第二十六話 とらわれの皇女と皇妃

 激しい雨の降る水碧の月、王国解放戦線と帝国軍の戦いは停滞するかのように思えた。しかし、天候の利と地の利を知る王国側にとって逆に絶好の機会だった。

 進軍速度は余り速いとは呼べる物ではなかったが、しかし、少しずつ着実に帝国兵を後退させて行った。雨の中アルエディーの分けた部隊は各々に与えられた命令を自分達のそして、国の未来の為に笑いながら快く受け入れ確りとこなし前に進むための道を切り開いて行く。しかし、戦争は奇麗事ではない。その命令の中で負傷する者、命は救われたがその時受けた怪我でこれからの生活に不自由を来たされる者、そして死んで逝く者。

 仮令、セレナの治癒の魔法があっても一人だけではどうにも出来ない。そして彼女はその事に悩む。両国の兵が互いの剣で切り合い、槍で突き合い、持つ弓で相手を射抜き合い、魔法でお互いの体を焼き合い・・・、その後戦場にはおびただしい血が大地に流れ染み着いて行く。セレナは倒れる多くの両国の兵を戦場の中で目にして彼女は悲しみ悩む。どうしてこの戦いが始まってしまったのかと。アルエディーも又同じ様な事で悩んでいた。

 それら、負傷者、死者の数の報告を聞く度に唇を噛み締め、心を痛めていた。彼は帝国との戦いを起こす前に知りたい事があった。帝国が侵略を始めた理由。そして、異形の怪物達の正体。しかし、それを知る事もできず、そのまま戦いは繰り広げられて行く。だが、アルエディーが最も心を痛めたいたのは敵兵味方兵に関わらず、死んでいった者達を相手に再び戦わなければいけない事だった。

 死術士ネクロス・ノアによって黄泉の旅路から強制的に戻された死んで逝った兵達。それらと対峙する事が彼にとって苦痛以外何物でもなかった。無論、彼の指揮する兵もみな似た様な感情を持っていた。

 だが、彼の遣える王の為、一緒に頑張ってきている仲間の為と心を強くし、その苦痛を強引に心の内に閉じ込め自分に任された兵の指揮をする。思えば水碧の月は帝国軍の兵と戦うより、不死兵や異形の怪物たちと戦うほうが多かったようだった。そして、月は水碧から大地の恩恵を最も多く受ける地穣へと移る。

「アルエディー殿、この霧姫情報収集より帰ってまいりました」

「いつも行ったり来たりさせてばかりで悪いな霧姫、それで何かつかめたか?」

「ここより北西に今は人が住んでいない町がありまする。その場に物の怪がひしめいている様・・・それとそのちょうど南には小さな町があり、そこより来る物の怪達により被害が出ている様でもありまする」

「そうか・・・、霧姫、その場所は次の本陣として使えそうか?」

「はい、そうですね今の兵の数なら収容可能だと思われまする」

「よし判った、早速行動開始するか、アレフいいだろ?」

「帝国と戦うためだけが私達の目的ではない、怪物から民を救うのもまた一つの目的。そうだろアル」

「それじゃ決定だな。ルナみんなを呼んできてくれ」

「ハイかしこまりました。それでは召集して来ますので少々お待ちください」

 程なくして、ルナに召集された指揮官たちがアルエディーのいる会議用の大テントに集まってきた。その場所に集まったその各部隊の指揮官達にアルエディーは移動理由と作戦目的、ルナによる移動進路とその部隊の配分が言い渡された。そして、それを聞き終えた彼等は部隊移動の準備をする為に各々散って行く。それから、準備が出来た部隊から異形のカイブツが巣食う廃墟へと移動して行った。


 移動を開始して約4イコット殆どの部隊が廃墟の周辺に集まっていた。


~ 町の中にあるどこかの崩れかけた大きな屋敷内 ~

「ほらお二人さん、食いモン、持ってきてやったぜ・・・、そう怯えなさんなって、いつも顔、見合わせてんだ。いい加減、なれてくれよ。確かに俺はお前たちとは違う。だが生きモンには代わりねえんだからよ」

