第六章 潜入、帝国内最深部

第三十七話 混沌の神ケイオシスの復活を望む者達

 ファーティル王国、サイエンダストリアル共和国、メイネス帝国。その三国が一部の物達の手によって仕組まれた戦争、激しい戦いを国境沿いで展開している中で、その争いを回避しながら帝国領土内奥地に移動する者達がいた。それはウォードが亡くなった今現在に於いて王国最強の騎士となったアルエディーと彼が連れ出した一行の事だ。本来ならば、陣頭指揮を執って戦場でその力を揮わねばならない立場の彼はそれを避けメイネス帝国内のどこかに向っている。

 アルエディーは声、精霊王デュオラムスの声に導かれるままセフィーナ達の行方を捜すため帝国領域内最東端へと向かっていた。

「レザード、本当にこの道で合っているのか?」

「ヴァレスティン城の道のりはこれで確かです、間違いありませんよ。帝国兵やこの国に住む人々と顔を合わせずに進むのを踏まえて最短距離となるとこの道以外考えられませんねぇ」

 進路の険しさに不安を感じそう聞いて来たアルエディーにレザード、彼は確信めいた口調と表情で答えを返していた。

「でも、詳しいですねレザードさん。メイネスに住んでいる人でしたってこのような道を知っている方々は少ないとは思いますよ私は・・・どうしてですか?」

 セレナは不思議そうな表情でレザードにそう尋ねると、

「いやそれわぁ~~~・・・、斯く斯く然々でしてねぇ、アハハハハッ」

「名にあるかその角々鹿々とは?意味不明あるよ。ちゃんと分かる様に説明するあるよっ!」

「レザードお兄ちゃん、若しかして?何か隠しているわねっ白状しなさいっ!」

「私も納得がいきません。なぜ、私達と同じ生まれのレザードさん貴方がこれ程までにメイネス帝国の裏街道地理に詳しいのか・・・もし貴方がメイネススパイでしたら軍法会議にお掛けします」

 真剣な表情をレザードに向けそう冗談を言うルナ。

「ギッ、ギクッ、なっ、何にも隠していませんよ私は・・・」

 皆の視線がレザードに集中する。彼は苦笑いを浮かべながらずれかけている眼鏡を右手の指で直してから、

「皆さんそんな眼で見ないで私を下さい・・・。白状しますよ、まったく・・・。それは私がまだ大学にいた頃でした・・・。私の魔法研究に使う精霊石や魔宝石、ファーティルで売られている普通の物では満足できませんでいしてねぇ~~~。いやぁ、確かに国内で売られている鉱石の殆どはメイネスからの輸入物でしたが『虎穴にいらずんば虎児を得ず』でしてね」

「その言葉あたいの国にも有る在るよ」

「私が話しているのに余計な茶々を入れて欲しくいなですね」

「はうぅ~~、ゴメンササイある」

「それでは続きを話します。それでですね、上質の鉱石を探すためにメイネスに向かったという訳です。それから約一月をかけて帝国内の有名な鉱山を虱潰しに回ったのですが・・・・。しかし、それでも私が求める物は見つかりませんでしてね。ですから、まだ人の手が入っていない鉱脈を探す事に切り替え探索を開始しました。それから、約二月後でしょうか?今向かっているヴァレスティンより南東に向かった所にまだ人の手が入っていない鉱脈を発見したのでした。ハイッ、これで私のお話しは終了です。と言う訳でその三ヶ月滞在の間で自然にメイネスの地理を覚えたのですよ。私の答えに満足していただけましたか皆さん?」

 話しを終えたレザードは満足な笑みを浮かべながら皆に鼻を鳴らして見せる。

「なあぁ、レザード、結局お前が求めていた鉱石は見つかったのか?」

「ええ、勿論です。そのお陰で今まで、どの学生も成し得なかった魔法実験を私が初めて成功させたのですから至極気分上々でした。フフッ、あの時の驚いた教授の顔を思い出すと・・・ププッ」

