第十四話 姫、セフィーナ

 王城が陥落して、約三ヶ月の時が流れようとしている。メイネス帝国の突然の襲来の際、騎士アルエディーの手によってファーティル王国、第一王女セフィーナは転送方陣によって天空の島クレアフィストの都の一区画にある大きな館へと送られていた。

 当初、傍には兄であるアレフもいなくどこに飛ばされるのかも知らされていなかった彼女は不意に現れた翼を持ち茶色の整った鼻の下の髭と茶色と銀色髪の毛が入り混じった中年くらいの男性に困惑し、怯え、身を潜めた。しかし、相手の方から自己紹介してくると本来彼女が持つ人見知りしない性格もあって直ぐにその感情は消え去り、彼女もまた自己紹介をその相手にした。

 その相手とはシャングリラの清流区の区長を勤めているエイン・フェリアスと言う者だった。既にセフィーナの事はアルエディーから連絡を受けていたので彼女の突然の訪問に驚く事は無かった。

 エインはここがどこであるのかセフィーナに、どうして彼女がここへ来る事ができたのかを説明した。賢き姫、セフィーナをエインの言った言葉を直ぐに理解し彼を信じ、深々と腰を降りお世話になりますと丁寧に挨拶をした。

 セフィーナは姫として暮らしてきたのと違う日常を前にしてもそれを嫌がること無く受け入れ、むしろ王宮と違った体験ができる事に感謝し、それを楽しんでいた。しかし、そんな彼女でも不満はあった。

 セフィーナは与えられた一室の窓から暮れる夕日を不満げな表情で椅子に座りながら眺めていた。

『コンコンコンッ!』

「セフィーナさん、エインです。入ってもよろしかな?」

「エイン様ですか?ハイッ、どうぞお入りくださいませ」

 いたって声は冷静な彼女であったが・・・、表情は先ほどのままだった。

「それでは失礼・・・?セフィーナさん、不満そうな顔をしている様ですが私は招かざる者だったのですか?」

「えっ、いえ、そうでは無くてその・・・」

 彼女は慌てていつもの淑やかな表情を作り、どうして不満の気持ちになっていたのかをエインに顔の色を上昇させながらもハッキリと答えた。

「アハハハハッ、原因はアル君ですか、ハハハハッ」

 セフィーナはアルエディーが早く迎えに来てくれない事を不満に思っていたのだ。

「仕方がありませんよ。彼が貴方を迎えに来るのは貴女の国が鎮まってからだと言っていましたから」

「それは分かっております。しかし・・・」

「ハハハッ、セフィーナさん、その様な淋しい顔をしないでください・・・、そんな貴女に朗報です」

「どのような事でしょうか?」

「そうですねぇ?あと1イコットと20ヌッフくらいでセフィーナさんの待つ人がここへ到着します」

 セフィーナはエインのその言葉にパッと表情を明るくし見る見るうちに顔全体に上品な笑顔を作っていた。

~   ~   ~


 その頃、アルエディー達は現在、市光区を抜けやっと清流区に到着したところであった。

「アル、後どのくらいでお前が言う邸宅やらに着くのだ?」

「そうだな・・・・・・、後1イコットと少しだ」

 アルエディーは道具袋から時計を取り出し時間を確認してからアレフにそう伝えた。王国元騎士はフライヤーの後部座席の方を振り向くと、そこにはしゃぎ疲れたセレナとアルティアが肩を寄せ合うように眠っていた。レザードはと言うとここへ来るまで恐怖体験の連続をしたためかなり疲弊している様だった。再び前方に顔を向けアレフと会話をしながらエインの住む邸宅へ向かって行く。


†   †   †


「みんな、着いたぞ、起きてくれ」

 彼の声でアルティアもセレナも小さく可愛らしい欠伸をしてから完全に眠気を取り払うようにからだ全体を伸ばしていた。

 レザードはいまだ疲れている様子だった。目を覚ましたセレナがそんな彼に気付けの魔法レアスト(******)を唱え正常に戻し、それをアルエディーが確認すると先に邸宅の中へと進んで行く。玄関近くまで差し掛かるとそこ2人影が二つ。騎士はその場で一瞬立ち止まりその影を確認する。セフィーナとエインだった。

 アルエディーの隣に立っていたアレフの目に妹のセフィーナが入ってくると友より先に前へ歩み寄り彼女に近寄ろうとした。しかし!セフィーナの目にアルエディーの姿が映ると兄であるアレフを突き飛ばし・・・。

「うわっ、何をするセフィ!!」

「アルエディー様・・・、アルエディー様・・・・・・・、セフィーナは貴方にお逢いしたくて、お逢いしたくて・・・、一日千秋の想いでしたのよ。どうしてもっとお早く私の元へ来てはくれなかったのですか?」

 言葉を言い切ったセフィーナは涙を流し静かにアルエディーの胸元で泣き始めた。そんな彼女をアルエディーは抱きしめる事も無くそのままの姿勢で口を動かし始める。

「姫・・・」

「セフィーナっ」

「セフィーナ様、俺にもいろいろ・・・」

「セフィーナっ!今私は王位すら持たないただの女です。その様な、呼ばれ方・・・嬉しくありません」

「セフィーナ・・・、俺だって君を迎えに来るのが嫌で遅くなったわけじゃないんだ。セフィーナには一通りの決着が着くまで最も安全な場所にいて欲しかったんだ。だから・・・」