「私と娘をいつまでこのような所へ押し込めるつもりですっ!」

「さあなぇ?俺にはわからねぇよ、命令されているだけだからな。着る物もある食いもんだってある、まあ、別に不自由してるわけじゃねぇんだからいいじゃねえか」

 身の丈約2・1※メット、二足歩行で歩き、青緑の肌を持ち、各関節には角のような物が生えている。目は確りと眼球、虹彩と瞳孔に分かれ、この地方に住む人々と同じ言語を喋るが、どう見てもアスターではない。そのモノの名はレバンティ。ホビィーが異界から召喚した数少ない知的行動が出来る異形のモノだった。

「お母様・・・」

「今は貴方の言う事を聞きましょうですから・・・、娘を怯えさせないでください」

「チッ、分かったよ、だが確りと飯だけは食えよ。死なれちゃ困るんでね」

 そのモノはそ探索探知器け言うと部屋を後にしようとした。移動中彼の姿が窓硝子に映り、

「はぁぁあっ、元の世界では結構もてたんだけどなぁ・・・、この姿じゃ、怯えるのも無理ねぇかな?」

 窓に映ったその姿を見てればンティは小さく溜息をついていた。レバンティが表に出ると彼と同じ異界から召喚されたモノ達が慌しく動いていた。一匹の魔物を捕まえ、なぜそうしているのかと彼は尋ねた。

「キィ~~~、シュルゥルガキラァーーー、シュッルシュルティー」

 アスターの物が聞いたらただの騒々しい雑音にしか聞こえないだろう。しかしレバンティはその怪物が何を言っていたのか分かるようだった。

※1メット=1メートル

「なぁにぃーーーっ、人が攻めてきたってぇ?・・・、くっそぉー、ホビィーの奴ここは安全だから大丈夫だって言っていたくせにぃーーー。チィー、いっちょ、そいつらに焼きいれてやるかぁ?」

 レバンティは帝国と王国が争っていることなど知らずホビィーとヘルゲミルの命ずるまま、二人の女を匿い、この名も無き廃墟に同じ世界から来た仲間とひっそりと暮らしていた。だから彼にとってここを犯す者は王国の兵だろうが帝国の兵だろうが関係なかった。


~   ~   ~


 廃墟の入り口付近で王国兵と異形の怪物たちが交戦していた。廃墟だからと言って大魔法を連発する魔導師が約二名、それに従うように魔法兵も魔法を乱射していた。味方兵はそれに巻き込まれないように別の場所で戦いを繰り広げる。

「遠慮は要りません、バンバン打ちますよぉっ!!焼き尽くせ、******(ファイアーレイン)!」

 レザードが詠唱なしに魔法の名前を口にすると彼の周囲に赤く輝く無数の光が発生し、それが天へと昇って行く。そしてある一定の高さでとまり拡散してその場所でその光が見る見るうちに火と成り炎と成り、物凄い勢いで地上へ雨のように降り注いだ。

「ううぅ~~~ん爽快ですね、大魔法は」

 彼は自分の放った魔法が多くの怪物を一瞬にして焼き尽くすそれを見て満足げな顔を浮かべていた。

「わたしだって・・・、お願い、光の精霊と天の精霊よ私に力を貸して。天、吹く風よ嵐になりて光の力を集め地に降ろせ・・・・・・・・・、**********(サンダーストーム)」

 アルティアの独創魔法詠唱と共に一陣の風が吹きそれが天へ渦巻くように上昇すると小さな竜巻が完成した。そしてその中に青紫の雷光が発生し幾筋もの稲光が激しい音を轟かせ地上へと突き刺した。その竜巻がある一定の周囲を動き回り、その場にいた魔物は飲み込みこまれ、雷光に撃たれながら上昇して行く。最高点に達した頃は塵となりこの世を去っていた。

「やったぁ~~~~っ、いっぱい倒しちゃいました・・・、私ってすごいっ!!」

 普通に魔法を唱え放っていた兵はその二人の魔法を見て尊敬と畏怖の念を同時に受けていた。レザードとアルティアはここぞとばかりに新しい魔法を試している。

 それは何故か?通常の場所で二人の大魔法禁止令をアルエディーから出されていたからであった。確かに二人に放つ魔法は強大で敵を倒すのに有効なものは多い。しかしここ最近もっぱら街中での帝国兵や異形の化け物との戦闘が多かったためそれを使われてしまうと相手を倒すより損害が大きかったからだ。だが、今戦闘している場所は廃墟。壊したってなんのお咎めも無いと言うのが理由だった。そして、別の場所では氷室兄妹が己の修行の成果を試すため戦っていた。侍の剣術と忍の術を駆使して、物の怪らへ迎え撃つ二人。