「レザードさんそこで採れた鉱石メイネス領内を出国する前に然るべき所に通してから持ち込んだのですよね?」

「えっ?その様な面倒な事を私がすると思いますかルナさん?ハハッ転送魔法を使って私の研究室に直接郵送ですよ」

「レザードさん、貴方って人はっ!帝国―王国運輸条例違反です。その罪はとても重いのですよっ」

「ルナ、その違反の刑はそれほどまでに重いのか?」

「アルエディー様、士官学校騎士科の法令の授業で習わなかったのですか?その罪によっては親族三世代先までその罰を負わなければならないのですよ」

「俺、その授業は選択だったからとらなかったな、確か・・・。ハッハッハ、レザード、その事がバレタラ大変だな」

「アッハッハッハッハッそうですね大変ですねぇ」

「何を他人事の様に笑っているのよ、お兄ちゃんっ!ワァ~~~ンッ私のお兄ちゃん犯罪者になっちゃったよぉ~~~」

「泣くなティア、知られなければ問題ない。その証拠となる鉱石もすでに消滅してしまった。大丈夫だ」

「レザードお兄ちゃん何でそんなに自信に満ちた顔して言えるの信じられないよぉ」

「ティアちゃん、いいじゃないか俺たちが今の事を聞かなかった事にすれば誰も知らなかった事になる」

「アルエディー殿、本当にそれでよいので御座るか?」

「兄上様、私達はこの国の者ではない余計な口出しはよろしくないのでは?」

「私には関係無いあるけどアル兄さんがそう言うのならそれでいいと思うあるよ」

「私もそれで良いと思います。そうですよね、ルナさん?だから泣かないでティアちゃん」

「それがアルエディー様の決定でしたら私も従います」

「それでは決まりだな。レザードが今話した事は虚言だ。みな忘れよう」

「話しがずれてしまったが・・・、よかったなティア、これで万事解決だ」

「お兄ちゃんが言う台詞じゃないよバカッ、フンだっ」

 膨れた表情を作り兄からそっぽを向く彼の妹ティア。そんな二人をアルエディーとその仲間達は微笑ましく眺めていた。


 アルエディー等が帝国領域内に侵入進行してど探索探知器けの野営をしたのだろうか?彼等は廃城ヴァレスティンが有ると言うグレーデルン連峰―ウーアルト山麓付近に到着していた。その城まで彼等の足で2イコットと満たない。あと少しの距離。

「アル、もう少しでヴァレスティンです。何が待ち受けているか分かりませんねぇ。気を引き締めていきましょうか」

「レザードからそんな言葉が聞けるとは余程慎重にいかないといけないようだな」


~ ヴァレスティン城内 ~


 廃墟となったその城の中でも取り分け崩れが少ない一室にホビィーとネクロスの男性二人、セフィーナ、エアリス、ナルシアの女性三人と彼女達の監視の為に置かれていた異形の怪物たち数匹がいた。

「わたくし達をいつまでこのような所にとどめて置くつもりですか?」

「ワタクシとエアリスはともかくセフィーナ王女の用はもう済んだはずなのではなくて?早く彼女を解放して差し上げなさいっ!」

「ナルシア様・・・私は」

「そうして差し上げたいのですがね。セフィーナ姫だけを介してしまっては貴女とエアリス姫に不公平ではと思いまして」

「キィーヒッヒッヒ、君たち、まともな食料を与えてやっているんだから雛の様にピーピー騒ぐなってねぇ~~~のっよ」

「ネクロス、貴方は口を挟まないで下さいね」

「いいじゃ無いか少しくらい・・・、ああぁ~~~、分かったよ黙っていればいいんだろう?だからオッカナイ顔すんなってぇ~~~のってなぁ」

 再びホビィーがナルシア達に話し掛けようとした時、妖術士のミストレスが嬉しそうな表情で姿を現した。

「ミストレスですか?周辺の警備はどうしたのですか油を売っていないで戻りなさい」

「ホビィーそんな顔しないの良い男が台無しよ。それより網に何かかかったわよ」

 彼女はそういって小さな映像投影機をホビィーに手渡した。そして彼はその画面に映る者たちを見て口元を少しだけ吊り上げて嬉しそうに軽く〝フフッ〝と笑う。

「私たちに客人が来た様です。お茶の準備をして迎えて差し上げなければいけませんね。お前たち彼女達三人をしっかりと監視していてくれよ」

『ギュジュゥルァ、ギュルギュウァ』

 異形の怪物達はホビィーの言った事を理解し奇妙な鳴き声で返事を返してきた。

「それでは私は行きますので貴女達下手な行動はしないで下さい。行きますよネクロス、ミストレス」

「さぁ~~~ってどんな料理で持てなしてやろうかなぁぁってねぇ~~~」

「ウフフフフフッ、たっぷり楽しませていただくわぁ」

「二人とも遊ばないで本気で戦ってくださいね。彼等の力は我々の計画の障害になりうる確率が最も高い者達。ですから、今ここで、この廃城を墓前にして息の根を止めて差し上げます。あの程度の数であれば我々でも黄泉へ導いてやれるでしょうから・・・」

 ホビィー、ネクロス、ミストレスの三人に別室に居たネアが加わりそれぞれの兵を連ればレスティン城の前に布陣をはじめた。その四人の布陣が完了してから数ヌッフも経たない内にアルエディー達がその場所へと到着。

「予想的中ですね・・・。しかし、私達少数相手にあの数はないのでは?」

「そ探索探知器け私達の持つ力の事を評価し邪魔だと思っているのでしょう」

「ここで俺達が勝てば直ぐにでも帝国との戦いを止められるかもしれない絶対にこの戦い、勝たなければな」

「さあ、早く行きましょう。そして、セフィーナ様達を」

 アルエディー達がヴァレスティン城の方へさらに近づこうとするとまるで間近に聞くような感じでホビィー声が伝わってきた。

「千騎長殿、お早いお着きで。もう少し時間が掛かると思いましたが・・・計画に少しのずれが出てしまいました。まぁいいでしょう。その分、千騎長殿、貴方の死期が近づいただけですから」

「言いたい事はそ探索探知器けかっ!俺はお前達が一体何を考えているのか分からない。だがっ、ケイオシスを復活させようとするお前等を見過ごすわけにはいかないっ。俺の生まれた国、帝国、共和国の平穏を乱したお前たちをどんな理由か知らないがセフィーナ姫をさらった、ホビィーお前達を赦す訳にはいかない。ここで決着を付けてやる覚悟しろっ!!」

