第三十六話 亡霊?甦った地龍将軍 対 白龍侯

 いまだ多くの王国―共和国共同戦線と帝国軍はファーティル王国とメイネス帝国の国境線付近で争っていた。しかしそんな中、帝国領域深くまで切り込んでいた者達がいた。それはファーティル王国アレフ・マイスター王率いる特別騎馬部隊、白龍侯ティオード・ローランデルの連れる軍隊、そして軍師としてアレフと共に来ていたクロワール・エスペラルド。サイエンダストリアル共和国陸軍の将ルディー・ランドルが指揮する兵士達。彼等は帝国軍の布陣する穴を突き、少ない戦闘回数で帝国内のラッハムという町まで進撃していた。

 共同戦線のこれ以上の帝国内進撃を阻止するためにヨシャ・ヤングリート元帥は密かに修理していた大型転送機を使って二人の将軍と約四十万近くの兵をそちらに向かわせた。その大型転送機は完全に修理を終えていなかったため兵を送れる距離の設定がそれほど遠方には出来なかった。その為ヨシャが送った兵達とアレフ達の軍が剣を交えたのはそれから三週間後、水碧の月に移ってからであった。

「怯むな、迎え撃てぇーーーーーーっ」

「ヲウォオォオオオオォオオオォオオオオオッ」

 白龍侯は帝国兵の攻撃に気圧されないよう自分の統率する兵の士気を高めるため大声で口を動かし、周りの兵士達は彼等の将軍のその声に力強く返答をした。

 ファーティル―サイエンダストリアル共同戦線、約三十万一千の兵、メイネス帝国約四十万の兵。大軍同士、白兵戦でのぶつかり合い。その両軍の戦いはラッハム郊外の周辺で数十日にも及んでいた。そして、次第に共同戦線側に敗色の色が見え始める。こ探索探知器けの大軍の消耗戦。

 帝国側に地の利があったとしても理を詰めれば物量作戦でしかない。帝国側は補給物資を転送機、若しくはラッハムや近くの市町村から徴収すればよいが共同戦線側は数十万人もいる兵の補給物資を容易に手に入れることは困難だった。

 王国にも共和国にも転送(魔)方陣はあったが帝国側にある物ほど大きくも無く効率も良くなかった。その為、それを一回使って送ってこられる物資数は必要な内の十分の一にも満たなかった。後の物資は陸路と空路によるものであったが目に見える物を帝国側の兵士達が見逃すはずは無い。共同戦線の布陣する場所に到着する頃は元あった量の二分の一以下でしかなかった。

 日が経てば経つほど共同戦線側が不利になってゆく。そんな状況の下でも果敢に出来るだけ多くの帝国兵を倒していく指揮官とそのものと一緒に行動する兵士達がいた。

 ファーティル王国最年長の将軍―白龍侯ティオード・ローランデル。今年で六十二歳を迎えた彼だが未だに彼が振る剣の冴えは衰えていなかった。そんな彼は確実に右手に持つ楯で相手の攻撃を受け止め、左手に握る剣で急所を狙い一撃必殺で敵兵を倒し行く。少ない動きで帝国兵を倒していっていたためティオードは息一つ乱していなかった。

「ティオード、無理はするなっ!!」

「何をおっしゃるアレフ王殿、この程度屁でもありませんですじゃ」

 白龍侯はファーティルの王であるアレフと共に行動していた。それはその王の護衛も兼ねてである。ティオードは彼が直接指揮を執る兵士たち、アレフ王とその騎兵、王を警護するフェディルナイツと共に更に敵陣の中へと突入していった。

 数日の野営を繰り返した次の日の戦場でアレフ達は信じ難い者をその目に映していた。それは彼等が王都奪還の際にアルエディーが倒したはずの帝国将軍ソナトス・タイラーがその場に居たからだった。

 ソナトス将軍を見た時にアレフの脳裏にネクロスと言う死人を操る者の顔が浮かび上がる。そして、自軍の兵、それも将軍と言う高い地位の者までも利用しようとするその者に対して酷く怒りを覚えた。

「ほぉおおぉお~~~、その顔は確かファーティルの新しき王ではないか・・・、しかし、貴様などに用は無いっ、アルエディー、貴公の国の千騎長アルエディー・ラウェーズはどこだっ?俺と戦わせろっ!!」

 顔は知っているのに目の前に居る将軍のしゃべり方も声の質もアレフやティオードの知っているものではなかった。リゼルグやウォードの時はネクロスに操られていても口調も声紋も変わっていなかった筈なのにとアレフ達は心の中で不思議に思っていた。