「おぬしたちにはうらみは無いが覚悟するで御座る。ハァーーーッ、飛天流星落ティッ、ヤァー、トォーーーっ!」

 刀の峰で怪物を上空高々と投げ放ち、それよりも高く飛翔しそれに一閃を加えたまま地面へと叩き付けた。どんなに硬く刃が通らない怪物でも彼のその技で次々に葬られて逝く。

「まだまだで御座る、トオッ、神閃九連撃!テイッ、ヤッ、トオッ、ハァッ、ソラッ、フッ、セイッ、ヌッ、これがトドメでごぜる、タァッー」

 唐竹割り、股上げ、逆袈裟懸け、右捲し上げ、左薙ぎ、右薙ぎ、左捲し上げ、袈裟懸け、最後に牙突、雷牙は物凄い速さで刀を操り魔物を滅多切りにした。その見事なまでな剣技に彼と共に戦っていた兵士達が拍手喝采を送っていた。

「流石は雷牙兄様、ワタクシも頑張らなくては」

 両手を組み、印を作り彼女は瞑想しながら何かを言葉にしてた。そして何処からともなく出した二本の扇子を広げると開いた淵に沿って揺ら揺らと炎が現れると、

「食らいなさいっ、火炎輪!」と叫び、彼女の手から放たれた二枚の扇子は炎の円を描き次第にその炎の帯が長くなり炎の大車輪となった。そして、その火が触れものを焼き尽くす。それが消えるとまた霧姫は印を結び別の言葉を綴っていた。

「龍神の子、水龍よあのモノ達にそなたの力を示せ」

 組んだ両手の指先から水柱が現れると龍のような形を成し、不規則な動きを見せながら無数の物の怪を縛り上げその水圧で絞め殺した。魔法の体系とは明らかに違う霧姫のそれを珍しいものでも見るかのように一緒にいた兵は眺めていた。

 他の場所ではセフィーナ、セレナと蘭玲、異色のペアが僧兵を引き連れ不死兵と対決していた。実はセフィーナ姫も帝国との戦いに参戦していたのだ。

「おっ師匠様に習った仙道の力、見せるあるよっ!ハぁーーー、聖火霊晄拳、テイッ、ヤァッ、トォ~~~~」

 蘭玲の拳が蒼い光の揺らめきに覆われるとその拳で甦った死人を打ちのめして行く。その拳に触れた。リヴィングデッドはその拳から放たれる蒼い炎に包まれ灰になって逝った。

「これでおしまいじゃないアルよぉ~~~、おつぎはぁーーー、聖火昇天蓮華」

 今度は拳だけではなく足元にも同じ光が生じ拳と蹴りで迫り来る生きた死体を葬って逝った。

「お願い、もう戦うのを止め安らかに眠ってください・・・、******************************・・・、************(セイント・アロー)」

 セレナの指先から数え切れないほどの光の矢が強制的に戦いの場に駆られた死んだ者達を射抜くとその光はその者達を暖かく覆い冥府へと返して逝った。

「ここは貴方達の来るべき所ではありません。ですから在るべき場所にお帰りください。御光の精霊様、どうか私にお力をお与えください・・・、****************************************************・・・、***************」

 セフィーナはアルティアとレザーの教えで彼女独自の光の魔法体系を完成させていた。今彼女が放ったプリズミック・レイはその初歩的な魔法だが威力はとても高い。セフィーナの持つ魔宝石が埋め込まれた杖の先端から七色の光の閃光が次々に生きた死体を貫き、それらを浄化させて行った。適度に魔力を調整しながらセレナとセフィーナは魔法を唱え、蘭玲は息を整え動けるようになると同じ攻撃を繰り返していた。僧兵達も彼等の持つ力で不死兵に応戦していた。