 アルエディーは大声でホビィーの声が聞こえた方に向かってそう言いきった。

「勇ましいですね、千騎長アルエディー殿。しかし、我々は貴方たちに負けるわけにはいかないのです・・・。モノ共あの者達を肉片残さず食らって差し上げなさいっ、かかれぇーーー!」

 禁術士の言葉に待機して居た異形の怪物達が一斉に動き始めアルエディー達に襲い掛かって行く。

「フフッフッ、キィーヒッヒッヒ、カァッハッハッハ、奇麗なお嬢さん方は私の臓物コレクションに加えてあげちゃうよぉ~~~、野郎はミストレスとネアにくれてやるかなぁ~~~ってねぇ。それかかれぇーーー僕の不死兵たちぃ」

「さぁ~~~て私に遊ばれたい男は誰だい?かかっておいでぇ。お姉さんが悦楽を教えてあげちゃうよぉ」

「フッフッフ、どいつもコイツも生け捕りにしてたっぷりと拷問にかけてあげちゃうわぁ。たのしみねぇ~~~」

 四死戦将は自分達の言いたい事を口にしながら彼等彼女等が率いる兵と共にアルエディー達の方へと進行して行く。

「アルエディー、雑魚は私やティアが相手します。そちらが片付いたらお山の大将に焼きをくれて上げてください。ティア、行きますよっ」

「あっ、レザードお兄ちゃんまってぇ、アルエディー様、頑張ってきます期待しててくださいねぇ」

 アルティアはそう言葉を残すと走って兄レザードの元へと向かっていった。

「不死兵が多いようですね。私の魔法も活躍できそうです。頑張らなくちゃ」

「あの数どれほど相手できるか分からん、で御座るが尽力するで御座るよ。霧姫、参るぞっ!」

「望むところよっ、かかってらっしゃぁいっ!」

 いつの間にか戦闘服姿になって居た霧姫は大きく扇子を広げて敵陣に向かって突き刺した。

「アタイも不死兵、倒すのに力入れるある、セレナお姉ちゃん、一緒に頑張るよろしくあるよ」

「レザードさんはあの様に申していましたがアルエディー様、私達だけがここでじっとしていても仕方がありません。迎え撃ちましょう」

「ああぁ、分かっている、行くぞルナッ!」

 その騎士はルナと彼が連れてきた少ない騎兵と共に魔物の群れの中に突入して行く。

 レザードはアルティアから少し離れた場所、魔物の軍勢を見渡せる少し高い丘で魔法の詠唱を開始する。

「さてさて大魔法の連続使用と行きましょうか・・・」

 彼は一定の間を取りながら立て続けで今までに使用して来た大魔法の精度を確かめるが如く群がる怪物達にぶつけて行く。そのどれもが当初よりも効果範囲を狭めた分、威力が増していたし詠唱時間も短かった。アルティアの方はと言うと覚えたての飛翔の魔法で少し高い空中から見下ろすように怪物の軍勢の範囲を確認していた。

「わぁ~~~、いっぱいですねぇ、でもお兄ちゃんに負けない様に頑張らなくちゃぁ・・・。魔物さん達の皆さん恨みは無いですけどごめんなさいねぇっ」

 彼女は一度だけ眼下の異形の怪物たちを哀れむと魔法の詠唱に移った。

 アルティアは今までの戦いで大魔法を扱うのに無駄に魔力を消費していたが今は多くの戦いの経験を積む事によって効率よく唱えていた。その兄妹が大魔法を唱え続けて、すでに2イコットも経過する。

「もうそろそろ限界ですねぇ、まぁこれを最後に終わらせるとしますか・・・。新作の大魔法をお披露目しますよ、それでは」

 彼は印を組み直し詠唱を再び開始する。

「*****************************************************消え去りなさいっ、**********(シャイニング・ボム)、セヤァーーーっ!」

 空中に無数の巨大な光源体が現れるとそれらは次第に縮小を始め、その大きさが掌に収まるほどになると怪物に向かって襲い掛かった。その小さな光は怪物の体内に吸い込まれる様に侵入すると内部で大きな爆発を起こし、その爆発の熱量が周囲に居た者達も巻き込み、一瞬にして数十体もが灰塵に消えて逝った。

「フぅーーーっ、こんなものでしょうかこ探索探知器けいなくなればあとは彼等でも何とか出来るでしょう・・・さぁ~~~、私は高みの見物と行きましょうか」

 飄々とした顔でレザードはその場に座りこんだ。空の高みからそんな兄を見下ろして居たアルティアはその場で小さな溜息をつく。

「ハァあぁ~、もぉーーーっ、お兄ちゃんたらだらしないんだから・・・。でも、私もそろそろ魔法を唱えるの限界だから仕方が無いよね。私もこれが最後、お兄ちゃんには負けないくらいの魔法を見せちゃいます」

 アルティアは一度目を瞑り最後の魔力を振り絞る様に精神統一を計ると、

「地に束縛されし火の胎動、地殻を破りその大いなる力ここに解き放たん・・・。***********(ガイア・レイジ)」

 アルティアの詠唱が終わると彼女の持つ杖の先端の魔法石が僅かに輝きだした。そしてそれと呼応する様に彼女の杖の向けた先の大地が微かに揺れ始め次第にその規模が拡大して行き、その揺れが大きくなると地割れから溶岩が噴火しそれが異形の怪物達を飲み込んでいった。二人の大魔法によりホビィーとネアの怪物兵達は殆ど消滅させられたのだった。


