第2話・ソイル

戦場跡地――精霊国が他国を支配するためにたくさんの戦争を行い、その爪痕を残す場所が世界各地にある。精霊都の近くは戦争が特に多かったため、未だに大地から魔力が枯れ、安定しない場所がある。それは地の守護者・ソイルの何代も前の守護者が戦争のときに大地を荒らしたせいだ。攻め込んでくる敵国の兵士たちを一気に滅ぼすために、大地の魔力を爆破させたのだ。

(たとえ都に住む人々を護るためだったとしても)

その戦争から数百年も経てば大地にも命は宿る。しかしそれでも一度破壊された大地はやはり痩せたままで、そう簡単には蘇らない。ソイルは地面に膝を付き、優しく大地を撫でる。いつもはグローブを付けている彼女だが、撫でるときはグローブを外す。そうすれば大地のことを理解できる気がしたから。

(そうだとしても、大地をこんなに痛めつけるのは間違ってる)

ソイルは今までに何度も再生を試みていた。しかしどうやってもうまくいかなかった。大地は堅く閉ざされていて、魔力の注入を拒んでいるかのようだった。たとえ大地がこのままであってもすぐに問題があるというわけではない。しかし地の守護者が何らかの理由で突然死亡してしまった場合――地の元素は制御を失ってしまう可能性がある。今まではただ単に運が良かっただけだ。だからなおさら、バランスの壊れた場所を早急に修復せねばならなかった。

「まーた、ここにいたのね」

項垂れているソイルの目の前にアクアが立っていた。ソイルは顔をあげ虚ろな瞳でアクアを見る。

(……酷い顔ね)

アクアはソイルが抱く絶望を感じ取ったが、守護する元素が違うために同情以外何をすることもできなかった。皮肉なものだ。自分を恐れる者は護らないといけないのに、共に戦う仲間を助けることすら出来ない。何が守護者だ、アクアは心の中で悪態をついた。

「どうしてここにいるの?」

ソイルはアクアに訊ねた。アクアはわざとニヤリと笑った。落ち込んでいるソイルに合わせてやる必要はない。むしろ強く笑って見せたほうがいい。

「あなたの様子が気になったからよ」

ふふん、と鼻を鳴らしアクアはソイルの横に腰を下ろす。意味がわからない、と言いたげなソイルを横目に見ながらアクアは続ける。

「どうせこの大地を復活させようとか思ってんでしょ?」

「う、うん」

ソイルはおどおどとした声で答える。アクアのこの積極的な性格がソイルは少し苦手だった。いつも視線を合わせるのが苦手なソイルに対し、アクアは相手をしっかり見据えて話をする。その大きな瞳で見つめられると、逃れられなくなるような気がしてソイルは居心地が悪かった。

アクアはソイルと同じように大地に手を触れてみる。手触りは普通の地面と変わらないが、明らかに魔力が枯渇していることがわかった。これはソイル一人の力ではうまくいかないだろう。ソイル一人ならの話だが。

「ねぇソイル。どうして一人で抱え込もうとするの?」

「えっ」

アクアの予想外な言葉にソイルは珍しく目を大きく見開き驚いた。だがアクアは気にせず続ける。

「あなた一人で無理なら他の守護者を頼ればいいじゃないの」

あたしとか、と言いかけてアクアは慌てて口を閉じる。代わりにアクアはソイルの手を取りギュッと握る。

「あたしの力は生易しいものじゃないけどね」

口角をつり上げさせて笑ったアクアの目に妖しい光が灯る。ウェーブのかかった髪がふわりと揺れると、次の瞬間空から雨が降ってきた。さっきまで雲ひとつなかったのに、とソイルは空を見上げる。しかし雨雲はなく晴天のままだった。

(これは、アクアの力……?)

アクアは元素の力を操り、堅く閉ざされた大地に魔力が込められた水を染み込ませる。大地はみるみるうちに湿っていく。

「本当はこんなことはしちゃいけないんだけどね」

アクアはいたずらっぽく笑う。

「これならソイルの力も通るはずよ」

アクアは握った手に力を込め、ソイルに合図を送る。ハッとしたソイルは慌てて目を閉じ意識を集中させる。

(あぁ……)

ソイルは大地に自分の力が入っていくのを感じていた。力ずくで通そうとするのは駄目でも、他の元素の力を借りれば可能性は広がる。

(私は一人じゃないんだ……)

ゆっくり目を開けアクアに視線を向ける。相変わらずアクアは自信たっぷりの笑みのまま空を見上げ、元素の力を操っていた。



今できる精一杯の力を使ったソイルは、ふぅっと力を抜いた瞬間体を傾かせる。地面に腰を降ろしてなければ、背中から倒れていたかもしれない。それをアクアは優しく支える。

「大丈夫?」

アクアは静かに声をかける。ソイルは頷きながらアクアの顔を眺めてみる。いつもの表情のように見えたが、瞳は心配そうな色をしていた。アクアもそんな顔をするんだな、とソイルはぼんやり考える。

(アクアは、悪いひとじゃないのかも)

常に美しく、常に強気で、おとなしいソイルとは正反対だが、ソイルが知らないだけでアクアは優しい人なのだろう。

ソイルの様子を確かめたアクアはスッと立ち上がり、ソイルに手を差し伸べる。

「早く帰らないと日が暮れちゃうわよ」

差し伸べられた手をソイルは握り返す。アクアの手の温もりにソイルはどこか心が安らいでいた。アクアはソイルを引っ張り起こすと、体を支えながら歩き出した。



「そういえば」

ふとソイルが思い出したことを口にする。

「本当はしちゃいけない、ってどういうこと?」

ソイルの質問に、アクアは「あー……」と、都合が悪そうな声を漏らす。

「全てはバランスなのよ! 元素の力を一部に使うのはバランスを崩しちゃうから!」

アクアは少し苛立ちながら続ける。

「おかげでしばらくはバランス調整の仕事をしなきゃだわ」

「ご、ごめん……」

すかさず謝るソイルにアクアは鼻を鳴らしながら笑う。

「ソイルじゃなくて、大地のバランスを崩した張本人に謝ってほしいわね!」

あなたは悪くない。アクアはそう小声で付け足した。その言葉にソイルは俯きながら、顔を綻ばせる。

「ありがとう……」

ソイルの感謝の言葉は小さかったが、アクアの耳には十分届いたようだ。アクアも機嫌を良くしながら、こういうのも悪くないわね、と思った。

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