第三十九話 帝国敗戦の兆し
ここ690ロット、メイネス帝国領域ヒッンメル上空を三千以上もの大小様々な飛空挺や天馬、飛竜、鷲獅子と言ったモノ達が空を埋め尽くしていた。帝国軍ウィストクルス麾下のクリス・トリニティーが率いる飛空挺団とサイエンダストリアル共和国空軍提督ミリアルド・モトローグが指揮する空軍が苛烈な戦いを広げていた。その王国側には確立された空軍組織が無いためミルフィーユ・スタンシアの部隊、再編された天騎馬隊の五十名しか参加していなかった。
その空域で戦闘が開始されて早二ヶ月、当初帝国軍が数で勝っていたのだが今はその数も逆転され王国と共和国の連合に押され気味となっていた。
「このままではウィストクルス閣下に顔向けできません・・・ハァ~~~、どの様にしたらよいものでしょうか?」
クリス、彼はウィストクルスの命令に従い勝つ事も負ける事もしない戦いを展開していた。だがしかし・・・、戦闘会戦の頃は彼の操る兵達の士気も上々で思う様に動かせていたのだが日が経つに連れて若輩の将軍クリスの指示に不満を感じ始めた兵士達の士気が下がり、それが今の結果を生み出していた。そして、王国の天騎馬隊も共和国の空軍もその機を逃さずいっきに帝国飛空挺団を畳み掛け始めたのだ。
結果、今ではその兵力は王国―共和国が千八百二十一、帝国側が千五百三十三。連合軍の死傷者は大体九百名で帝国の飛空挺団は元の約半分の兵達がその命を宙に散らすか戦闘不能になっていた。
「チッチッチッチ、ハァぁあぁフゥ~。僕はどうすれば良いのでしょうか?ここの所なんだか独り言が多くなって来たような気がするのは僕の気のせいなのでしょかねぇ・・・。いやいや、そんな事はどうでもいい何か策を出して早く、この機を脱しなければならない。ハァ~~~、本当にどうしたらよいのでしょうねぇ?これ以上の損害を無くす為には矢張り撤退しかないのでしょうか?・・・、それに決定、自己完結と致しましょう」
クリスは独りブツブツと旗艦の会議室で独り策を講じていた。そして最終的には撤退をとると言う形に決着を付けたのであった。結論に達するとクリスは手元にあった艦内通信機で作戦参謀の構成員達を呼び寄せる。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「と言うわけで僕たちは撤退する事にした。皆の意見を聞かせてもらいたい」
「私はそれで宜しいと思います」
「一矢報えずしてこのまま退却すると言うのか俺は認めないぜ。戦いに参加している兵の指揮にも関わる」
「クリス将軍、若し撤退するとして、我々は今共和国と王国に包囲されている形となっています。如何にしてその包囲網から脱しようと言うのですか?」
「心配する事はないです僕に策がありますから」
「クリス閣下がそう申すのであれば自分は賛成であります」
空挺師団を指揮する将軍の招集にかけられた参謀等の多数決により帝国飛空挺団は撤退する事に可決された。
「それでクリス君、その貴殿の策とは一体?」
「うん、今から説明するよ。もう決定したから僕が説明し終わってから反対しても駄目ですからね」
軍に入隊してまだ数年に満たないその若い光聖将軍は落ち着いた仕草で会議用の魔動掲示板に図を書いて説明を始めた。彼の撤退策とは自軍の旗艦を相手側の旗艦にぶつけ撃沈できなくても出来るだけ多くの被害を与え中枢からの指令伝達に打撃を与え、相手の情報網を混乱させようと言うことだった。そして、相手が混乱している隙に自軍を撤退させようと言うのである。
旗艦を突撃させるは他にも理由があった。それはその空挺が前に突出すれば多くの敵鑑はそちらに攻撃を集中させ、周りの視野を狭めれるであろうという算段がクリスにはあったからだ。