 ネクロスの操る不死兵を相手にしていたセレナや蘭玲はと言うと。

「あぁーーーっ、倒しても倒しても切が無いあるよ。セレナお姉ちゃん何とかなら無いあるか?」

「ごめんなさい蘭玲ちゃん私の魔法ではもうこれが限界です。やはり、このもの達を操る方を倒さなければ・・・」

「うぅ、歯痒いあるよ。こらぁーーー何処に隠れてる出て来いあるよ」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃぁ~~~ん。キィーーーっヒッヒッヒ、僕がこれを操る死術士のネクロスなんだなぁネクロって呼んでねぇ。間違っても根暗は駄目ぇ、イィ~ヒッヒッヒッ」

 彼は頼まれた訳でもないのに笑いながら自ら自己紹介をし、姿を現したネクロスを見た蘭玲の顔付きが一変する。

「おっ、おまえは・・・」

 伊達の丸眼鏡を外しその姿を確認するよう蘭玲はネクロスに睨む様な視線を送った。

「きゃぁ~ハッハッハッハ、そこの女の子そんな目で見つめないでぇ~~~恥ずかしいわぁ」

 バカにするような表情を作り笑いながらネクロスは視線を浴びせてきた蘭玲を見返していた。

「お爺ちゃん・・・、お師匠様の仇・・・、こんなところで会えるなんってっ。覚悟するあるよ」

 彼女は両方の拳に闘気を籠め怒りのままネクロスに突進して行くが彼はそんな彼女の動きを簡単にひらりと躱す。

「いきなり何をする小娘っ、イッヒッヒ僕はお前なんって知らない」

「お前が忘れてもアタイが覚えているあるよ」

 彼女が拳法を始めたのは彼女の祖父の影響だった。彼女の祖父は修燐寺拳法と言う流派の伝承者で門下生百人にも及ぶ大きな道場をもっていた。

 それはもう十年前、蘭玲が拳法を習い始めた六歳の頃の事である。

 蘭玲が彼女の兄と一緒に外の修行から道場に帰って来た時それは起こった。どのような理由だったのか突然、修燐寺に少数の異形の怪物とネクロスが現れ襲ってきたのだ。門下生達は果敢にその怪物と戦ったのだが力の差が有りすぎたのか殆どの生徒が少しも経たない内に殺されてしまったのである。しかし、修燐寺拳法の伝承者であり蘭玲の祖父と師範代の数人は魔物達と互角に渡り合いついには倒すことに成功した。

 だが。ネクロスは撤退しなかった。ネクロスの手駒には効果のなかった新種の薬品が偶然死んでしまっていた門下生たちに降りかかるとその者達はどうしてかネクロスの思いのままに動き出したのだった。一度死んでしまった者にはどのような攻撃も通じず最後には蘭玲の祖父も彼の門下生の手によって殺されてしまったのだ。その時、蘭玲と彼女の兄は動く事が出来ず草葉の陰でじっとしている事しか出来なかった。ネクロスは事が終わると甲高い笑い声を上げながらその場から姿を一瞬にして消え去らせた。この日より彼は不死兵の研究をする様になって今に至るのだった。

 そして、ハーモニア地方まで一緒に旅をしてきた蘭玲の仙道拳法の師匠もネクロスによって彼女や他に同行していた者達を逃がすために殺されてしまったのであった。しかし、ネクロスはそのことなど微塵にも記憶には留めてはいなかった。

「蘭玲ちゃん、落ち着いてください。怒りに任せただけでは貴女の本当の力は出せないはずですよ」

 セレナは魔物の攻撃を避けながら怒り心頭で動きがハチャメチャになっている蘭玲にそう言葉を投げかけた。

「ッ、アタイもまだまだ修行がたりないようあるよ・・・。セレナお姉ちゃん、謝々あるよ。もう逃さない有るよ、今ここに本当の、真の仙道拳法の力お見せするある。ハァアアアァアアァァァァァッ!」

「私は魔法でしかサポートできませんが頑張ってください」

 そういってセレナは魔法の詠唱を始め蘭玲にアクセラレーションの補助魔法をかけたのである。

『ズガンッ』

「ウギャァーーーーーーーーッ」

 蘭玲の一撃がネクロスの左肩を捕らえ彼のその部分が陥没した。その痛みで彼は子供の様に大きな悲鳴をあげる。

「キィーーーーーーーッ、僕の体を傷つけるなんってぇ小娘、赦さん。本気、出しちゃうからねぇ。クカァーーーーーーーーーーーーっ!」

 ネクロスが奇怪な咆哮をあげると彼の体が変容して行く。身の丈は元の二、三倍に膨れ上がり、身に着けていた衣服は破れ散り剥き出しになった皮膚は灰褐色の硬そうな物へと変化していった。彼は自分の体を生体改造していたのだ。彼に操られていた不死兵は彼の変貌によってその制御支配がなくなりその場にまるで糸が切れた様に崩れ去り、その肉体は灰となって消え去って逝く。

