アタシの可愛いご主人様 5話 【見習い時代】

 ソニアは使用人業務の時間を越えてタスと一緒に居ることも多く、それに対しての賃金は発生しないので彼女の私的な判断により時にはタスの学びをサポートもしてくれました。これにはタスも遠慮をしたのですがソニアがしたいことだと告げてしまえば拒絶はできなく、しかし大事な時間を削ってまで付き合ってくれるソニアを想い交換条件にしてもらい、ソニア自身の変化の術も専門外ながらタスが指導にまわり、魔力の扱い方などの基礎的な技術などを基本にソニアに指導してあげる約束をして二人はこれまで以上に親密に長い時間を共に過ごすようになりました。


 こうして今朝はタスの菜園の手入れを早朝から二人で行いながら、朝のハレンチな行為も今日はなく平穏な時間が流れていたのでした。タスとしたらこの様な日常的な時間の過ごし方の方が気が楽にもなり、さらにソニアも行き過ぎた奉仕を常日頃考えているわけでもありませんでした。


「日向さんも土いじりが様になってきましたね」


「誰かさんに口うるさく指摘されたからよ」


「ぼくは強要はしていませんよ!?」


「冗談よ。すぐ本気にするんだから」


(今の笑顔・・・すごく可愛かった。ぼくみたいな見習いの冒険者で、姿も少年だけど日向さんを幸せにできたのなら嬉しいな)


タスに厳しく当たり散らすことも理由がなくするような女性でもないので、ソニアがツンツンするときは照れ隠しやタスをしっかりと導こうとする激励でした。そうしてタスが弱音を吐き出しそうなタイミングを見計らい喝を入れる愛情には一定の効果はあり、だからこそタスも苦手にすることはなくソニアの言葉を受け入れながら頑張っていました。そこには二人なりの信頼関係が芽生えており、そうした今はソニアも大人の女性ながら時折無邪気な笑顔をタスに向けてくれて、今まで感じられなかった平穏な日常での幸せを噛み締めながら、その自然体な姿にタスは安心と一緒にソニアの笑顔を自分が護りたいと強く願うことになりました。


「日向さんも意地悪ばかりしないでくださいよ。デレると可愛いのに・・・」


「はあ!? バカなこと言ってないで手を動かしなさい」


(すごく嬉しそう・・・これで惚れてないの? おかしくないですか?)


女心は兎に角タスには分からないとばかりに直接ソニアに聞いてみることにしました。冒険者に恩を感じていたとしてもタスに対する応対はやはり行きすぎている。ソニアも特別であると時折告白してくれていたので、その特別な意味をどうしてもタスは聞いて知っておきたかったのでした。


「どうしてそこまで親身になってくれるのですか?」


「知らなかった世界を知れるのは楽しいわよ? もちろん知りたくなかった世界も沢山経験したけどね」


(彼女を支えるのがぼくでありたい。その笑顔を見て改めて日向さんを慕っていると確信できました)


過去は変えようがないとばかりにソニアはあっけらかんと話していましたが、彼女はそれによって本心を未だに語れないでもいました。そんなソニアをタスは自分になら何をしてやれるのだろうと考え続けていましたが、彼女を支えることも縛ってしまうことも、現状のタスでは冒険者の卵であるので未来の保証もできなく自信もない上に、自信ができてもソニアは受け入れない確信があったのでした。やはり冒険者としての実績がなければ慕う女性すら一人の男として支えられないのかと、タスは今一度努力を怠らないことを誓うのでした。


