ハゲ傘

 シャワシャワと鳴く蝉の声を聞きながら、むわっと暑い空気に身が包まれる。

 これほどの猛暑ならば、日傘の一つでも持ってくるべきだと後悔していると、傘立てに風変わりな朱色が立っていた。持ち上げると、それは古風な和傘だった。

 今どき誰がこのような傘を使っていうのだろうか。しかし、誰のものでも無いならば、少し借りても良いのでは無いだろうか。などと、常識的に考えれば盗人猛々しい行為を、熱に侵された頭は判別できなかった。

 案外和傘は涼しかった。だから、舞妓さんは和傘をさしているのだろうかと、いつまで晴れない頭で考える。いやしかし、涼しいのは存外続かないようだ。徐々に頭が熱くなり、意識が朦朧としてきた。つむじがジリジリと焼けるような感覚が…焼けるような…な…?

 上を向くと、先ほどまでしっかりと貼られていた和傘の朱色は、見る影もないほどボロボロに剥げていた。

 ふらりと体が傾き、私は地面に倒れ込む拍子で和傘から手を離した。通行人が次第に群がり、問いかけの声や救急車という単語が頭の中で反響する。暗闇に染まりつつある視界の先には朱色の紙が綺麗に貼られた和傘が転がっていた。


 病院のベッドの中、私は悔しげに「ハゲ傘めぇ…」と唸った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る