「捻り潰してやるぅーーーっ!」

 姿を変えたネクロスはその豪腕を蘭玲に向かって力のまま振り下ろす。

「蘭玲ちゃん危ないっ、地の精霊よ力を貸して・・・、***********(ハード・ウォール)」

 セレナのその魔法で蘭玲の直ぐ前に数枚の分厚い岩の壁が地面から突き出し彼女を護るがネクロスの一撃はその壁を全て粉砕した。だが、蘭玲の寸前で止まった。直ぐ様、蘭玲は側面に大きく飛びのき怪物と化したネクロスとの間合いを広げる。

「セレナお姉ちゃん、有難う助かったある」

 ネクロスはただ我武者羅にその力を揮い、繰り出す拳は大気を裂き、踏み寄る足はその下の大地を大きく陥没させる。だが大きな動きを見せる彼の攻撃を冷静に避け蘭玲は一点集中で同じ場所に一撃離脱を繰り返していた。

「くぅ~~~、むかつきぃーーーっ、ちょこまかと動きやがってぇ小娘如きがぁーーーーーっ!」

 蘭玲の動きに翻弄され更なる怒りを覚えたネクロスの動作はさらに大振りとなった。そこに大きな隙が出来る。そして、その間隙を蘭玲は見逃さなかった。

「これが最後の一撃ある。喰らえぇえぇえっ、激震烈紅拳。ハァーーー、ッヤぁあぁあーッ!」

 彼女の緋色の闘気に包まれた拳がネクロスの心臓部の辺りだと思われる場所に直撃した。その部分にその闘気が吸い込まれる様に移動すると大きな振動がネクロスの体を揺さぶり、彼を覆っていた硬質の皮膚にひびが入りぼろぼろと崩れ落ち始めた。

「ウギョォーーーっ、嫌だぁーーーっ。まだ、まだ死にたくなぁ~~~いっ、僕達の願いが成就するまでは死ね無いんだぁ~~~。うをぉーーーーーーー、助けてくれぇーーーーーーーーっ!!!」

 崩れ落ちる自分の体を凝視しながらどんな感情から湧き出し頬を伝うのか?涙を流し、ネクロスの全身は次第に灰になり粉々に砕け散って宙に消え去ってしまう。

「お爺さん、おっ師匠様、仇はとったあるよ・・・」

「ふぅ~~~。なんだか可愛そうな気もしますけど・・・。これで私達の方は片が付いたようですね。アル様や雷牙様達は大丈夫でしょうか・・・」

 セレナはそう言葉にすると、彼らがいる方へ憂いの目を向けていた。そして、それを向けられた雷牙達はと言うと彼もまた因縁の対決を果たそうとしているようだった。

「お主、何処へ雲隠れしたかと思えばこのような地で悪さを企てていようとは・・・、今度、こそその邪を拙者の刀で拭ってやるで御座る」

「フフッ、こんな縁も所縁も無い場所でアンタと出会えるなんって私達赤い糸で結ばれているのかしらクッフッフッフ」

 雷牙と対峙しているミストレスは妖艶な笑みを彼に向けて嬉しそうに笑っていた。

「黙れ、化け狐っ!その様な縁などごめん、被るで御座る。即刻斬り払うで御座るよ」

「兄様、油断されるな、あの物は我が国の高名な退魔師や討伐隊を亡き者にしているのでするよ」

「分かっているで御座るよ、その時の討伐隊には拙者もいたのを覚えているであろう霧姫」

 今から約十三年前、雷牙の故郷、日天と言う国で猛威を振るっていたミストレス。彼女の正体はその国で九尾の狐と言われていた非常に魔力の強い物の怪だった。民衆に大きな被害が出ていた為、時のみかどが幾人かの高名な退魔師を筆頭に討伐隊を結成しそれの討伐に当たらせたのである。そして、当時十七歳だった雷牙とその国に知らない者はいないと言われた程の実力を持つ退魔師で雷牙や霧姫の義理の兄、陽鷹ひだかと一緒に参加していた。雷我の左頬の大きな切り傷はその時ミストレスの爪で付けられたものである。

「ウフフフッ、アンタがどれ程力を付けたのかしら無いけど本気でアンタを喰らってあげるわ、有りがたく思いなさい」

 ミストレスがそう言い終えると人の姿から白銀とその中に疎らに金色をした体毛を持ち、そして九本の尾っぽを生やした大きな化け狐へと姿を変えたのである。尾をゆらゆらと揺らせ紅玉色の瞳に睨みを利かせ雷牙を見る。

 雷牙は脇差を抜き一刀流だった刀を二刀流に代え十時の型をとり、霧姫は両手に扇を大きく広げ骨組みの先端に幾つもの火を宿らせいつでも攻撃できるような体勢を整えていた。

 最初に動きを見せたのはミストレスの方だった。彼女はその場から前進に間合いを詰める様にいっきに駆け出す。9ロットも離れていた空間を一瞬で詰め雷我の前で後ろ足二本をつかって大きく立ち上がると残りの両前足を彼に向かって左右から繰り出した。

『ガシャッ、ガキンッ』

 重い金属音が辺りに響く、雷牙の持つ二本の刀とミストレスの前足から突き出した鋭く硬い鋼の爪が重なり合っていた。

「火龍よあの者を喰らい尽くせ火龍螺扇、はぁーーーーーーーっ!!」

 ミストレスの今の体勢を見て直ぐ様、扇に宿らせていた炎を彼女めがけて払い突ける。しかし、ミストレスはそれに気付きその場所から後ろに大きく宙返りしてしなやかに地面に降り立った。