「それならこれからは楽しいことばかりにしましょう」


「ちょっと、勝手に引っ付かないでよ。暑苦しいでしょう」


「少しだけこうしていてもいいですか?」


「そんなの・・・誰かに見られるかもしれないし・・・」


「朝も早いですし。それに愛人ならこれくらいしてくれますよね」


タスは菜園の作業中にソニアを抱き寄せてしまい、少年がお姉様を抱きしめるという彼からしたら見栄えに劣る行動をしていましたが、ソニアは口では抵抗をしていましたがちゃっかりとタスの背中に腕を回して抱きしめあってしまいました。そうして身長差からどうしでも視線が下に向かうのでしたが、タスと視線が合致すると幸せが一気に込み上げてしまい愛人ではなく恋人の甘いやり取りに感じてしまい、恥じらいが生まれて視線をつい離してしまうのでした。それは二人の年齢など関係なくタスは特別であるとソニアに強く感じさせる甘酸っぱい恋の味となりました。


「陽が出てきたから少しだけよ」


「日向さんが熱中症にならないくらいには解放します」


(もう熱くて溶けそうよ。やっぱり好きだな。この人と結ばれたいな・・・ずっと一緒にいたいな・・・)


ソニアが自分を持たざる者に例えるのならタスも冒険者として同じ条件となるのかもしれない。それなら互いに支え合って幸せになってゆくことが可能なのでしょうが、ソニアは切ない気持ちが溢れてゆくばかりで大事な想いだけは二人が躊躇うまま交わされることはありませんでした。しかしタスも徐々に耐えきれずに無我夢中で前進を続けてもいました。それがソニアの心に僅かに光を灯しだしていたのでした。


「クスッ、こんな場所にまで・・・」


「あっ・・・」


「動かないでくださいね」


タスはソニアの顔に土汚れがあることに気がつき見える自分が代わりに汚れを落としてあげようとソニアの綺麗な金髪をかき分けてしまいました。そうして頬に触れようとするとソニアはタスの言葉足らずの会話に誤解して前屈みになったばかりか瞳を閉じながら唇を突き出してしまったのでした。それは今まで何度かあったソニアの衝動的な愛の欲しさの行動でしたが全て未然に中断されて誤魔化されていました。ただし今回ははっきりとタスに向けて気持ちを打ち明けてしまったのでした。


「タス様・・・すき・・・」


「へ?」


「え?」


タスはソニアの頬の汚れを拭き取りながら固まってしまうと、ソニアも我にかえり自分が発言してしまった短い告白に困惑していました。そうして二人が驚いた表情で見つめ合って数秒後にタスが勢いよく動き出してくれたのでした。


「日向さん、ぼくも好きです! 愛していますからキスしましょう!」


「ちがっ・・・今のはキスみたいな触れ合いが好きと言っただけでアタシのビッチ発言なの・・・」


「見苦しいですよ! それにスケベなら堂々と少年のぼくを襲えばいいと思います」


「ごめんなさい・・・」


「日向さん・・・どうしてそこまで拒むのですか」


ソニアは逃げるようにタスから離れて立ち去ってしまいました。今の彼女では一定以上の幸福が苦しみに変換されてしまい、光を掴むことを恐れるあまりタスから逃げてしまったのでした。




(ああ・・・やらかした。次に会う時にどんな気持ちで会えばいいのかしら・・・)


 ソニアはタスからの愛情を素直に受け取れないことに申し訳ない気持ちが大きくなり、同時に自分の歪んだ思想が己を縛って苦しめていると痛感して、タスから離れた場所にで孤独に絶望に立ち尽くしていました。ソニアにも自分の気持ちの見え隠れでタスを困らせている自覚はありましたが、どうしても最後の一歩を踏み出す勇気がもてずに振り回していました。タスのためと思いつつも、その根底に根付いていたのは恐怖で間違いなくソニアはタスという希望を失うことに恐るあまり本心を打ち明けられずにいたのが真実でもありました。


(ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・怖いの・・・貴方だけは失いたくないの・・・)