 廃墟の中腹まで進行していたアレフとアルエディーの騎馬隊は、

「トリャァーーーッ、アル、切っても、切っても切がないぞ!」

「アレフ、泣き言を言うな!こいつ等がここから去ってくれるか、全滅させるか二つに一つだ!オリャーーーッ!!!」

 二人は会話を交えながら猛襲してくる異形のモノを相手にしていた。暫くそれらの相手をしていると先ほど大きな屋敷にいたレバンティが二人の前にその姿を現した。

「オイッ、貴様等!何の権利が合って俺達のねぐらを襲うんだっ!!」

 初めて自分達と同じ言葉を話すその異形の怪物レバンティにその場にいた全員が驚きを見せた。

「お前!?我々と同じ言葉を喋れるの」

「ああそうだ・・・、じゃなくてよぉ、俺の質問に答えろっ!」

「それはお前達が我が国の民を襲うからだっ!だから貴様等を野放しにする訳には以下ない!」

「フッ、この世界で生きる為にはしかたねぇんだよ、所詮世の中は弱肉強食!強い奴がすべてだっ!・・・、本当は違うんだけどな・・・」

「ここに現れている見た事もない怪物どもは一体何処から来ている?」

「フッ、教えてやれねぇよッ、知りたくば力ずくで聞いてみな」

 レバンティは腕を組んで強気な構えで馬に乗っているアレフ達を見ていた。アルエディーは馬から降りレバンティに剣を構えようとするとアレフがそれを止め、

「アル、お前は下がっていてくれここは私がやる」

「しかし、あいつはただならぬ何かを感じる。だからここは俺が!」

「友よっ、たまには私にも見せ場を作らせてくれ。私だってアルほどではないが剣技に自信を持っている。それはお前も知っていることだろ?違うか?」

「ほらっ、そこ何ごちゃごちゃ言ってんだ?せっかく待ってやってるんだから早くしろよっ!そこにいる奴等まとめて掛かってきてもいいぜ」

 両肩と首を鳴らしながら余裕を見せるようにそう言い放っていた。

「見くびられたものだな。貴様、覚悟はいいか?」

「何言ってやがる、覚悟するのはお前達のほうだぜ・・・、その前に俺の名前、教えて置いてやる。レバンティ。これが俺の名だ!」

「異形のモノのくせに名前を名乗るとは大した奴だ。私はアレフ、アレフ・マイスターだ!そして、私の隣にいるのが友のアルエディー・ラウェーズ」

「二人で掛かってくるのか?別にいいけどなっ」

「私だけで十分!」

 そう言ってアレフは剣を構えレバンティに向けた。レバンティもまたそれに応える様に拳の構えを取った。アレフ、レバンティ共に一気に間合いを詰める様に突進すした。

『ガキンッ!』

 鈍い音が辺りに響く。アレフが振り下ろした剣の一撃をレバンティは両腕を交差させて防御した。今まで多くの帝国兵の鎧や怪物の硬い装甲を切り裂いてきたエクスペリオンの刃がそのモノに傷一つ負わすことが出来なかった。内心それに驚きながらもアレフは剣の動きを止める事はせずレバンティに切り掛かっていた。しかし、アレフの持つ剣とレバンティの楯にしている腕とが打ち合う鈍い音だけで異形のモノに損傷を与える事はできなかった。

