第十二話 竜を統べる王、ヴェスドラ

 穏やかな海の中、ノーツが舵を取る魔動船でヴェルザー島に到着したのはグランディシスを出てから七日目の事であった。島には大型船が停泊できそうな船着場はなく浜辺の近くの沖にその船を止め、そこから小船で浜辺へ移動した。砂浜にそれが到着するとレザード、アルティア、セレナ、アレフ、そして最後にアルエディーの順でそこへ降り立った。

「レザ、俺はさすがにこれ以上ついて行けないぞ。迎えが欲しい時はエーテルリンクでも何でもいいから連絡くれ。それじゃぁ~~~、お前さんたちも気ぃー付けて旅しろやぁ、それじゃなぁ~」

 十六日間一緒に海上の旅に付き合ってくれた小船に立っているその男はにこやかな顔で別れの挨拶を彼等に向けていた。それに返すようにみんながそれぞれ世話になったと彼に挨拶をすると満足そうな顔を皆に見せてから小船を動かし本船へと戻って行く。ノーツと分かれてから初めにアルエディーに声を掛けたのはレザードだった。

「アルエディー、このような辺境の島に来て何をしようと言うのですか?」

「レザードだってヴェルザー島の噂くらい知っているだろ?」

「ナガーとドラゴンが住まう島ですか?しかし、私は今までドラゴンも見た事ないし、ナガーにだってあった事がない。伝説上のお話でしょう?眉唾ですねぇ~~~。ドラゴンなんか間近で見たら腰を抜かしてしまうかもしれませんよ」

 レザードは全然信じていないと表情と素振りでアルエディーに示した。

「ハハハッ、お前の驚く顔が楽しみだ、レザード」

「本物のドラゴンさんに会えるんですか?ティア、楽しみです」

 兄とは違って楽しそうな声と顔でそう行って来たのはアルティアだった。

「ドラゴンとはいったいどのようなお姿なのでしょうか?」

 上目遣いで顎に人差し指を当てその姿を想像する彼女。

「アル、王城で飼っていた飛竜とはどう違うのだ?」

「見てからのお楽しみ。こんな所に立っていてもしょうがないさっさと行こう」

 騎士は皆に移動するのを促すため砂浜から島の内部へと歩き出した。途中数回の休憩を入れて3イコットほど道らしき路を歩いて行くと集落へと到着した。そこにいた人々はナガー以外の種族、アルエディーの突然の訪問に驚きはしたが警戒する様子はなかった。むしろ、一行に親しげに笑顔を向けていた。そして、アルエディー達もそれに返すように頬を緩め返していた。アルエディーは道行く人にある人物を尋ねていた。するとその人は懇切丁寧にその者がいる場所を教えてくれたのだった。

 一行はその言われた通りの道を進み一軒の町の中でも取り分け大きい家の前へと到着する。家の扉の前に立つと軽くノックしアルエディーは尋ね人の名前を告げ、主の出てくるのを待った。勢いよく扉が開き顔を出した人物が驚いた声で訪問してきた者を確認すると、

「そっ、その声は、その顔つきはアルエディーさんなのですか?」

「おっその声とその顔つきは?よぉっ、かなりでかくなったじゃないか成長したんだな・・・、久しいなガーナード」

「本当にお久しぶりです。アルエディーさんもお元気そうで・・・、何もないところですがどうぞあがって下さい」

 そう言って彼はその場に立っている者たちを招きいれた。

「ほぉ~~~、吃驚しましたこの少年が君の言っていたドラゴンなのですか?」

「違う、彼はこの町の族長の息子」

 そう口にしながら族長の家に入って行く。

 家の中に入ると直ぐにアルエディーは連れの自己紹介をガーナードにした。ガーナードはその奇妙な組み合わせに驚きを口にする事はなかったが目を丸くし、表情でそれを表していた。暫くしてガーナードの淹れた※オフェを飲みながらセレナ達はアルエディーとガーナードの会話を聞いていた。

