『僕』にできることを

 薄暗いこの《巣穴せかい》を淡く照らす光球群――水月たちが宙を漂い、さながら瞼を薄く開くように三日月の月齢を示していました。

 あの人に助けられた日は、水月たちが光を失う瞑月ダークムーンの頃。あれからもう数日が経ったのです。


 あの人が言っていた通り、いくつかの真水溜まりに囲まれたその広間に魔獣の気配は無く、地面や土壁に掘られた隠し貯蔵庫には食糧の蓄えが十分にあります。

 十分な食事と清潔な水のおかげで傷の治りは良く、魔獣に襲われた傷はもうほとんど痛みが消えていて、僕はすっかり普段通りに動けるようになっていました。


 しかしこうなってくると、ただただあの人の財産を食い潰すだけなのは忍びなくなってきて。僕は「僕のできることであの人の恩に報いたい」と思い立ったのです。

 とはいえこの水辺を離れるのは怖くてできません。なので僕は、周囲の土壁や水中に茂る植物から食べられるモノを探すことにしました。食糧探しや保存食を作る仕事は村にいた頃からやり慣れている作業ですので全く苦ではありません。


 どんな土地にも血管のようなツタを這わせ血のような実をぽつぽつとつける火星苺ブラッドベリーが岩壁に茂っていました。果肉を調理するついでに種を取って水辺の柔らかい土に植えたらもっと殖えるかもしれません。


 真水の池に咲く蓮も、実や根を食糧にできたはず。村では貴重品だったので実際に調理したことはありませんが、できないわけではありません。

 しかし、池は足が付く程度の深さとはいえ無節操に蓮を掘り返してこの美しい水を濁らせるのはなんだか申し訳なく感じたので、水辺に近い蓮から花を少しだけ摘み取っていくつかの花托を取り出すだけに留めました。


 さて、食糧の準備は上手くいきそうです。

 後はなにをしよう。……なにができるだろう?

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