「アレフといったな?ほらどうした、全然応えねぇぜ」

「クッ、まだまだこれからだっ」

 執拗に剣の刃を浴びせるがレバンティは余裕を見せ口元を吊り上げにやにやしながらそれを受け止めていた。

「そろそろ、俺のばんか?、おりゃぁっ!!」

 剣を片手で払い、もう一方の腕に闘気を溜めそれをアレフに何度も浴びせた。

『ボコッ、ベキッ、バコッ!』

 レバンティがアレフに打撃を与えるたび、アレフの着る鎧が拳の形に陥没し、そこから彼の内部へと力が加わる。

「グハァッ」

 アレフはレバンティのその強力な打撃に吐血し、地面に片膝を付け、倒れてしまう。

「おおっと、もう終わりかい?つまらねぇなぁ~~~」

 余裕を見せ付けるようにレバンティは攻撃の手を止めアレフを見下すように薄く笑いながら彼の前で仁王立ち。

「アレフっ!レバンティ、貴様よくもぉーーーっ!」

「アルエディーだったか?貴様がこいつの代わりに俺とやるのか?」

「アルっ、下がれ、私はまだ大丈夫、まだ行ける」

 剣を地面に突き刺し、杖の代わりにしてアレフは立ち上がった。口元からは先ほどの吐血した時の血がまだ流れていた。

「そんな状態で何が出来る!ここは俺に任せろっ」

「いつもお前に頼ってばかりでわ私はいつまで経っても成長できぬ。よき王になるためにはこれ位のこと、乗り越えてみせねばっ!ハァーーーーーッ」

「まだやるってのぉかいっ?なかなか根性あるねぇ。それに免じて次で終わらせてやるよ」

 アレフは闘気をエクスペリオンに籠める。するとその剣を囲むように蒼い電光が生じた。アレフはその剣の持つ力の一端を開放させたのだ。蒼き稲妻がエクスペリオンを覆う。

 それを見たレバンティはほんの僅かだけ驚き、表情を硬め闘気で全身を覆っていた見えない光が彼の左拳に集中した。そして、見えなかった光が淡い黄色をしてその存在を示す。

 互いに最も動きやすい構えを取り、いつ踏み出すべきか見極めていた。そしてほぼ同時に地をけって間合いを詰め、攻撃範囲内に入るとアレフは剣を振り下ろし、レバンティは拳を突き出した。

 エクスペリオンの中腹とレバンティの拳の中央が激突するとその一点から目が眩むほどの光が放たれた。アレフは目を瞑りながらも相手の腕を切り裂くように力を入れ、レバンティも同じくその光に目を閉じアレフの剣を砕くように拳に力を注いだ。

「ウヲォウォオォーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

「セヤァーーーーーーーーーッ!!!」

 徐々に力の均衡が崩れ初め、アレフの剣がレバンティの拳に食い込んで行き、異形のモノの腕を浸蝕しながら左腕を消滅させた。そして、返す剣で胴を払い数歩手前に吹き飛ばしたのだ。

 レバンティの無くなってしまった左腕からアスターと同じ色の血がドボドボと流れ出し、苦痛の表情を作り、無くなった腕の部分を押さえ、身体を起こしアレフを見上げた。

「ちっ、しくじっちまった・・・、俺の負けだ。さあ早くトドメを刺せ!」

「潔いよいな、それではお前のその願い聞き届けよう」

 アレフは剣を掲げそれを振り下ろす。

『ガギンッ!?』

「アルっ、なにをする!」

 アレフのそれをアルエディーが彼の大剣で受け止めていた。

「アレフっ、早まるな。彼には聞かなければならないことがあるだろう?レバンティ、お前等は何処から現れ、そしてなぜお前等は俺たちを襲う?」

「お前等の知らない世界さっ、どんなとこかは言ったて理解できやしねぇよっ、あんた等じゃな。俺は食いモンさえあればお前たちなんかに興味ねぇよおっ・・・、しかしこいつ等は」

 レバンティは彼の裏に群がっている異形の怪物を一瞬見てから再び、アレフ達の方を向いた。

「こいつ等は俺と違って言葉を喋ることもできねぇ、それにこの世界が何らかの影響を与えこいつ等に破壊と殺戮の衝動に駆り立てているんだなこれが・・・・・・、おっといけねえぇ、血を流しすぎちまったようだぁ。トドメを刺される前に逝っちまう様だな」

 レバンティの顔から血の気が引いて行く。そして顔色は青緑から青白くなっていた。

「お前はどうやってここへ来た」

「それは・・・・・・」

 アレフの問いに答えることなくレバンティは瞼を閉じ倒れ、彼と住む別の世界、レバンティにとっては異世界の星ペルセアの地で果てて逝った。アレフ、アルエディーとその場にいた者達は嫌な思いのまま目の前に残る異形の怪物たちを手に掛けて行くしかなかった。


†   †   †


 廃墟にいる魔物の軍勢を全て倒したのは陽が沈む夕刻前だった。それが終わると陣を立てる前に全ての兵は町の中にまだ残党が残っていないかそれを探索した。そして、ちょうどその時、軽装のアルエディーとその部下達は顔の知っている二人のアスターを倒壊寸前の大きな屋敷の中で発見する。

「貴女達は・・・、ナルシア皇妃様に・・・、エアリス皇女?」

「貴方様は若しや、王国騎士のアルエディー・ラウェーズ殿では!?」

 その騎士の登場に女性二人寄り添って震えていた緊張が解け初めに言葉を掛けてきたのはメイネス帝国の皇妃ナルシア・レインフォースだった。

「はい、そうですが・・・、どうして貴女達の様な身分の方がこのような場所に?・・・、おい誰かアレフ王をここへお連れしてくれ」

「本当にアルエディー様なのですね?これは夢ではないのですね?とても怖かったです、とても恐ろしかったです。ウクッ、ヒクッ、ウゥウゥッ」

 目の前の騎士にその皇女はすがり涙を流していた。帝国第二皇子ウィストクルスと仲の良いその皇女はウィストクルスとの関係もあってアルエディーとの面識は多くお互いを良く知っていた。