「そうか、今は君がこの島の族長をやっているのか。その年で立派だな・・・、ところディラスさんは?」

「そんな事ないですよ。僕なんかの若輩者はまだまだ町のみんなの力を借りないといけません。それと父さんだったら呑気にどこかの浜辺で釣りでもしていますよ」

「そうか・・・、あの人らしいな」

「所で今回はどういったご用件でここへこられたのですか?また天空へでも上がるのですか?」

※アイス・コーヒーに似た飲み物

「ハハッ、ガーナードは昔から察しが良いな。そうだよだからあれに会いたいんだ」

「分かりました。許可します。それと今はあの人どこにいるかアルエディーさんには分からないでしょ?僕が彼の所までご案内します」

「よろしく頼むよ」

 この島に棲息するドラゴンは族長の許可なしでは会う事が出来ないと言う掟が存在していた。そのためこうしてアルエディーはこの族長の家に来ていたのである。

「どうします?すぐに会いに行かれますか?」

 その問いにアルエディーはセレナ達の方を見る。彼女達は一言も疲れていると口にはしていなかったが彼はそうだと表情から読み取りガーナードに一晩置いてから頼むと告げた。

「そうですか・・・、それでは今日は僕の家に泊まって行ってください」


†   †   †


 夕食、外からの訪問者を歓迎するかのようにガーナードの父親、ディラスの捕ってきた島の動物と浜辺で釣ってきた大量の魚、海と山の幸両方を彼の奥さんに料理させ、それをアルエディー達に薦めた。夕食も終わり、アルエディーは独り裏庭の手入れされた芝生の上に寝転がりまだ陽の落ちぬ黄昏前の空を眺めていた。

「アル様・・・・・・、隣に座っても良いですか?」

 独りそうしている彼の下に彼女が現れそう尋ね、

「セレナの自由にしてくれ」

「ハイッそれではそうさせて頂きます」

 彼女はアルエディーからその言葉をもらうと嬉しそうに芝生の上に座りこんだ。

「ある様ってとてもお顔が広いのですね」

「ウォード父さんのおかけだ」

「どうしてですか?」

 不思議そうな顔をして上からアルエディーを覗きこんだ。そんな彼女のあどけない表情を見て少し赤くなったアルエディーは視線をそらしてその問いに答える。

「十三歳、俺が幼年学校を卒業した時、父さんは俺を高等教育には行かせてくれず強引に士官学校へ入学する年までの間、世界を旅して来いって家を追い出された。そして五年間で出来るだけの多くの所を冒険していった。その旅でデュオ爺やイーザー、色んな人達と出逢ったんだ」

「アル様のお父様、ウォード様ってとても面白い考え方をしますのね」

「掴み所がない変わった父さんだ・・・、今父さんはどこでどうしてるんだろうか?父さんが今の状況を黙ってみているはずが無いのに・・・」

 彼は最後にそう言い終えると自嘲気味の表情を作ってしまった。

「大丈夫だと思います。ウォード様はとてもお強い方である事は私も知っています」

 そんなアルの顔を見たセレナは彼を励ますようにそう口にしていた。

「息子の俺が父さんを信じなければいけないのに・・・、セレナ、ありがとう」

「フフッ、私は思ったままの事を口にしただけです」

 そう言って彼女は優しく微笑み、それをアルエディーに見せたのであった。


  †   † †


 翌日、ガーナードの案内により島のさらに奥地へと進んで行く。その途中に大小、種類さまざまのドラゴンを見てセレナとアルティアは心を躍らせていた。レザードは興味津々な瞳で見るそれらを観察しながらガーナードとアルエディーの後に付いて行った。町から出て約1イコット進むと森の中の開けた場所に到着した。その場所に到着する前にアルエディーは精霊王デュオラムスを召喚し具現化させていた。その開けた場所には大きな翼を持った一軒家の優に六倍以上もある巨大なドラゴンが静かに眠っていた。

「ヴェスドラ、客人を連れて来ました。起きてください」

 ガーナードの声に目の前の巨大なドラゴンは片方の瞼を少しだけ開き、瞳を左右に動かしその場にいる者を確認した。ナガー以外の種族の到来に喜びを感じたそのドラゴンはとてつもない声量の雄叫びを辺りに轟かせた。その声に周囲の木々はざわめき、一陣の風が吹き付ける。レザードはそれに驚き尻餅を付き、アレフはその場で硬直し、アルティアとセレナは抱き合って怯えていた。アルエディーとガーナードの二人はいたって冷静に目覚めたドラゴンを眺めていた。

