第一章 動き出した帝国
第三話 強 襲
トリエス暦2027年、天蒼の月の中旬の事である。長く続いていた三国の平和に異変が生じ始めた。
一人の騎士がアスターに生存する既知の生物とは見るからに違う異形な怪物に囲まれ、突き立った崖に追いやられている。迫り来ようとするそれらに対してその騎士は剣を構え威圧していた。
「千騎長殿、もう後はございませんよ?アレフ王とセフィーナ姫をどこへお隠しになったのですか?教えてくだされば苦しまずに殺して差し上げましょう。クックックックッ」
異形の怪物を束ねるヒューンらしき妖しげな装束を身にまとった男が千騎長と呼ばれる騎士にそう聞いて最後に嘲る笑い声を相手に向けていた。
「一体何の目的があって友好関係にあった貴様等、帝国がここに攻めてきた!それと何のために姫と王を!!」
「千騎長殿、残念ながらそれは申せません。さぁーーー、早くお二人の居場所を私に教えて楽になったらどうですか?」
「この身が朽ち果てようとも答えるはずがない!テヤァーーーッ!」
その言葉と共にその騎士は異形の怪物たちに斬り掛かって行く。
「そうですか残念です・・・、貴方を殺して差し上げた後、貴方の記憶の中から、ゆっくりと探させてもらいます」
「お前達、千騎長殿に死の苦しみを与えながら殺してさしあげなさい」
その奇妙な衣装を纏う男が腕を振って怪物たちに命令を掛けると突進して来た騎士に向かって一斉攻撃を開始した。
迫り来る怪物の猛攻に鬼神の如き強さでその騎士は反撃していた。しかし多勢に無勢、更にどうしてか、今、本来の力を発揮できていない彼は後一歩の後退で崖下に落ちてしまう場所まで追い詰められてしまった。
「クッ、俺もここまでが・・・、しかしアレフとセフィーナ姫が無事なら・・・約束を守れそうもない二人とも済まない・・・・」
その言葉が口から漏れるとその騎士は激しい勢いで流れる川の谷底へ自ら身を投じた。
† † †
時を
玉座に少なからずぎこちなく座っている、燃えるような赤髪を持ち精悍な顔付きの新たな王に対して均整の取れた体格とその歳に似合った髭を生やしている者が言葉を述べる。
「アレフ様、ご戴冠おめでとうございます。これからはリゼルグ様に代わってよき国民の指導者としてその才をお振るいくださいませ」
新たな王に向かって丁重な礼をしたのち、厳格な口調でそう言葉にしたのはこの王国の軍隊最高の地位を持ち、ファーティル、メイネス、サイエンダストリアルの三国に大陸最強の剣士としてその名を
「我々、三将侯からも言葉を述べさせてもらいます。アレフ王、我々の国に主だった敵国と言うものは存在しませんが油断はなさらぬようお願い下さい」
「ルデラー殿、めでたい席でそのような事を申すのは良いとは言えませんよ。アレフ王、ウォード提督と共に私によき指示をお願いいたしますわ」
「この老骨、死ぬまで新たな王、アレフ様の為に働かせて貰う」
ウォード提督の後に言葉を述べたのは三将侯と言う将軍たちだった。青龍の名を冠す水軍の将、水上では負け知らず水神と呼ばれるルデラー・ブルーシア。緋龍の名を与えられし魔法軍の将、ウォード提督以上の軍師と謳われ、女性ながら剣の腕も卓越したルティア・ムーンライト。白龍の名を授かった陸軍の将、その貫禄と信頼で一平卒まで上手く統率するティオード・ローランデル。三人はいずれも侯爵の爵位を持っている。
彼等の後に続く様にこの場にいた他の者も順に言葉を述べていった。
「有難うございます。国務も軍務も今日まで確りと勉強してきましたが実際の仕事はまだ右も左も分かりません、どうか皆様のお力を私に貸してください」
新たな王がそう言うと一同は彼に敬礼をし、その後に玉座ではなく杖を持って立っていた前国王がその場の者達に言葉を掛ける。
「みなの者よ、熟れぬ内は王としての執政に至らぬことも多々あると思うが、アレフをよろしく頼んだぞ・・・、特にアルエディー君、我が息子を支えてやってくれ」
前国王リゼルグは柔和な顔でアルエディーと呼ぶ騎士を見てそう言った。
「リゼルグ様、当然の事を言わないで下さい。俺はアレフ様の為に騎士になったのですから!アレフ様、俺はどんな災いからも身を挺してこの命を捧げて護る事をここに誓う。むろん、セフィーナ姫も」
真っ直ぐな瞳を持ち強い意志のある顔、真剣な口調でそう断言した騎士の名はアルエディー・ラウェーズ。ウォードの一人息子にして千騎隊と言う特殊部の隊長でもあり、リゼルグの二人の子、新王アレフとその妹セフィーナ姫のロイヤルガードも務めている。
「アル、その言葉、王として嬉しいけど・・・私、個人としては嬉しくないな」
「アルエディー様、私もその言葉嬉しくありません・・・、貴方様に何かあったら私・・・・・・」
リゼルグの娘セフィーナはそこで言葉を止め表情を曇らせその騎士に見せた。