「アルエディー様のお気持ち大変嬉しく思います。ですけど・・・、ですけどわたくしは私が危険に晒されるより、アルエディー様の傍から離れている方が嫌です。ですから・・・、ですから、まだ争いが終わっていなくても貴方の近くに・・・、いさせて下さい」

 アルエディーとセフィーナのそのドラマチックな雰囲気に一つの鋭い視線が後方から発せられていた。

「セフィーナ・・・・・・・」

 セフィーナのドラスティックな言葉に何かの感情が芽生え始めて来たのか、その騎士は両腕をゆっくりと持ち上げ彼女を抱きしめようとしたがしかし・・・。

「アル様、何時になったら私達の紹介をしてくれるのですか?」

「あっ、悪いみんな・・・セフィーナ、彼女達は・・・」

 セレナの言葉で持ち上がっていた腕も降り、芽生え始めていた感情も直ぐに摘み取られてしまう。そして、セレナやシュティール兄妹の紹介を始めた。それが終わった頃に今まで黙っていた邸宅の主が口を開く。

「皆様いつまでこのような所で立っている積もりですかな?さあぁ、中にお入りください」

 それに促され外に立っていた面々は招きに預かり彼に頭を下げながらその中へと入って行く。最後にアルエディーが彼と共に・・・。

「エインさん。お久しぶりです・・・、それとセフィーナ姫を今まで世話してくれてありがとうございます」

「アル君、その様なかしこまった挨拶はいいよ。もっと気楽にしてくれたまえ。それと始めて会ったあの頃よりも随分と逞しくなったじゃないか」

 一間置いてから再び彼は口を開く。

「しかし、君の住む地方も大変な事になってしまったものだな」

「ハイ・・・、今回はセフィーナ姫には悪いのですけど姫は女神ルシリアに会うついでで迎えに来ただけなのです」

 前方にいる姫を見て彼はそうエインだけに聞こえる声量でそう口にした。ホール中央でアルエディーはみんなを背にエインにこれまでの経緯いきさつを話していた。そんな彼の見えない所では女性二人が睨み合い、互いの視線の間に火花を散らしていた。しかし、彼女達はどうしてその様な気分で睨み合っているのか実際の原因について二人とも判っていなかった。

 何か起こってからでは不味いと思ったアレフは妹のセフィーナのご機嫌を取るような話題を持ちかけ、レザードは妹のアルティアを使ってセレナの心を鎮めさせ様とした。伊達にアレフはセフィーナの兄をしている訳ではなかったようだ。何とか彼女のご機嫌を取る事に成功し、セレナは彼女に甘え始めたアルティアの相手をするのに気を引かれ何とかその場が嵐となる事は無かった。


 エインに進められ彼等は食卓へと移動していた。しかしその場所にはセフィーナが同席していなかった。

「エインさん、セフィーナ姫はどちらへ?」

「しばらくすれば、セフィーナさんもここへ来るでしょう。それまで席に着いてお待ちになったらどうですか?」

 エインの言われた通りアルエディーはしばらく席に着いて待っていた。すると、エインの妻と娘二人、それとセフィーナがワゴンに夕食の品々を乗せ、姿を現わしたのである。そして彼女は絶対、王宮ではする事の無い、侍女達がするそれを皆にして見せた。

「セフィーナ姫!その様な事をなさっては・・・」

 アルエディーが何かを言い掛けるのをアレフは手で押さえと静止して言葉を掛ける。

「アル、今は私もセフィも王族ではない。しかもこの様な天空の島にいたっては私達の身分など関係なかろう」

「しかしっ」

「アルよ、私の言葉を分かってくれないのか?」

「・・・アレフ、お前がそう言うのならば・・・」

 アルエディーはそう答えていたが表情には納得できないと書かれていた。

「エイン殿、我が妹を今まで世話してくれて大変感謝の至りに思います。今は何のご恩も返せませぬが、いつか必ず」

「いいのですよ。私自身が既にアル君から返せないほどの恩をいただいていますからね」

 すべての配膳が終わるとセフィーナはアレフとアルエディーの間に空いていた席に腰を据える。その場所はアレフが妹の事を思って確保していたものであった。そんな兄の気持ちをセフィーナも理解していた。気付かないのは隣に座っているアルエディーくらいの者だろう。夕食が始まりみなそれぞれ会話を交えながら食べ始める。

「アルエディー様、これは私の作ったものですがお口に召すでしょうか?」

 そう言って彼女はスプーンにそれを装い、それをアルエディーの口元へと運ぶ。

「!?せっ、セフィーナ、そっ、その様な事を自分にしてくれなくても自分でやれます」

「小さい頃は私がこうしたらアルエディー様はちゃんと食べてくれたではありませんか」

「それっていつの話だよ?セフィ?今はもう俺、二十四にもなる男だぜ。その様なこと恥ずかしくてできません」

「ウフフフッ、アルエディー様が私の事、セフィって呼んでくれるの何年振りでしょうかね?」

 彼女は〝セフィ〟と呼ばれた事がそれ程嬉しかったのか屈託の無い笑顔をアルエディーに見せた。セフィーナの隣に座るアレフはそんなやり取りをしている二人を微笑ましく眺めながら食事の手を動かしていた。レザードはエインにこの天空の島の事を聞きながら食事し、妹のアルティアは同年代のエインの娘達と地上と天空の違いに話を咲かせ楽しんでいた。しかし・・・、セレナだけは余り楽しい表情をしていなかった。彼女はアルエディーとセフィーナのやり取りに心を痛めていた。そして彼女自身どうして胸が疼くのかその原因を知らなかった。

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