「娘たちよ、わが声に怯えてしまったようだな。許しておくれ」

 そのドラゴンの声は非常に低い物であったがとても清んでいた。

「竜族如きがおなごを怯えさせるとは何事じゃ!!」

「精霊王、久しいな。その性格、相も変わらずか」

「久しいか?そうでもなかろうが、竜王よ」

「そうであったな、アルエディーにお前が使役されてからこんなにも早く再開できるとは思わなんだ。その前は千数百年と会っていなかったがな」

「まぁ、確かに珍しい事ではあるのじゃが・・・」

「して、アルエディーよ。このたびはなに用だ?」

「天空にいると言う女神に会いに行きたい」

「ルシリアにか?・・・、あのカラミティー・ウォールを止めるためか?」

 アルエディーとその壁の事を知らないガーナード以外の物は竜王がその事を知っていた事に驚いて表情を変えていた。それを見たアルエディーはどうして竜王がそれを知っているのかを簡単にみんなに教えた。しかし彼自身その事に付いて半信半疑の表情で話していた。竜王は千里眼を持ち遠くに起こる災害や戦争などを見る事が出来るというのだ。

「どうしても女神の力を借りたい。俺たちに出来るだろうか?」

「それに付いて、わしは答えられんが・・・、お前達を天空の島まで連れて行く事は出来る。それから先はお前立ち次第だろう・・・」

「もしかして、私達、竜王様のお背中に乗って天空の島まで行くのですか?」

「あっ、アルエディー、わっ、私高いとこ駄目なんですけどっ・・・」

 アルティアは好奇目で竜王を見て嬉しそうに、その兄レザードは大げさに手を振ってそう口にしていた。

「私、一度で良いから空を飛んでみたかったのです。とても感激です!」

「竜王の背に乗れるとはなんとも名誉な事に思うぞ」

「アレフ、ドラゴンで天空に入る事を許されているのは竜王のヴェスドラだけなんだぜ」

「それは余計に名誉な事だな、アル」

 彼は友の言葉に嬉しそうな表情をアルに向けた。

「ヴェスドラ、天空までの道のり頼めるか?」

「承知した。さすればその者達、我の背に乗られよ」

 竜王はアルエディー達が背中に乗れるように翼を広げそれを桟橋の代わりにした。

「セレナ、足元に気を付けろよ」

 アルエディーはそう言って彼女に手を差し伸べる。

「アル様、有難うございます」

 セレナはその手を取ってアルエディーと共に竜王の背に向かった。そして、アレフはアルティアにそれと同じ真似を仕様としたが既に彼女の姿は前方へと進み一人でピョンピョンと跳ねながら翼の上を駆け上っていた。そしてアレフは心の中で溜め息を吐く。

「アレフ、レザード、二人とも、何やってる?早く乗れよ!」

 新王になってすぐに簒奪されたアレフはアルエディーの言葉に淋しげに従いゆっくりとその方向へ上って行く。しかし、レザードは一向にその場から動こうとしなかった。それを見かねたアルエディーが彼の傍まで戻ってきた。

「おいっ、レザード何やってるんだ?乗るのか?それとも乗らないのか?」

「うぅぅぅっ、天空の島と女神ルシリア・・・、しかし、高いとこ嫌だし」

「そんなもん、気合で何とかしろ」

「そんな戦士みたいな事、言わないでくださいよ」

「ああそうか、分かった。レザードは独りここで留守番しててくれ」

 そう言ってレザードに背を向け歩き出す。

「あっ、アルエディー、チョッ、ちょっと待ってください!私も行きます。行かせてもらいますよ」

 そう言って覚悟を決め、アルエディーを追いかけた。全員が背中に乗ったのを悟ったヴェスドラはゆっくりと翼を羽ばたかせ、優雅に空へと舞い上がって行く。そして彼等は竜王ヴェスドラの背中に乗せられ天空の島を目指す事になった。

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