「みなさん、今言った事が大まかな作戦です。次にこの旗艦に残るのは僕を含めてシュツルム・ファント部隊三六名とこの艦を動かす最低人数の要員もいればいいでしょう。後はこの船に出来るだけ弾薬を積んで最後に魔動力炉を暴走させてボンッと爆発させて上げれば大きな被害を与えられるはずです。・・・、以上これが僕の考えた案です・・・、直ぐにでも実行したいので各部隊、各艦艇に連絡する様に」
「無茶です、やっぱり僕は反対します。何も将軍がそこまでしなくても」
「そうですよ、他の者を使えば宜しいでしょう」
「変更は認められません、これは僕がやらなければいけない事なのです、僕自身で決めた事なので絶対変更しませんよ」
「将軍、我侭な事を言わないで下さいよ。私達にはまだ貴方が必要なのです」
「なんかの嫌ないい方ですね・・・、心配しないで下さい。僕は死にに逝く積もりはないよ。それにこれ以上僕の大事な部下や仲間達が傷付くよりはましだから・・・、ハイ、分かったらさっさと行動に移して」
クリスの断固たる意思に折れ参謀達は彼の作戦を他の艦艇部隊に連絡するため会議室から出て行った。
+ + +
それから約42イコット、クリスの指揮していた全部隊にそれが通達されるとその若き将軍は作戦を決行する事にした。
「将軍、必ず我々のもとに無事に帰還してください。クリス・トリニティー光聖将軍に敬礼ッ!」
その声で旗艦の甲板に集まっていた作戦参謀等と多くの兵士たちが一斉にクリスに向かって敬礼をした。
「みな有難う・・・。行動を開始する、みな解散してください」
クリスは甲板の上から必要な人員だけ残ったのを確認すると艦橋へ移動し飛空挺を共和国旗艦へと発進させた。
初めに居た空域から相手旗艦に向かって飛行してから大よそ57ヌッフが経過する。進行航路にて多くの共和国空軍に襲撃を受けていた。だが帝国最大の飛空挺、鋼の浮遊城と言われるだけあってそう容易く落とされはしなかった。そしてついに、艦橋内探索探知器に共和国旗艦を捕捉した。
「クリス将軍、索敵に反応ありっ!共和国旗艦ヴォルフィーグを捕らえました。距離32ガロット」
「よっし、弾幕を張りつつ、全速前進突撃を掛けて下さい」
「了解でありますっ!」
〈敵は目の前か・・・・。突撃潜入後、出来れば相手の大将を落としたいけど・・・、やるだけはやって見ましょう〉
□ 共和国旗艦内 ■
大型飛空挺ヴォルフィーグないは帝国旗艦の襲撃で慌しくなっていた。
「一体どういうことだなぜ今まで気付けなかったんだっ!!」
大声で艦橋内に叱責を投げかけるのは共和国空軍の将軍ミリアルド・モトローグ。海軍のヌース提督と同じで若くして軍の最高の地位まで昇り詰めた有能な軍人である。
「ミリアルド提督、申し訳、御座いません。今まで探索探知器に反応がなかったものでしたから・・・」
「こ探索探知器け近くにいたのに確認できなかったのか?通信兵、他の部隊から捕捉の連絡は何もなかったのか?」
「通信妨害が酷くて連絡が・・・・・」
「何で、そう言う事を早く言わなかったんだ。それが分かっていれば俺がある程度なにが起きるのか予想できたものを・・・・・・、愚痴を言ってもしょうがない。直ぐ様艦内各員に伝達しろ、目の前の敵旗艦を撃沈させる」
〈クッ、あの情報の速度から考えると向こう側は特攻をかけてくる積もりだろう。あれが突っ込まれてはこっちだって沈んでしまうし、上手く回避してもこちらの艦艇に潜入され白兵戦でもされたら・・・〉
共和国空軍に所属する大部分の兵士は小型戦闘艇による攻撃の訓練が主で人同士の白兵戦を得意としていなかった。共和国大型飛空挺内は慌てながらも即急に帝国旗艦迎撃準備を始める。そして、完全な体勢を整えられない内に両艦艇とも射程圏内へと入ってしまった。