縛る勇気すら持てずに希望ばかり夢見てしまい甘い誘惑に負けてしまう毎日。それが実に愚かな行為であるとソニアも自覚していましたが、彼女はタスの愛に触れて幸せを感じると同時にそれを失う恐怖から、また絶望の中に舞い戻ることを想像してしまい崩れるように地面に膝をついて泣き出してしまいました。もう普通の使用人生活に戻れないくらいにタスからの愛情を欲してしまう身体に染まってしまっていた。それなのに既成事実だけは拒絶しようと心が命じて身体は拒んでしまう。その矛盾した闇を抱える心はタスの決死の覚悟ですら闇を消し去ることは叶わずに、ソニアは疲弊して一人で泣き崩れてしまうのでした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 小さな幸せでいいとソニアも初めの頃は考えていました。しかしタスとの交流の中で優しさに触れてゆく内に幸せが積み重なりもっとを求めてしまうようになる。そうしてソニアは想いが爆発しかけてしまい強制的に退場する事でその場はやり過ごせていました。その一方でタスも自分がまだ頼りない男であるためにソニアが信じられないでいると感じとったので、今はまだソニアとは曖昧な関係が彼女には楽なのだろうと判断して深追いはしないことに決めたのでした。しかしタスはもうソニアを引き取る覚悟をしてしまったので彼女から完全に拒絶されない限りは最終的には結ばれるつもりで告白をしたいと願っていました。ただタスの努力でもソニアの心が解放できなければ、それこそ主従関係としてソニアを未来には迎えようとも考えていたのでした。それでもそうならないようにタスはタイミングさえ合えばソニアを対等な恋人としてパートナーになってもらうべくアプローチはするつもり。そんな経緯もあってかタスの気遣いによりソニアとの距離感はまた振り出しに戻ってくれたのでした。


「ハァ・・・情けない。底辺の魔物に怯えて腰抜かすとかありえない」


「あれは今まで狩ってきた魔物よりも一回り強い相手でしたよ・・・単独で狩るには手こずる相手でしたし、ぼくはそもそも積極的に前に行くタイプではないのですから」


「男が言い訳とかあり得ない。そんな弱腰でアンタは冒険者になれると思っているの? あはっ、情けない。小心者では中間クラスにもなれないわよ。小さいのはおちんちんだけにしなさい」


「ひどい!? そこまで言わなくてもいいのに・・・」


こうしてタスを奮い立たせたあとにはソニアのご奉仕タイムによりご褒美や励ましが待ち構えていたのですが、あの日の口付け未遂からソニアは反省したのか破廉恥な奉仕は控えてしまい、健全な交流にてしばらくは過ごしていました。二人は物足りなさも感じていましたが、それが第一の目的ではないために表には出さずに冷静に勤めているつもりでした。ただ心の中ではソニアは沢山の葛藤を抱えて今も苦しんでいたのでした。


(好きな人に好きと言えない人生に意味なんてあるのかな・・・)


全ての人が好きなまま自由に恋愛をして結ばれるわけではないことはソニアにも理解できることでした。しかしこれだけ自分が絶望を体験してきたのに、いざ幸せになろうとするとそれが邪魔となり苦しめられていた。自分の心の弱さと言ってしまえばそうなのかもしれませんが、ソニアにも人並みの人生さえあれば人並みな恋愛が待っていたのかもしれないと思うと、貧しかった環境を呪えばいいのか、絶望を与えた悪を呪えばいいのか、世界や神を呪えばいいのか、しかし呪ったところで待っているのは虚しさと一緒に残り続けるタスへの愛からくる切なさだけなのでした。


(こんなアタシを好きと言ってくれたのに・・・愛を囁いて誓いも捧げようとしてくれたのに・・・どうしてアタシは何一つタス様に捧げることができないのかな・・・)


身体での奉仕も自己満足が強くありすぎるので今後はタスが強く望まない限りは誘惑は控えるつもりでいました。こうしてソニアはタスに対して様々な気持ちを抱えながらも使用人として仕事をするために彼と向き合わなくてはならずに、切ない気持ちを日に日に積み重ねてゆきとうとう彼女の方から想いが爆発してしまう日が近づいていたのでした。

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