「フンッ、その程度の技で私を捉えられるものかよ」

 霧姫を小莫迦にする様な感じの口の形を作り九尾の狐は一瞥を彼女に向けた。

「甘いわよっ、それぇーーーっ!てやぁあぁああぁぁあっ」

 霧姫は手に持つ扇に動きを与えるとまだ消え去っていなかった幾つかの火龍が方向を変え再びミストレスに襲い掛かって行った。その動きと同時に雷牙も動き出し彼女に斬り掛かる。霧姫の火龍がミストレスの尾の何本かを焦がし雷牙の二撃が前足に少なからず傷を負わせた。

「ちぃッ、アンタ、少しはあの頃よりは強くなったって事か・・・」


†   †   †


「はぁーっ、はぁーっ、はぁあぁあっぁぁ~~~っ」

「ヒューッ、ヒュゥーーーッ」

 ミストレスと雷牙達が戦い初めてど探索探知器けの時間が過ぎたのだろうか、互いの体には無数の傷跡とそこから流れ出した乾ききった血糊がついていた。そして、二人とも呼吸が乱れ始めていた。

「霧姫ッ!!」

「分かっている、兄様。左の扇に氷龍、右の扇に炎龍、双龍波ぁーーーーッ!」

 霧姫の開いた両方の扇から炎で象られた龍と氷で象られた龍が互いにうねる様にミストレスに襲い掛かって行く。

「小癪な、このていどっ!」

 ミストレスは地面を蹴って宙に高く飛びのいてそれを回避しようとする。傷ついた体で跳躍したため空中で一瞬、平衡感覚を失ってしまった九尾の狐に大きな隙が生じた。

「陽鷹兄上殿、見よう見まねで受け継いだ貴方のこの技、ここで使わせてもらうで御座る。妖魔断滅・雷鳴天翔っ!たぁーーーーーーーーっ」

 高々と宙に飛び上がり彼の闘鬼(※とうき)を帯びた二つの刀が雷鳴の速さの如く、幾度にも渡って深々とミストレスの体を切り裂いて行った。

『ドサッ』

 二つの身体が同時に地面に着地した。一方は二の足をしっかりと大地に降ろし、もう一方は足を使って自分の体を支える事も出来ずに地面に叩きつけられた。

「ウググググっ、ワッ、私はまだ死なない。こんなところで死んでたまるかっ!この傷の恨み、何時しか晴らしてやルッ、それまでのアンタの命大切にすることだ・・・・」

「貴様に次ぎは無いっ!!」

「・・・・・・・・・輪廻邂逅・・・」

※闘鬼=魔力と闘気を練って合わせた物を日天ではこう呼ぶ。

 雷牙が止めの一刀を加えようと刀を振り下ろしたが、それよりも早くミストレスは最後に何かを言い残してその場から姿をけした。

「兄様・・・」

「逃げられてしまったのは仕方が無い事で御座る・・・、何時しか決着を付けられる日は来るので御座ろうか・・・・・・・・・。しかし、化け狐目、本気をだしておらんかったで御座る。もっともっと精進せねばならんと言うことで御座るな・・・、・・・、・・・。さぁ、霧姫ミナの所へ戻ろう。もう、アルエディー殿達の方も片が付いているで御座ろう」