「え、えっ、エアリス皇女!貴女のような身分の人が敵国である俺のような騎士にそんな事を・・・」

 こういった状況に慣れていないその騎士はいつものようにたじろぐだけだった。

「アルエディー隊長殿、役得でありますな、ハッハッハッハッハッ」

 一人の彼の部下がそう言って笑うと他の部下も同じように笑い出した。アルエディーは頭を掻いて少しばかり苦笑する。

「エアリス皇女、泣かないでください。もう怖くありませんから外にいる怪物は全て俺と俺の部下たちが追い遣りましたから。ですからもう泣かないでください」

 なだめる様な口調で話しながらエアリスの髪を優しくあやす様に撫で下ろした。ちょうどエアリスが泣き止みアルエディーから離れた頃にアレフと重役の面々がその場に参上して来た。

 ナルシアとエアリスを見たアレフとその二人を知る者達は一様に驚きの表情を作っていた。アレフは驚いたままの状態でナルシアにどうしてこの廃墟にいたのかを尋ねていた。

 ナルシアの話しにより帝国の軍事行動の理由についての真相をアレフ達は知った。皇帝ラウスは何者かによって暗殺され、国の実権を宰相のマクシスに握られていると言うことだった。そして彼女達二人は大元帥であり第一皇子でもあるイグナートを利用するため人質として彼の手の届かないこの廃墟に置かれレバンティを頭とする異形のカイブツによって監視されていたのであった。更に、マクシス宰相に手を貸す正体不明の存在がいる事を教えられた。

「それじゃ、イグナート皇子に貴女達二人の無事を伝えればこの戦いは・・・」

「差し出がましい事を申し上げますがアルエディー様、そのお考え方は短絡的過ぎます」

「ルナ、どうしてそんな事を言うんだっ!」

「はい、それは二人を返す事によって一時的な停戦を迎える事は可能でしょう。しかし、マクシス宰相と私達にはその存在を知られていないその裏にいる者をどうにかしない限り同じことが起きると思うのです。ですから、今は出来るだけ早く王都を奪還し、対策を練って、それから二人をお返しする方が得策かと思います」

 冷静な態度と落ち着いた口調でアルエディーの副官はそう進言した。

「私もそう思いますよ。相手の手札が分からない以上、こちらの切り札を直ぐに使ってしまうのはどうかと思います」

「拙者もルナ殿とレザード殿の意見に賛成でごぜる。黒幕が見えるまでは下手に動けば痛手を負うで御座るよ」

「私がメイネス帝国と言う国の地理を知っているのであれば密偵なども出来たのでありますが・・・、申し訳ないでありまする」

「アレフ・・・」

「アルエディーっ、そんな顔をスるなっ!今この軍の中での全ての決定権はお前にある。アル自身で決めろ」

「アレフ、酷いぜ。今俺が決定しようとする事は国の政務外交に関わる事じゃないのか?そんなこと・・・」

 アレフは判断を決めかねている友にきつい目で睨む。

「わかったっ、いいんだな俺が決めて?」

 アレフは表情を柔らかく戻し、軽くうなずいた。

「ナルシア皇妃様、エアリス皇女、今しばらく辛い思いをするだろうけど・・・、今は俺達にその身を預けてくれないだろうか?」

「皆様、有難う御座います。ご迷惑をおかけしますが良しなに」

「アルエディー様、そして皆様、私は何も出来ませんがお世話になります」

 二人をフェディルナイツに護衛を任せ世話係をつけると各自解散して行った。


 アルエディーは用意された廃墟の中の一室ではなく町外れで焚き火をしながら崩れかけた壁に背を凭れ、赤々と燃え上がる炎を眺めていた。暫くしてから彼は地面に寝転がり夜空を眺めた。空には三つ子月が並んでいる。白銀に輝く第一衛星ルナの隣に青白い光を反射させる第三衛星のルティアが、赤褐色に覆われた第二衛星ルシアが第一衛星ルナ少し斜め前に見えていた。アルエディーは何かを考えながら夜空を見上げる。誰にも居場所を告げていないはずなのに一人の女性がアルエディーの処へ現れ、月を隠す様に上から彼の顔を覗き込んむと、

