第1話・アクア

ラジオが軽快な音楽とともに今日の天気が晴れということを伝えている。それをBGMにしながらアクアは自慢の髪をセットしていた。

今日の髪の毛はすこぶる調子がいい。アクアは鏡とにらめっこしながら自信満々な笑みを浮かべる。ウェーブがかった水色の光沢のある髪をハーフアップにし、いつもより満足のいく出来の髪型にアクアはご機嫌のようだった。

身だしなみを整えたあとは朝食の時間だ。いつも決まった時間にアクアの居室に朝食が運ばれてくる。それを見越して準備を行っているため、アクアは時間に正確だった。

朝食もいつもどおりアクア好みの薄味だが、味わい深いものばかりだった。高級な食材をふんだんに使っているが、それぞれが邪魔をし合わないよう絶妙なバランスで調和していた。そして食後には紅茶を飲むのが習慣だった。ちょうどラジオが音楽番組に変わり、より一層優雅な気持ちにさせてくれる。

はずだった。突然ラジオからけたたましい雑音が聞こえはじめ、アクアは思わず力任せにラジオの電源スイッチを切った。

今日は完璧な一日になると思ったのに! アクアは顔を真っ赤にして怒りを燃え上がらせていたが、今はそんなことをしても仕方ない。飲もうとしていた紅茶はまだテーブルの上だ。カップに注がれている分くらいなら飲み干す時間はあるだろう。アクアはカップに唇をつけると一気に口に流し込んだ。紅茶の香りが鼻孔をくすぐると、少しだけ怒りも落ち着いた気がした。



アクアはラジオから聞こえた酷い雑音に心当たりがあった。あれはきっとエレクの仕業だろう。エレクの居場所となれば電気の集まるところだろう。居住区を飛び出したアクアは、ひらひらとしたスカートと背中についた大きなリボンを翻しながら街を駆け抜けた。朝とはいえだいぶん日も昇ってきた時間だ。広場には人が賑わい始めており、その隙間を縫うようにアクアは素早く通り抜けていった。

アクアはキョロキョロとエレクを探していたが、視線はすべて上を向いていた。アクアの挙動を周りの人たちは不思議そうに眺めている。そう、アクアは水の守護者であるために有名人だった。おそらくこの街にエレメンツのことを知らない者は旅人以外にはいないだろう。

なかなか居場所を掴みきれないアクアだったが、市場の女店主がアクアに声をかけてきた。

――あの変な兄ちゃんならあっちの方にいたよ!

アクアは店主の突然の対応に驚きつつも、有力な情報にお礼を言った。



市場の人はなぜアクアにそんな情報をくれたのだろう。理由は簡単だ。厄介払いしたいのだ。明るく陽気に振る舞っていても、瞳の奥底に宿した畏怖の念は決して消すことが出来ない。特に精霊都の住人はそうだ。自分が常日頃から護られているために、慣れすぎてそのことをつい忘れがちなのだ。そして精霊の力を宿した人間が身近にいるために、異質である精霊の力に憧れつつも恐怖を覚えているのだ。

アクアは任務で何度か精霊都を離れ、遠くの村や町へ出向いたことがある。都周辺はそうでもないが、遠くへ行けば行くほど環境はより過酷になっていく。またこの惑星の極点には魔力溜まりが発生しているため、そちらの方も魔物が発生しているという話をよく聞いている。

そんな遠くの村へアクアは派遣されたのだが、そちらでは精霊の力には恐怖よりも感謝の気持ちを強くを抱いてくれていたようだった。住人たちはきっと日々の暮らしを送るので精一杯なのだろう。

だからアクアはこの街の人が大嫌いだった。護ってもらって当然、何か失敗すれば批判する。安全圏に居続けられるからそんなふうに思えるのだろう。そしてそんな針の筵のような世界で生きていかなきゃいけない自分に対しても腹立たしく思えた。

もう少しあたしも器用に生きられたのなら……。

「姐さん、こっちこっち!」

ぼーっとしていたアクアはその声に我に返り、振り向くと通りの一角に建てられた柱の上にエレクがいた。エレクは柱の上にある電波のアンテナの調整を行っていた。先程のラジオの雑音も、きっとこの柱が原因だったのだろう。

「エレク、しっかりしなさいよ! あたしの朝が台無しじゃない!」

アクアの怒声を聞きながらエレクは隈のある目を細め、顔を申し訳無さそうに歪ませた。そして調整が終わったのか、エレクは柱の上から滑るように降りてきて、長い前髪をかき上げるように頭を掻いた。

「いやぁ姐さんが来るとは思ってなかったっス。申し訳ねぇ」

くたびれてシワの入った服を着ているエレクをアクアは嫌そうな目で見ている。いつも身だしなみには気をつけているアクアは、エレクのだらしなさが許せないのだろう。

「お願いだから『姐さん』って呼ぶのはやめて。あたしの方が年下なんだから」

「でも逞しいから似合ってるんだけどなぁ」

ぼやくエレクをアクアは鋭く睨みつける。エレクもアクアを怒らせたくなかったため、これ以上は何も言わないように口を強く結んだ。

「そういえば、あたしはソイルに用が会ったんだけど。エレクは見てない?」

「んぁ? 見てねぇけどいつものところにいるんでねぇか?」

いつものところ。またあの子は戦場跡地にいるのだろうか。まだ今日は時間があるとはいえ、少し遠出という程度には遠い。行くのなら早めがいい。

「そういえばエレク。近々式典があるんだから服くらいは整えなさいよ?」

その言葉にエレクはギクリとバツの悪そうな表情を見せた。あぁ、これは忘れていたな。

エレクの様子にアクアは呆れつつも、街を出る門へ向かった。残されたエレクは道具を片付けながら憂鬱そうにしていた。

「服、どうすっかなぁ……。ダークにでも見繕ってもらうか」

大きな溜息を吐き、エレクはぼやいていた。

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