「クッ、早いっ、しょうがない総員前方の敵に向かって攻撃を開始、撃てぇえぇえええぇえっ!」
> < >
「クリス将軍殿、敵射程内に捕らえました砲撃許可をお願いします」
「よしっ、全精霊砲、共和国旗艦ヴォルフィーグに・・・、砲撃開始」
両旗艦から凄まじい数の弾丸や精霊弾が一斉射撃される。帝国旗艦の撃沈を望んでいた共和国の砲撃は思う様な打撃を与えられず、ついにはクリスの思惑通り鋼の浮遊城はヴォルフィーグ艦艇に激突。
「上手く行った。よっし、君達は直ちにこの艦から離脱」
クリスは穏やかな笑みで艦橋にいた要員達に脱出命令を下した。
「僕はシュツルムファントの隊員達とヴォルフィーグの破壊工作に向かう」
「トリニティー将軍、ご健闘お祈りしています」
「閣下、必ずご生還してください。ミナの願いです」
「ご武運を・・・、ここにいてはクリス様の行動の邪魔になるみんな早く退去しよう・・・」
「みんな無事に逃げてくださいね。それじゃ僕も行きます」
その将軍はそう言葉に残すとシュツルムファント部隊が待機している格納庫へと向かった。そしてその場に到着するとすでに武装準備を終えていた隊員達の隊長らしき一人がクリスの前へと歩み寄り、
「クリス閣下、すでに突入準備を完了しております。後は閣下の突入号令を待つのみです」
「わかった、みんな、辛い任務を与えて済まないと思っています。ですが他の者達が逃げ延びる為にもその命僕にください」
〈僕たちは何のために戦っている?この無益な戦いは何時まで続く?僕の大切な部下は後ど探索探知器け命を落としてしまう?これが最後だと願いたい・・・〉
クリスの言葉にシュツルムファントの隊員達は敬礼をして彼の言葉に答えたのだった。
「有難う・・・、行きますッ突入っ―――っ!」
クリス・トリニティーを先頭に自軍と相手軍の装甲に大きな穴を開けヴォルフィーグ内部へ向けて潜入侵攻して行く。
† † †
「通達、通達、艦内に残る士官たちに通達、現在の状況より帝国兵が我が軍へと潜入する恐れがある。総員戦闘態勢を整え、敵兵を迎え撃て」
ヴォルフィーグ艦内全体、けたたましい警報と共に艦内放送が流された。
「クッ、なんてこったぁ、我が兵は白兵戦を得意としていないのに・・・」
「提督、ミリアルド提督閣下は早くお逃げください。後は我々が何とかいたします」
「白兵戦得意ではないが俺も出る。他の連中、特に非戦闘員は出来るだけこの艦より退避させろ。もしかすると・・・・・・、向こうの艦、自爆のために大量の爆薬が積んであるかもしれん」
「ハッ、了解であります」
「さっ、俺も動くとしよう」
その提督は素早い動きで艦橋から武器庫へと移動し彼の愛用の長剣と詠唱銃を手に帝国旗艦が突撃して来た場所へと向かって行った。
帝国兵が共和国艦艇に突入してから20ヌッフ。メイネス帝国のクリス将軍と共和国空軍提督ミリアルドが推力制御室で鉢合わせをした。
「貴方が共和国の空軍を統括するミリアルド・モトローグ提督ですね?はじめまして帝国で将軍の職に就かせて貰っていますクリス・トリニティーです・・・、それでは死んでもらいます。行きますよっ!」
冷静な態度と小さな笑みを浮かべ目の前の提督に構える刃を向けようと彼について来た数人のシュツルムファント達と動こうとした。
「これはご丁寧にどうもって、いきなりそれはないぜっ、お前達、オッ、俺をまもれっ?」
しかし、ミリアルドを護ろうとする人影はいなかった。
〈しくじった・・・、俺一人で動いていたんだって・・・〉
『ズドォーーーーーーーンッ!!!』
『ガキンッ×6』
クリス達の攻撃がミリアルドの前で何者かによって阻止され弾き飛ばされる。
〈ハァ~~~、俺の人生ここまでかっ???????おっ何だどうした俺?〉
ミリアルドは瞑ってしまったまぶたをゆっくりと開くとそこには・・・?
