第11話 絶対ですよ?


「お二人とも御足労でしたね。おかえりなさい」


 イーファは部屋に戻ってきた俺達を見るやいなや、やんわりとした微笑みを浮かべた。

 俺はその手元に革袋を差し出した。


「ほら、言われたものだ」

「中身はこれで間違いないようですね。では、花火作りに戻りましょうか」

「よーっし、ぱっぱと作って、終わらせちゃいますよーっ!」

「さてはお前、懲りてないな?」


 俺達のやり取りを見ながら、イーファはくすっと笑っていた。自信がなくて、すぐ落ち込んでしまう彼女が笑う瞬間は特別に感じられた。


 そのあとルアは丁寧に仕事を行い、俺もそれに続いた。調合された材料はイーファの魔法で花火玉として組み上げられていく。丁寧な仕事で作り上げられた花火玉達は、その外見だけでも一つの芸術品として成り立っていた。

 必要量の花火玉が作り上げられた頃には、俺もルアもヘトヘトになっていたが、イーファの顔は達成感で輝いていた。


「ふぁぁ…… やっと終わりましたね……」

「ありがとうございました。一人だったら、こんなに早くは終わらなかったはずです……」

「良いんだよ、これで俺らも花火が見れるからな」


 そんなふうに言うと、イーファはまた不安そうな顔をする。


「本当に成功するでしょうか」

「まあ、そう心配するなよ」

「そうだ! このあたりで花火がよく見える場所ってありますか?」


 ルアは明るい顔でイーファに訊く。しばらく悩んでから、彼女はぼそっと答えた。


「多くの人は広場で見ると思いますよ、屋台とかも出ますし……」

「じゃあ、三人で広場に行って花火を見ましょうよ!」

「おお、確かに良いかもな」


 人混みの賑やかさを楽しむのも祭りの醍醐味の一つである。それにこういうときの屋台の食い物は祭りの日に特別感を与える。

 俺には悪い提案には思えなかった。

 しかし、イーファは何かに臆するような表情で俯きながら、口を動かせないでいた。その心は簡単に読むことが出来た。


「大衆が怖いか?」


 イーファは俺の言葉にはっとして顔を上げる。


「大丈夫だ、俺達が居る」

「そうですよ! お祭りを楽しみましょうよ!」

「キリルさん……ルアさん……」


 桜色の小さい唇が俺達の名前を読んで震える。イーファは口を一文字に結んで、胸に手を当てた。


「分かりました、一緒に花火を見ましょう」

「そうこなきゃ!」


 ルアが飛び上がって喜ぶ。


「で、でも、絶対に広場で待っててくださいね」

「もちろんだ。今更、置いてくなんて悪戯をする意味はないだろう」

「それはそうですけど……でも、絶対ですよ!」

「わかった」

「絶対ですからね……?」

「しつこいな!」


 思わず怒鳴ってしまった。「あうぅ」という言葉とも鳴き声ともつかない声を上げて、イーファは怯んでしまっていた。


「ご、ごめんなさい……」

「良いか、そっちこそ絶対に来るんだぞ?」

「はい……」


 イーファはまだ訊きたいと思っていたかもしれないが俺の圧に押されてそれ以上は何も言わなかった。

 少し言い過ぎただろうか? いや、これくらいで引っ込んでしまったら、俺にはどうしようもなくなってしまう。


 その日はイーファに案内してもらって、本来は宮廷魔導師に与えられるはずの仮眠所に入れてもらった。彼女自身は自宅があるらしく、そこに帰るらしい。

 仮眠所とは名ばかりで、中は豪華邸宅のような感じだった。部屋の中は高価そうな調度品に溢れ、ベッドはいい匂いがする。ブレイズの王と貴族の権力を見せつけられたような感じがした。


