえーい!」


 クソッッッッタレめがァァッ‼︎

 どこまでも舐め腐りやがって‼︎


 ……だが耐えた。頑張ったぞ、俺。やればできるじゃないか……。


「ふふんっ。ってことでしょーちゃん!」


 今度はなんだ? と思うと、指を咥えて卵焼きをじーっと見つめていた。それは、俺の朝ごはんのおかず。


 あ、やばい。はらわたが燃えるように熱い。おまけに手まで震えてきた……。


「ひと口欲しいなぁ〜。なんて!」


 さらに「よいしょ、よいしょ」と椅子を寄せてきた。


「あーんってしてほしいなぁ〜。なんて!」


 詰めるように座ると、俺の肩にピタリ。あーんと口を開けてきた。


 強欲な食いしん坊めが……。

 昨日までの俺は、こいつのこんな姿を可愛いと思って見ていた。無邪気で無垢で甘えん坊のような感じもして。……世界で一番可愛いと思っていたよ。


 でも今は、その全てが憎たらしくて仕方がない。


「ほらよ」


 とはいえ、ここで意地になるほど馬鹿ではない。

 今の俺には明確な目的がある。アイスを奢らせ、わからせる。そのためならなんだってしてやるよ。俺の覚悟を舐めるなよ。


 箸で卵焼きを花純の口元まで運ぶと、大きくパクッとした。俺の箸を花純の唇が伝う──。


「ふふんっ。おーいし!」


 くそっ……。こんなのを昨日までの俺は可愛いと思って……。かわ……くっ。


 今更、間接キスとかそんなのを気にする仲ではないが、仮にも振った男だぞ。なんでお前は平気なんだよ……。


 わからせの業火を宿しても、確かに心は揺さぶられる。


 この戦いは、俺の心が限界に達するのが先か、こいつの財布の中身が尽きるのが先か。そういう戦いなのかもしれない。


 それでも──。俺のやることは変わらない。



 覚悟しておけよ、花純。


 今日の放課後も、お前に告白してやるからな!


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