「何とか間に合いましたねぇ、僕ってすごぉ~~~イッ!」
「ミルフィーユ隊長、そんな暢気な事いっていないで目の前の帝国兵を・・・」
「ミリィ提督さん、僕たちが来たからもう安心して下がってていいですよぉ~、後は任してくださいねっ♡」
遠くから共和国旗艦の異変を感じた天騎馬隊の隊長の彼女は天馬と飛竜を駆る十数人の隊員を連れここへ急行したのだった。
「ああぁっ、助かった感謝するよ」
「さぁ~~~ってボク達の天騎馬隊にやられちゃう可愛そうな人達は誰かなぁ~~~?」
隔壁を爆破させ突然現れた、王国の天騎馬隊に呆気に取られるクリスとシュツルムファントの隊員たちだが直ぐに体勢を整えミルフィーユたちに剣を構えた。
〈・・・!?何だこの娘は?なぜだか不思議な気分になる・・・〉
「僕はクリス・トリニティー、メイネス帝国の将軍です。抵抗するのであれば容赦しませんよっ!!」
「ファーティル天騎馬隊の隊長、ミルフィーユ・スタンシア。僕が女の子だからって甘く見ていると痛い目を見ちゃうからねぇっ!」
ミルフィーユは陽気な声で一度大きく槍を回転させるとその切っ先をクリスに向けて、そう言い放った。
「そうですか・・・、それでは覚悟してください」
光聖将軍はその言葉と同時にその場を力強く蹴ってミルフィーユに斬りかかった。
「ワッ、いきなり何するのよっ!!卑怯よっ」
クリスの一撃をミルフィーユは天馬を飛翔させることで何とか回避した。
「一騎討ちでない戦いに正々堂々も卑怯もありません。勝つか、負けるかです」
「だったら僕は君に一騎討ちを申し込むよっ!!」
「それは受けられません。僕はここへ来た目的を達成出来ればいいのです。それが達成できれば撤退させていただきますから」
クリスとミルフィーユはお互いの剣と槍を交えながらもそう会話をしていた。二人の攻撃が交差するたびに互いの有りのままの感情を投げる様に言い放つ。
『ピピッ、ピピッ!!』
クリスのもっていた通信機に応答が入ってくると彼はミルフィーユとの距離を大きく開くように後ろに飛び退く。
「クリス将軍、準備完了しました爆発前に撤退しましょう」
「ご苦労様、君達もそこから直ぐに外に逃げてください。直ぐに追いつきますから。ミルフィーユさんと言いましたね。勝負はお預けです・・・、爆発に巻き込まれたくないのであれば直ぐに脱出する事をお奨めしますよ・・・。それではみんな、逃げますよ」
[ハッ!!]