 雷牙は妹、霧姫の肩を借りてアルエディーやルナ達が戦っている方へと向かって歩みだした。


 異国の兄妹がミストレスと戦おうとする少し前、アルエディーとルナはホビィーの所に到着したところだった。

「貴方達の計画もここで終りにさせてもらいます」

「ホビィー、お前達がどうしてケイオシスを復活させ様と思ったのか知らないがこの世界の平和と俺の大事な相棒の剣とデュオラムス、そして、セフィーナ姫達は返してもらう」

「フフッ、いいでしょう、私に勝つ事が出来たのならご自由にお持ち帰りください。勝てたのならば・・・」

 ホビィーは軽く笑いながら余裕の笑みをアルエディーとルナに向けた。

「アルエディー様、ここはワタクシ一人で闘わせて下さい」

「そんなのは駄目だっ、ルナ、君一人だなんてホビィーには何か得体の知れない力を感じる」

「アルエディー様、私の力を信じてください。貴方の期待に添える結果を出して差し上げます」

「だが、しかし・・・」

「アルエディー様、早く貴方のお姿をセフィーナ王女様たちにお見せして安心させてください」

「そんな事はホビィーを倒してからでもよい事では無いかっ!」

「お二人ともかかって来ないのですか?退屈してしまいそうですよ」

「貴方達、アルエディー様と供にあの中に向かってください、早クッ!」

 アルとルナに付き従ってきた十五人の騎兵達にそう告げるとその中の一人が彼等の隊長であるアルエディーを強引に馬に乗せ、廃城の方向に向かおうとした。

「あっわぁっ、オイッ、スティン何をするんだっ」

「隊長、ここはルナ様に任せて我々は城の中に突入します」

 その動きを見て、アルエディー達の動きを阻止しようとホビィーはその場を動こうとした。だが。ルナがそうはさせなかった。

「貴方の相手は私です。八方美人はおやめください」

「いいのですかお嬢さん?私は相手が女性だからといって手加減をしては上げられませんよ」

「望むところです。負けの口実に私が女だったからと言って手加減していたなどと言われたら嫌ですから・・・」

「気丈ですねぇーーーっ。それに敬意を表して全力で戦わせてもらいますよ、勝負は一瞬で決まるでしょうけど・・・・・・」

 ホビィーは口元で小さく何かを呟くと持っていた杖が両刃の剣へと形を変えていった。

「それでは始めましょうかお嬢さん」

「ルナ、私はルナ・ムーンライト」

「美しい響きです。この星の衛星と同じ名前ですか・・・。私はホビィー・デストラ、痛みなく死を向かえさせて差し上げましょう」

〈この者、アルエディー様の申していた通り何か特別な力を感じる。どの様に戦えばよいのかしら・・・ウォード提督、貴方様の剣の技の加護を私にお貸し下さい〉

「フフッ目を瞑っているようですが神にでもお祈りですか・・・、祈った所で神が人に手を貸すことなどありえはしないのに・・・、虫唾が走る行いですね」

 ルナは目を開きホビィーの動きを探るような構えをとった。そして、相手の力量を測る様に彼女自身から彼に向かって剣を振り下ろすために前進を試みる。

「ハッッ、ティッ、ヤァーーーッ!」

 ルナの持つ剣の間合いに入ると続けざま斬と突きをホビィーに浴びせかける。だが、そのどれもがホビィーの持つ剣で受け流されたり、体をずらして回避させられたりしてしまう。

「だめっ、やはり普通に闘って勝てる相手では無い用です・・・。でも・・・・・・」

 普通に剣を振り回していたのでは勝てないと判断したルナは瞬時に間合いを広げ次の算段を練る事にした。


◇   ◆   ◇◇   ◆   ◇


 連れの騎兵に場内へ連れて行かれたアルエディーはと言うと彼等と供にデュオラムスの声に導かれ廃城のとある一室に向かっていた。千騎長を含む騎兵達は辺りを警戒しながら場内を移動していたがその部屋に辿り着くまで一匹たりとも異形の怪物に遭遇する事はなかった。そして、その部屋で彼等が見たモノは?

「こっ、これは・・・!?」

 その場所にはホビィーに奪われたアルエディーの大剣と手袋が厚手の絨毯の上にまるで飾り物の様に丁寧に保管されていた。粗雑に扱われていると思っていたアルエディーにとってその状態は驚くべきものだった。

〈オオォォオォオッ、待ちわびたぞ、小僧。何をぼさっとしているさっさとわしを手にとらんかっ〉

〈デュオ爺、相変わらずだなっ、感動の再会だと言うのに〉

〈何が感動的な再会じゃ、男のお主にそんな事を言われてもちぃ~~~っともうれしゅうないわっ〉

〈あああぁ~、そうでしたね。デュオ爺の思考回路は女性の事ばかりだからなっ〉

 心の中で精霊王と会話をしながらその騎士は握っていた聖剣を鞘に収め数ヶ月ぶりに彼愛着の手袋を見に付け大剣を手に取った。

〈しかし、こんなにも早くお前がここへ来るとは少々驚きじゃ・・・、久しぶりに我を召喚せよ〉

〈わかっているよ〉

「warenannzinoseitounakeiyakusyanisite、wagakoenimeizu、ideyoseireiou―duorams」

 アルエディーの召喚の言葉によりデュオラムスが手袋に嵌められている精霊石より姿を現した。

「うぅ~~~むっ、娑婆の空気はええのぉ~~~~~~」

「次元の狭間を漂う精霊のデュオ爺には娑婆も何も無いだろう・・・」

「ホッホッホ、小僧にはわしの気持ちなど理解できんよ。それより、早くセフィーナ姫殿に顔見せしてやったらどうじゃ?場所は・・・・・・・・・」

 精霊王に案内されアルエディー達は城の最上階に足を運んだ。その場所に到着すると目の前に老朽化の殆どしていない格式のある模様が施された扉が目に入った。

「ここじゃよ、ここに姫殿達がおるのじゃ」

 千騎長は剣を確かに握り気配を探りながら慎重にその扉を開け中に突入した。

「化け物ども、セフィーナ姫達から離れろっ!!」

 アルエディーの言葉に従う様に他の兵も一斉にセフィーナ達を取り囲んでいた魔物に対して剣を構えた。がしかし・・・。

「あっ、アルエディー様?アルエディー様なのですね?・・・、お願いです剣を収めて下さい。この子達はけして私たちに危害を加えませんから」

「姫がそう言うのであれば、みな剣を降ろせ」

 その騎士は姫の言葉を信じ、持っていた大剣を次元の狭間に返還し、セフィーナの所へ歩み寄る。そして、彼女の言った通り、その場にいた異形の怪物達はアルエディーが傍によっても攻撃してくるところか道を開ける様にセフィーナ達の前からその身を離して行ったのだ。

「セフィーナ姫、長い間、怖い思いをさせて大変申し訳なく思います。ただ今助けに参りました」

「ハイ、怖かった、怖かったです。でもアルエディー様がきっと・・・、そうきっと迎えに来てくれると信じていましたので・・・」

 セフィーナは頬に涙を伝え嬉しそうに笑顔を作って目の前の騎士に抱き付いた。

「えっあっああぁ、その・・・」

「ハハッハッ、隊長は本当に駄目ですねぇこのような状況の対処に」

「ワッ、笑うな、スティン!」

「ウフフフフッ、この度もまた貴方に助けられたようですね。王国の騎士様」

「セフィーナさんがとても羨ましく思えます・・・。ハァ・・・、アルエディー様、二度も助けていただいてとても感謝しております。どの様にこの恩をお返しすればよいのでしょうか・・・」