「アル、頼むからセフィーナが心配するような言葉は慎んでくれると嬉しいんだがな・・・なんたって妹は君に惚れているのだから」
「アッ、アレフお兄様、余計な事を言わなくても・・・」
亜麻色の髪を持つ可憐な姫は顔を紅くし両手でそれを覆い隠した。
アレフ、アルエディー、セフィーナの三人はリゼルグとウォードの親しい関係にあって幼少の頃より兄妹のよう一緒に育ってきた。
今ではアレフとアルエディーは親友同士。セフィーナは物心が着いた頃からアルに想いを寄せていた。しかし堅物の騎士は身分違いと言う理由でずっとそれに答える事を避けていた。なにも答えないその騎士にリゼルグが言葉をかける。
「今日からわしも隠居の身じゃ、楽しみと言えば早く孫の顔を見るくらいか?アレフにはまだ良き相手がいないようじゃし・・・、アルエディー君、セフィーナはお主の事を慕っている。それはここにいるもの全て、周知な事ぞ、若しよかったら娘を貰ってくれまいか?」
「ハァ!?」
前王の言葉に驚いてその騎士は間抜けな表情をみなに見せる。
「リッッ、リゼルグお父様・・・、本当にそうしてもよろしいのですか?」
紅い表情で口ごもりながら嬉しそうに聞き返していたが、変に表情を崩していたアルエディーが平静に戻ってリゼルグの言葉に返す。
「リゼルグ様、その言葉大変嬉しく思いますが・・・・・・、俺とセフィーナ姫では身分が違い過ぎます」
「リゼルグ、我が息子の言う通りだ。たとえ我とお前が親しい仲に有ってもそれは許せる事ではないな。認められん」
「ウォードよ、友の言葉が聞けぬと申すのか?」
「そればかりは聞く訳にはいかんな」
毅然とした態度で提督は前王の言葉に返していた。二人は長い付き合いもあって王とそれを護るものと言った以上の関係にある。
「ワッハッハッハっハッハぁ、まったく親子、そろって堅物なのじゃから」
前王のその笑い声によって他の者達もいっせいに笑い出す。その笑いで場はとても明るい雰囲気になろうとしていた。
だが、しかしそれは突然にも崩れ去ってゆく・・・。
『ズドーーーーーーッン、ズゴゴゴっ!?』
耳を
「みっ・、みなさま・・・たっ・・・、大変です、帝国が・・・、メイネス帝国が突然・・せ・め・て・きま・・・・し・・・・・・・・・・た」
その兵は最後まで言いきってその場に命尽きてしまった。
「ばっ、馬鹿なメイネスと我が国までど探索探知器けの※ロットがあると思うのだ」とその場にいる誰かが叫び、(*ロット=距離を表す単位)
「なぜ・・・、メイネスのラウス皇帝とは親睦が深いはずではないか!!」
前王がそこで言葉を止めると突然、謁見室のいたる所が白く紫に光る。それと共に幾つもの魔方陣が床面に描かれたと思うとその中からメイネス帝国の元帥を示す鎧をまとった男、文官服を着た神経質で小賢しそうな男、どこの国の衣装だか分からない服に包まれた妖しげな男と異形な怪物多数が現れた。
「リゼルグ前国王、アレフ新王、ご戴冠おめでとうございます・・・、ですがそれも直ぐにご退場いただきます。我々の手に落ちるのでな・・・・・・」
「其奴等に動く隙を与えるな!かかれ!!」
現れた顔見知りのメイネスの宰相の言葉が言い終わる前に冷静な表情でウォード提督はその場に現れた者達を一掃する様にそう言い放った。
小謁見室とは言うがそれなりの空間があったその場所で乱戦が繰り広げられる。
城内、各所でメイネス帝国の兵や怪物達が侵入していて謁見室に駆けつける増援は王国側には期待出来そうもなかった。しかし帝国側は魔方陣から兵士よりも多くの怪物が幾らでも湧いて出て来ていた。
「ハァッ、なんだってんだぁ、このくそぉッーーーーーー!」
「一体どう言う事ですか?あのような高位な転送方陣、見た事がありません・・・、切がないわ」
「ルデラー、ルティア、無駄口を叩くでない。アレフ王様たちにはこのティオード指一本たりとも近づけんぞ、掛かって来なされ」
「ウォード・ラヴェーズ、蒼天の疾風、この我が二つ名が伊達でない事をこの剣で証明してみせよう」
無尽蔵に現れるそれらを勇猛な将軍たちと提督は
「オリャァーーーっ!」
アルエディー、彼もまた必死になって護るべき者に襲い掛かろうとしていた怪物に一閃を浴びせていた。そんな彼に前国王は近づき言葉をかける。
「アルエディー君、このままだと何時ここが落ちてしまうか分からん。だから、君が若しものためにと言っておった安全な場所へアレフとセフィーナを連れていてくれまいか・・・、玉座の後ろに隠し通路があるそれを使えば王城の外に出られる」
「クッ、この状況では・・・、それが最良の判断のようだ・・・」
リゼルグの言った言葉に従い新王と姫を連れ玉座の裏に回った。それに気付いた奇妙な衣装をまとった男が怪物に命じて追撃をかけようとしていた。