クリス将軍の言葉に近くで天騎馬隊と戦っていたシュツルムファントの隊員はそう返事をして彼の後に続く。
「あっ、まってよぉ~~~逃さないんだからっ!」
ミルフィーユは天馬を駆りクリスに急接近を試み、そして攻撃が届く範囲になると槍を振り下ろす。
『ギィーーーーーンッ!』
間一髪クリスは振り向きざま剣でミルフィーユの攻撃を受け止めた。
「ミルフィーユさん、貴女もしつこい人ですねっ。それでは男に人に好かれませんよっ!!」
「そんなこと、君には関係ないでショッ!!死んじゃいなさイッ!!ヤァあぁああっ!」
天騎馬隊の隊長は帝国将軍の言葉が癪に障ったのか?怒りをぶちまける様に強力な一撃をクリスに浴びせ様と槍を振り下ろしたが難なく躱されてしまった。
「フフッ、可愛らしいですね。・・・、戦いとは別の場でお会いしたかった・・・。でも、僕は逃げなければならない。何時かまた出会える日があればいいですね。それではその日の時まで*********************・・・、*******(ラ・グランツ)」
光聖将軍は最後に意味ありの言葉を残すと閃光魔法を唱えミルフィーユ達の目を眩まして撤退して行った。
「うぅ~~~~~~悔しいぃーーーっ!逃げられちゃったよぉ。すっごぉーーーーーっく、僕不愉快な気分だぁ!!」
「あの将軍がいっていた言葉が本当なのであれば危険です隊長、わたくし達も逃げますよ。早く」
「しょうがないワッ、みんな逃げましょっ・・・、ミリィ提督さん私の後ろに乗って」
「助かるよ・・・、しかし、他の者たちにも伝えなければ」
「時間がないかもしれないの、これは戦争なんだから、他の人達は運がなかったって諦めてっ」
ミルフィーユは天馬に乗る事を躊躇しているミリアルドを強引に引っ張り上げ後ろに乗せると他の隊員と共にこの場所まで来るのに破壊した隔壁の穴を伝って物凄い速さでヴォルフィーグ艦の外へと脱出した。
天騎馬隊が艦艇の穴から出てきた時を同じくしてヴォルフィーグの推進部が爆発を起こし、それが次々と可燃物へと引火して連続爆破を起こした。最後には帝国の鋼の浮遊城魔に積んでいた大量の爆薬に火の粉が移り、二つの艦は空中で粉々に吹き飛んだ。
「ふぅ~~~、何とか巻き込まれずにすんだぁ・・・。でも、あの将軍に逃げられたのは何かやっぱり凄く悔しい気分がする」
「ミルフィーユ隊長、もう悔やんでも仕方ないでしょう?ほらっ、早く他の部隊の所に戻りましょう」
「ミリィ提督さん暫く、僕たちと行動してねぇ」
「リンクス中将のところだな?俺も暫くそこに厄介になるとするか・・・」
「それじゃぁ~、けってぇーーーっ、みんな戻るよ」
ミルフィーユは空中静止させていた天馬を目的の場所に向け仲間達と共に飛び立って行った。
水星将軍コースティア、炎獄将軍カティア、光聖将軍クリスの軍の撤退、新しく就任したばかりの地龍将軍の余りにも早いディノの戦死。軍隊の物量でも兵個人としての能力もファーティル王国やサイエンダストリアル共和国よりも勝っていたはずのメイネス帝国。しかし、その結果は散々たる物となってしまった。だが、敗戦が色濃くなっている帝国の中でも幾つかの軍隊は未だ負け知らずだった。
その一つがオスティー・ノトス天雷将軍率いる軍だった。総勢約十九万千二百。その数で彼の指揮する兵達は倍近くの王国―共和国連合と戦い勝利を収めていた。そして、今、そのオスティーと彼の率いる軍はメイネスとファーティルの国境を越え王国側へ深く切り込んでいた。
「オラオラオラァーーーー、お前たちの力はそんなていどかぁ~~~?ちっとも歯ごたえないぜっ」
彼は軍の先陣を切って常に前へ前へと進んで行く。オスティーは大きな戦斧を片手で持ち頭上で数度回転させるとそれを王国兵や共和国兵に向かって振り下ろす。彼の動きはまるで猛虎の様に凄まじかった。王国と共和国の一兵卒などでは彼の動きを止める事などできはしない。