「キサマッ、死しても尚アルと戦いたいというのか!?しかし、そうはさせん。これ以上、我が友の心情を汚す様な死人モノは私がこの手で断つッ!!」

「アルエディー殿と戦いたいじゃとっ?馬鹿も休み休み言ったらどうじゃ百年早いはソナトス将軍。アルエディー殿と闘いたくば死んで出直してまいれ。冥府への案内はワシがしてやろう」

「何を言っているんだっキサマラッ!!俺の名前はディノ・タイラー。ソナトス・タイラーに代わって地龍将軍に任命された者だっ。そしてソナトスは俺の双子の兄じゃだったんだっ!千騎長は兄じゃの仇、兄じゃは俺の唯一の肉親だったんだっ、それに俺と違って兄じゃには家庭があったのに・・・、絶対そいつの首叩き落してやる。アルエディーをだせぇえっ!」

 ディノと言うソナトス・タイラーの双子の弟は憎しみの炎を双眸に揺らせアレフとティオードを凝視していた。

「ディノとかいったな・・・、尚更、貴様をアルエディーに合わせるわけにはいかない。この場は私が相手しよう」

〈我が友アルは確かに誰よりも強い。そして、私が望まなくても彼は私の為だったらどんな事でも嫌な顔をせず行動してくれる。しかし、アルは騎士として、戦士として余りにも優し過ぎる。だから・・・〉

 ディノ・タイラー将軍の出現によってアレフは自分の思う大切な友の為、アルエディーの心に負担がかからぬ争いのない時を、安心して自分のもとで同じ時代を歩めるようにと早くこの争いに終止符を打とうと再度心に誓うのであった。

「アレフ王殿は下がってまいれ。ここはワシがあの者とお相手しよう。戦争において敵討ちとは・・・、その為にアルエディー殿と闘いたいじゃと片腹痛いはっ!!」

 白龍侯はディノの前に歩み寄ろうとしアレフ王を止め自分が前に出た。しかしアレフもその場を譲ろうとはしなかった。

「フンッ、貴様らなど二人襲い掛かってきても負けはしない。さっさと掛かって来い!!俺には貴様たちなど相手にしている暇などないのだ。早くこの手で千騎長の首を兄ジャの墓に添えてやりたいんだっ!」

 新しい地龍将軍は三日月双剣と言う特殊な形の剣の柄を強く握り締め、二人のどちらかがそれとも二人とも同時に行動に出るのかを待っていた。

「見るからにディノと言うやからはかなりの手慣れの様じゃ。アレフ王殿ここはわしが。それにアレフ王殿の剣の腕ではあやつとは闘えないであろう」

「ティオード、まだ私を子ども扱いする気かっ!!」

「人として立派になられているのはお分かりしています。ですが剣技ではまだまだ子供であらせる。そのこと、幼少の頃より剣の技を王に教えたわしが一番知っているのじゃよアレフ王殿」

「それでは今ここで私の剣の技が子供でないことを証明して見せよう」

「貴様等いつまで俺を待たせるきだっ!これ以上待ってやることは出来ぬ行くぞっ」

 律儀にもアレフとティオードの会話が終わるのを待っていたディノだったがそれ以上待つのをやめ攻撃態勢に入ろうとした。

「アレフ王殿が無理をなされぬように守ってくれとアルエディー殿に頼まておる。だから、ここはわしが参る、フェディルナイツ殿、アレフ様を・・・」

 白龍侯の言葉にフェディルナイツの数名が闘おうとするアレフの動きを取り押さえた。

「待たせたのディノ将軍とやらここはこの老骨がお相手いたしましょうぞ」

「ああぁー、随分と待たせてもらった。だが決着はすぐに決めてやる俺の勝ちでな、ダァッぁあ!!」

 その将軍は右手に持つ剣の柄を回しその両端にある刃を旋回させて相手将軍に襲い掛かった。

『カキンッ!』

 甲高い金属音が辺りに響いた。ティオードが右手に持つ楯でディノの一撃を防ぐ。そして、その攻撃で一瞬の隙を見せたディノに対してティオードは下から剣を振り上げる様に走らせた。

『キーーーンッ!!』

 今度はディノがティオードの攻撃を楯で塞がれた方とは逆の刃で白龍侯の一撃を抑えていた。そこから両者鍔迫合いする事無く、ほぼ同時に後ろに飛びのいたのだった。後退した場所からお互いに次にどの様な動きで攻めようか?攻めてくるのか?相手を見ながら考えていた。