「……で、お前はなんで俺の横で寝てるんだ?」

「えー、良いじゃないですか。一部屋しか借りられないんですしーベッドも広いですしー」


 ベッドの両端で二人は寝ていた。イーファの名義でラウンジを抜けたために、部屋は一つしか取れなかったのである。

 年頃の娘と寝ていると考えるとどうにも気が休まらなかった。

 ルアはといえば、そんな俺の心労も鑑みずふかふかのベッドの上ではしゃいでいた。しばらくすると、彼女も疲れたのか落ち着いて天井を見つめていた。


「明日のお祭り、楽しみですね」

「ああ」


 最後に祭りに行ったのはいつだろうか。

 ふらっと寄った町で祭りが行われていたことはあったかもしれないが、ある祭りに行きたいと思って人と連れ立って行った最後の祭りは一体。考えているうちに眠気が襲ってきた。心地よい疲れと共に意識が靄の中に吸い込まれていく。寝落ちするまでついぞ思い出すことはなかった。


* * *


「その布切れは何だ?」


 祭りの日。

 花火の時間の少し前、空が夕焼けに染められ始めたくらいの頃合い。ルアが散歩してくると言って、いきなり仮眠所を出た後のことであった。

 帰ってきた彼女の両手には二つのデカい布切れが掴まれている。縫い込まれた模様はブレイズ人やエクリ人のセンスとは異なるエキゾチックなものだ。

 ニンマリとした表情のルア。その意図は良く読み取れない。


「これはですね! 極東に由来するユカタっていう服らしいんですよ」

「そんな質素な作りで服なのか……」

「夏の祭りの日とかに着る服なんですって、着ていきましょう!」

「まあ、面白そうだな」


 ルアから渡されたユカタとやらをじっくりと見る。こういうときに翻訳者魂のようなものが湧き上がる。異国のものに対する興味、もっと知りたいと思う情熱。そんな感情に突き動かされながらユカタを見つめているとしゅるりと布が擦れる音が聞こえた。顔を上げようとした途端、「あ、ダメですよ!」と強く制止される。


「今着替えてるんですから、こっち見ないでください」

「……俺の前で着替えるんじゃねえよ!?」


 焦り、振り向き、両手で目を隠す。

 背後で布が擦れる音がただただ聞こえていた。


「あれえ? 洗濯板には興味なかったんじゃないんですか?」

「そういう問題じゃねえ……」


 しばらくして、ルアが「良いですよー」というまで俺はじっくりと年頃の女の子の着替え音を聞かされることになった。一体どういう状況だ?

 振り返ると落ち着いた青緑の服を着た美少女がそこに立っていた。文章でしか読んだことはないが、その容姿はフソウの方で作られている人形にそっくりだった。

 目を釘付けにされて、じっくりと見つめているとルアは腕を後ろに回して珍しく恥ずかしげに俺から視線を外す。


「どうです? 変じゃないですか?」

「わ……分からねえよ、俺は極東の服の仕組みなんか知らねえし」


 素直に「綺麗だよ」なんていうのは俺の柄じゃなかった。照れ隠しのような返しだったが、実際正しく着れているのか良く分からない。

 アマ・サペーレ大陸の中央に位置するエクリテュール貴族評議会とアイゲントリッヒ帝国の国境くにざかいは大きな山脈で区切られている。このため、エクリとブレイズはほとんど船でしかアイゲントリッヒ帝国と行き来が出来ない。

 アイゲントリッヒ帝国の文化は他の二国と比べて違うところが多い。その中でも最果てである極東の文化は大きく異なるため、こちらに伝わってくることも伝説的なものが多い。


「うーん、お店の人に習った着方で着てるんですけど」

「一度その辺を歩いて着崩れなかったら、あってるんじゃないか?」

「そうですね、ちょっとまた散歩に行ってきます!」


 そういって、ルアは勢いよく部屋を飛び出していく。

 元気なもんだなと感心するとともに、俺は手元のユカタを見つめる。着方は分からないが、ブレイズ人には間違いがわかるまいと思って適当に羽織って、帯を結んだ。

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