「雑兵などとるにたらねぇ、もっと強い奴でてこいぃっ!!」
オスティーはそう叫びながら斧を振り回しひたすら前進して行く。
〈チッ、雑兵なんって相手にしててもつまらん。もう一度でいいからアルエディーみたいな強い奴と闘って見たいぜっ〉
† † †
それはオスティーが王国領土内まで進行してから三週間経った頃の事であった。オスティーはウォードやアルエディー以外の闘技大会では知らぬ者はいないと言われた男に出会う。
「これ以上、私の住む祖国に足を踏み入れさせるわけには行かない・・・、早々に立ち去ればその命を取る事はない」
「お前は確か闘技大会でウォードの好敵手って言われたディーン・ディヴァイド!?軍人じゃないアンタみたいなのがどうして?」
「放浪の旅から帰ってきて見ればどんな理由か知らぬが我が祖国と貴公の国が争っていた。軍の人間ではないからと言って見過ごせる事態ではない。だから戦うのだ」
「おもしれぇー、あんたの好敵手の息子にはいっぱい食わされてんだっ!」
「ウォードの息子・・・?アルエディーの事か・・・、その憂さを私に払わせるというつもりか?フンッ、肝の小さい奴よ。だが、受けて立とう」
「ちげぇーよっ、俺はただ強い奴と戦いたいだけだっ、三国無双の槍の使い手と言われたあんたの力、試させてもらう。勝負っ!!」
「こちらも行きますッ!!」
オスティーは真剣勝負だと言うのに彼の表情はとても楽しそうだった。オスティーはディーンと刃を交えるたびに口元を吊り上げ嬉しそうな顔をする。
「フフッ、体中の血が
「若気の至りか?その感情、改める事を薦める・・・、何時しか狂戦士になってしまうぞ」
「へっ、俺はそれでも構わないぜッ、強い奴と戦えるなら、オリャァーーーっ!」
「セイッ、血気盛んだな、でも、それは若い内だけのことだぞ。それを過ぎれば、己の愚かさに後悔する前に兇人に堕ちるだけだ。タァァアっ!」
二人は鍔迫り合いをするごとに何かを相手に呟いていた。二人とも本気を出していないのかそれとも本気で戦っていても力量が互角なのか一向に決着が付く気配がない。周りにいる両国の兵士達はその二人の死闘に固唾を呑んで真剣に見守っていた。
オスティーとディーンが戦いを始めてからかなりの時間が経つ。空に昇っていたアストラルも沈みかけ夕暮れ時が訪れた。二人はお互いに間合いを取り乱れる息を整えている。
「ハァー、ハァーー、ハァーーーっ、オイッ、貴様本気でやってんのかっ?俺をなめんじゃんぇ」
〈この闘い何となくしっくりこねぇぜ〉
「フッ、フッ、フゥウゥぅ、貴公こそ、全力を出し切っているのか?私にはとてもそうは思えんが」
「チッ、暗くなってきやがったぜ・・・、俺は夜が苦手なんだ、今日の所は引いてやる。しかし、次ぎはないと思えっ。ウシッ、みんな、けぇ~~~るぞぉーーー、後退だぁーーーっ!!!」
「ディーン様、敵将軍とその兵が撤退するようです追撃をかけましょう」
「無駄な追撃はよせ、背を向ける者を討つとうとする者は己の道徳の低さを見せ付ける様で浅ましいもの・・・、だからよい・・・、それでも構わないと言うのであれば自由にしてよい」
「ディーン様の今の言葉、まことに共感致します・・・、差し出がましい事を申して恥ずかしい至りです」
「私が
「了解いたしました!」
両軍は実際に剣を交えることなくお互いの本陣へと後退して行った。そして、翌日、そのまた翌日とオスティーとディーンはブリュッセル平地で一騎討ちを行った・・・、だが、それも決着も付かないままオスティーの上司であるウィストクルス元帥の召還命令によってその戦いも中断されてしまった。その将軍率いる全兵が引き上げた事によってファーティル国内には小規模の独自に行動していた帝国の部隊だけが残り、それもまた、オスティー将軍の撤退を聞いて直ぐに自国へと引き上げて行くのであった。
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