「エアリス皇女、気にしないでもらいたいです。君とナルシア皇妃を助ける事は無意味な戦いを早く終わらせるためにも俺達にとってとても重要な事だから。さあ、早くここを出ましょう」

 その騎士はセフィーナ姫の手をとってこの部屋を後にする。彼の部下十五人はナルシアとエアリスを警護する様にその部屋からアルエディーに続く様に出て行った。

 その間、やはり異形の怪物達は彼等を襲うような行動は一切示す事はなかったのである。それは異形の者達全てが攻撃的で無い事の証明だった。しかし、アルエディー達がそれに気付く事は無いのであろう。


 アルエディー達が囚われていた者達を連れ城外に向かっていた頃、ルナ・ムーンライトはホビィーに苦戦を強いられていた。

「フフッ、ルナお嬢さん。先程の勇みはどうしたのですか?私を失望させないで頂きたいですねぇ」

 ルナは左肩を押さえながら地面に片膝を付いて倒れていた。しかし、痛みに耐えて彼女は顔を相手に向け、心中で、

〈・・・・・・強い。私の力量では勝てそうに無い様ですね・・・。しかし、一瞬の隙でも伺えれば一矢報いる事が出来るのですが・・・〉

 彼女は立ち上がり、剣を下にたらし瞼を閉じた。

「私に勝て無い事を悟って潔く死を望もうと言うのですか?・・・、それとも何か秘策がおありなのですか?良いでしょう貴女のそれに乗ってあげますよ。ハァーーーッ、テヤァーーーーーッ、死になさい。ギュルティー・ブレイクッ!!」

 ホビィーは両手に剣を構え瞬時にルナとの間合いを詰めその剣を下から捲し上げる様に斬り付けようとした。

〈先程と同じ技ッ、今度こそは・・・〉

「月の光よ、私に力を貸してッ!乱れ雪月花」

 ルナは寸前の所でホビィーの技を躱し、まるで満月の円を描く様に円舞の剣を彼に浴びせた。彼女の振るう剣先は白く輝きその軌跡は雪の舞い散るが如く、そしてルナの剣で斬られたホビィーの傷口から飛び散る鮮血はまるで赤みを帯びた桜のはなびらの様に辺りへと落ちていった。

「クッ、少々油断してしまいましたね・・・。しかし、この程度では私は倒れませんよっ!」

 禁術士は傷つけられてもまだ余裕の笑みをルナに向ける。

「そ探索探知器けの傷を負っていてその様な減らず口をっ!!」

「フフッ、そう見えますか?力の差をわきまえられないのは愚かな事ですよ」

 ホビィーが血だらけの状態で剣を構え再びルナに剣を振るう為に間合いを詰めようとしたその時、廃城から出てきたアルエディーがその間合いに入ってその一撃を受け止めた。

「チッ、千騎長殿。貴方はいつも私の絶好の機会の時に現れその邪魔をする。矢張り、貴方の存在は我々にとって邪魔でしか無いようです」

「ルナッ、大丈夫か?」

「アルエディー様、有難う御座います。そして、申し訳に御座いません。あのような大口を叩いたのにこのような見苦しいお姿を見せてしまって」

「君が無事ならそれでいい・・・、ホビィー、もう、お前に後は無い。お前たちの計画もここまでだ覚悟しろっ!!」

「今の私の怪我では貴方には勝て無いでしょう・・・。そこのお三方を取り返されてしまったのは痛手ですがここは退散させてもらいます。次に会う機会はケイオシス復活後、それでは、それまで今しばらくのお別れです。それではご機嫌よう」

「逃すかぁーーーっ!」

 素早く鞘に収めていた聖剣を抜き、それを振り下ろす。しかし、その空間をも断ち切る一閃はむなしく宙を斬るだけだった。

「また逃げられてしまった・・・、ルナ、早くその傷の手当てをセレナにしてもらおう。歩けるか?」

「いえ、いや、ハイ・・・、大丈夫です。一人で歩けます心配しないで下さい」

 近くにいたセフィーナの事が気になったのか彼女はせっかくのアルエディーの好意を断ってしまったのである。

「そうか?そうは見えないが」

 その騎士はルナの気持ちなど理解せずその言葉と一緒に彼女を抱き起こし、さらに彼女に肩を貸してセレナ達がいる方へ歩き出した。

「えっ・・・あっ・・・、有難う御座います・・・。暫く、アルエディー様の肩をお借りします」

 ルナは頬を僅かに紅く染め俯きながらそう言葉に出して答えていた。

「ほらみんな何をやっている早く移動だっ!」

 ルナとアルエディーの歩く姿を見て、セフィーナの冷たい視線がルナの背中に向けられていた。

「隊長・・・、セッ・・・・・・いやなんでも無いです」

 その視線が何処から来るのか気付いていたスティンであったが言葉を詰め結局、何も言わないことにして彼が跨っていた馬に現在乗っているセフィーナを一瞬だけ除き、馬の手綱を引いて彼の隊長を追いかけ動き出した。

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