〈流石に今のワシじゃ長期戦は無理の様じゃな・・・、誘い出して一撃で仕留めるのが得策じゃろうが相手も将軍となった男じゃ簡単にはいかないじゃろうが・・・〉

〈しぶとそうだな、あのジイさん。だが、こんな所で時間を食うためにはいかんのだ。次の一撃で終わらせて貰う〉

 再び、地龍将軍は右手を高く上げ剣の柄を回し始めた。その回転速度は先ほどよりも速く鋭かった。白龍侯はそんな相手の動きを訝しげに思いながらジリジリと間合いを詰め攻撃範囲内までに近づこうとした。お互いに自分の間合いを計りながら少しずつ前に足を出していた。

 そして・・・・・・、二人の攻撃間合いは同じだったのだ。最初に攻撃を仕掛けたのはディノの方だった。彼は高速回転させていた剣を勢いよく投げつけた。その三日月双剣と言う剣が『ビュゥンッ!!』と風を切る音を立ててティオードの首を目掛けて飛んで行く。

 ティオードは体勢を地に伏せる虎の如く低くして間一髪その攻撃をかわし、無防備になったディノに向かって渾身の力で地面を蹴り飛ばし彼の奥義をディノに加えようとした。

「無防備でワシの剣を止められるほど甘くはないぞっ!!タァーーーッ」

「ぐっ、同じ間合いで攻撃をしてくるとはしくじった・・・」

 その将軍は計算違いの相手の行動に苛立ちを感じ苦渋の顔を見せていた。しかし、ディノの目は諦めの色に染まってはいなかった。両腕を胸の前で交差させ、その肉体でティオードの攻撃を受け止めるような姿勢を作り彼の攻撃を待った。

『ズブシュッ!!』

『ズバッ!』

 ティオードの攻撃は一回であるはずだったのに二度、剣が肉体に突き刺さる音が周囲に轟く。白龍侯の剣は防御していたディノの腕の骨を貫き彼の心臓まで届きそれを突き破って背中までのびていた。ディノの口の中から血と一緒に言葉が漏れると、

「兄じゃの仇をとる前に俺は死ぬのか・・・情け無い・・・・・・だぁ・・・・がッ・・・・・・・・・・」

 そこで力尽きてディノはティオードの言葉通り冥府へと旅立って逝った。ディノは最後に何を言おうとしたのか?そして、その答えは彼の目の前に立っている白龍侯のことだった。

「ゲホッ、ゲホッ勝負に焦った事がわしの敗因か・・・」

 ディノの投げた三日月双剣は空中で逆戻りし後ろからティオードに襲い掛かっていたのだ。そして、彼の背中から腰部を縦に深々と切り裂いていた。

「ティオードォっ」

 叫びながらアレフはまだ息がある白龍侯の所へ駆け寄り、

「ティオード、今手当てをするしっかりするんだっ!!」

「もう手当てをしてもワシは助かりますまい」

「この程度の事で馬鹿を言うなっ!!今すぐ助けるから黙って待っていろっ・・・、嫌だ、ジイ、爺、死なないでくれ」

「ワシを爺と呼んでくれるのは何年振りの事かのぉ・・・・・・しかし、もう我儘を言う歳ではあるまいアレフ王子よ・・・・・・・・死に逝くワシの最期の願い聞き届けてくれぬか・・・」

「王である私に出来ぬことなど無いっ!何なりといってみろ」

 その王は涙を抑えながら力強く死に際のティオードにそう答えた。

「この戦いを早く終結させケイオシスの復活を止めるのじゃ。そして・・・、ワシ・・・の・ま・・・ご・・・が・・あ・・・ん・・・・しん・・・して・・・暮らせ・・・・・る・・・・平和なせ・か・い・を・・・ウングッ、グハッ」

 言葉を言い切ったティオードは最後に大きく吐血すると静かに息を引き取った。

「その言葉、しかと聞き受けた。爺安らかに眠ってくれ」

 冥府を旅立つティオードに瞳を閉じ、祈りをささげる王がそこにいた。

 アレフはティオードを国内に埋葬することを望んだためティオードが引き連れたいた軍と彼が指揮していた騎兵達をファーティル領域内まで一時撤退させる事にした。それにより共同を図っていたサイエンダストリアル共和国も後退する事となってしまう。だが、補給を満足に受けられなく兵の士気が落ちていた共和国にもそれは都合の良いことだった。そして、帝国側は新任の将軍が余りにも早い死を迎えてしまったため大混乱を起こし王国軍と共和国軍を思う様に追撃できず簡単に撤退されたしまう事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る