「このようなところで独り何をしているのですかアル様?」

「色々と考え事さ・・・、それより良く俺の居場所が分かったな」

「光と闇の精霊魔法で探してみましたので・・・、それで一体何をお考えだったのですか?」

「知っている国の者同士で戦うのって辛いなって・・・、それに誰が操っているのか知らないけど一度死んだ者まで相手にしないといけないなんって」

「アル様は騎士、闘うための人でしたからその様なお考え方をしないと思っていたのですが・・・、それを聞いてどうしてか安心しました」

「確かに俺は騎士だけど俺が任されていた部隊は国の警備のための部隊、けして人を殺すためが目的の部隊や軍隊じゃない。本当は敵国になってしまったからと言う理由でメイネスの人たちに剣を降ろすのは今でも抵抗がある・・・、セレナはどうなんだ?」

「戦いが始まる前アル様が言っていた事をよく思い出します。私に戦場を見せたくないって言っていたことです。戦いの度に私が受け持つ救急組立式建屋に運ばれて来る人、私の所にもこれず途中で倒れて逝ってしまう人、私一人治癒魔法の力を持っていてもどうにもできない事を知りました。その度に私の考えの浅はかさを知り、心を痛めていました・・・」

 セレナは胸元に握り締めた拳を添え、俯き悲しみの表情を浮かべた。

「セレナ・・・、辛いと思ったのならいつでも帰郷して構わない。誰も引き止めはしないさ・・・」

 彼の言葉にセレナは違う色の悲しみの顔を作って溜息をした。

「ハぁあぁーーーっ、途中で投げ出してしまうほど私は弱くありません!そう思うくらいでしたら最初から付いて来ませんでしたよ、私・・・。最後までアル様と共に戦います。ですから、その様なこと二度と私に言わないでくださいね」

「セレナ、君の様な娘を戦いに巻き込んでしまってごめん」

「アル様、その様な言葉も禁止です!私は自分で思った行動をしているだけですから・・・、それより、アル様はどういったお気持ちで今戦いに望まれているのですか」

 騎士は寝転がっていた身体を起こし消えかけていた焚き火に薪をくべながら隣に座っていたセレナにその問いの答えを話す。

「今日、ナルシア皇妃の話しを聞いて何で戦争を起こしたのか知った。今この国にいる帝国の兵は誰も望んで戦っているんじゃないのかと思う。だから、出来るだけ早く王都を取り戻し、戦いを終わらせたい。辛いけど・・・、早く前に進む為に俺の前に立ちはだかる帝国兵は全力を持って倒させて貰う」

「それではこれからも早くそうなる様に頑張りましょうアル様・・・・・・。それでは私戻りますお休みなさい」

 セレナは御まじないの積もりで彼の唇に軽いキスを交わしたあと、顔を紅くしながら逃げる様に走ってその場を去って行った。

 予想だにしない彼女の行動にその騎士は硬直し、焚き火が消え去るまでそうなっていた。それを別の空間で眺めていた精霊王はからかう様にその騎士に直接話しかけていたが放心状態だったためただ一方的に喋っていただけだった。


†   †   †


 アルエディー達がナルシアとエリアスを王国内の廃墟から見つけ出して約六日、その事がルーファ・スティンによってヘルゲミルの耳に入っていた。

「ヘルゲミル様、皇女、皇妃が王国軍の手に落ちました」

「そうか・・・、ホビィーは一体何をやっておる?アヤツはわれと連絡を断っているよだが・・・ルーファ、ホビィーが今何処に居るか分かるか?」

「いえ、私にも・・・」

 ナルシアとエアリスの監禁は禁術士ホビィー・デストラが監視する事になっていた。しかし彼はヘルゲミルや他の仲間たちと連絡を断ちいずこへと姿を消していた。

「ヘルゲミル様、いかが致しましょうか?」

「イグナートやウィストクルスが気付くまでは放っておいても構わん。いつでも手元に戻せるからな。フフフッ」

「マクシスにこの事を教えた方が宜しいでしょうか?」

「しなくても構わん。教えてやった所でアヤツには何も出来んからな・・・、ルーファは続けて情報を集めていろ」

「仰せのままに」

 黒髪の少女はヘルゲミルに一礼すると足音一つ立てずその場から去って行く。

「たらんっ、まだ足らん!もっと多くの魂の輝きを・・・、我が・・・、我等が願いのために・・・」

 闇の中でその男は小さくそう呟いていた。

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