「そちらには行かせません・・・、*******・・・・・」
魔法言語を唱えるとルティアが握る剣全体が赤々と輝き、それが剣先に集約すると炎の塊が出来上がった。
「ハァーーアァッ、フィアスラッシュ」
言葉と共にルティアは剣を薙ぎると無数の炎がアレフ達、三人に襲いかかろうとしていた怪物どもに喰らい付いた。
謁見室で戦う者達を残し、アルは脅えて動かなくなってしまったセフィーナ姫を抱え、アレフ王と共に地下通路を駆け抜けて行った。
「アルッ、一体どこへ向かうというのだ!」
「アレフ様、今は黙って付いてきてください」
「分かった、今はアルに従おう・・・、それより三人の時だけはそんな敬称はつけて欲しくないぞ」
「・・・、分かったよ、アレフこれでいいのか?」
二人は帝国が攻めてきた事について話ながら、暫くして辿り着いた場所は王宮の離れにある宮廷三師の一人、大魔導師アルテミス・シュティールが住まう館だった。
「アルテミス様、千騎長のアルエディーですアルテミス様・・・、いないのか?」
彼は内線機を通じて、そう館の主に呼びかけながら抱えていたセフィーナを芝生の上に座らせ様とした。
「アルエディー様・・・、まだ震えが止まりませんの、もう暫らくこのままで居させてください」
「駄目に決まっています。セフィーナ姫、嘘を言って我侭を言わないで下さい」
「アル、アルテミスは城内の異変に気付いてそちらに向かったのでは?」
「そうかもしれないな・・・。この際だ、仕方がない勝手に上がらせてもらうか。姫、アレフ、付いて来てくれ」
「アル、一体ここのどこが安全なんだ」
「ついてこれば分かるさ」
騎士は姫の手を取り立たせると隣の王と共に館の中に入って行った。
中に入り奥へ奥へと進むみ、やがて中庭に出るとそこには大きな魔法陣が描かれていた。
「これは・・・???」
「アルテミス様が使っている転送方陣だ・・・、これを使って二人を追っ手の届かない安全な場所に送るってわけさ」
「しかし彼等だってこれを使って追ってくるのでは?」
「その心配はないさ、このアイテムを使うからな」
そう言ってアルエディーはいつも大事に腰にぶら下げている道具袋から二つの違う色の宝石を取り出しアレフとセフィーナに渡し、転送方陣の中に二人を立たせた。
「アルエディー様これは?この宝石は一体なんなのですか?」
「俺が騎士になるため世界を旅していた時に知り合った大切な友から貰った確実に転送出来る様にするためアイテムだ」
「アルエディー、なぜ、お前は魔方陣の外にいる?」
「この方陣を動かすのは外部からしか出来ないからな。俺がそれをやるってことさ・・・、大丈夫、心配しないでくれ。俺も準備が出来次第、二人に会いに行くから・・・、それじゃ、それまでアレフ、セフィーナ姫、元気でいてくれよ」
彼はそう言うと近くにあった装置を作動させるためにあれこれとボタンを押した。
「アルエディー、必ず迎えに来てくれ!そうしてくれなかったらお前のことを怨むからな、いいな?」
「アルエディー様、貴方と離れるなんって嫌です・・・、ですから早く迎えに来てくださいね」
新王は軽く笑いながら、姫は頬に涙を伝えさせながら、その騎士に言葉を投げていた。アルエディーはそんな二人の言葉に表情をニッコリと変えて答えを返す。
二人が彼の目の前から消えるのを確認すると持っていた大剣で装置を二度と復旧できないくらいの力で叩き壊す。すると魔方陣から放たれていた光が消えそれと同時に魔方陣も消え去った。
それから、その騎士は※エーテルリンクと言う物を使って転送される先に事情を説明し彼がその場所に迎えに行くまで匿って貰うようにお願いした。連絡を受けた相手の方もその騎士からの連絡に即答で承諾。
アルエディーがそれをし終えた時、彼を追ってきた妖しげな男が多くの怪物を引き連れやってきた。
「フッ、やっと追いつきましたよ、千騎長殿。余り手間を掛けさせないで頂きたいものです・・・、ご紹介まだでしたね。ワタクシはこれらを操る・・・、禁術士とでも言いましょうか?ホビィー・デストラと申しておきましょう」
「貴様の名前などどうでも言い?リゼルグ様、親父や三将侯はどうした!!」
「千騎長殿は釣れない方ですねぇ、せっかく自己紹介したのに。まあぁー、それは置いておきまして・・・、知りたいですか?でも教えられません。クックックックックッ・・・」
※エーテルリンク=電話機の様な物
「貴様ぁーーー‼」
アルエディーはその言葉と共に大きく跳躍してホビィーに迫ろうとしたが群がる怪物たちに阻まれ彼の持つ大剣はその男に届かなかった。そして逆にその多さに負け後退を余儀なくされ森の奥の崖へと追いやられ死闘の末、谷の中へ落ちるのであった。
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