第71話_手柄

ついに巨大クリーチャーは倒れた。

奴の敗因は、吐き過ぎ。


「やっと終わったやっと終わったやっと終わったやっと終わったやっと終わった……」


こうやって小声でぶつぶつ言う俺も、横たわる赤い体がやや青ざめたドラゴンも嘔吐物の中だ。

フーが俺に付与してくれた風も先程なくなり、俺も生臭いゲロまみれになっていた。

その様子にさすがの子供たちも沈黙している。

誰一人として声を出さず微動だにしない状況をリーダーが打破する。


「オハナ! あの紐あるか!?」


カルロスに声を掛けられたオハナは、自身の袋から束ねられたロープを出して彼に渡す。

彼は受け取ったロープの束を肩に掛けて、あろうことか不快な臭いのするゲロの海をドラゴンに向かってズンズン歩き始めた。

カルロスが取ったまさかの行動に、悲鳴めいた驚きの声が冒険者たちから上がる。


「ヒィッ!」


「カルロスさん! なんてことを!」


「嘘でしょ……」


それでも彼は、歩みを止めない。

冒険者に背を向けて歩くカルロスが俺の横を通り過ぎ、俺はやっと自我を取り戻す。

なぜならカルロスが場にそぐわない下卑げびた表情をしていたからだ。


「おい、待て!」


俺の声はカルロスの耳に入らず、ドラゴンが気を失っている所に到着してしまった。

彼はドラゴンによじ登り、持っていたロープで首を縛る。

ドラゴンが危ない!

と思ったが、それは俺の杞憂だった。

赤い巨体がたちまちにして小さくなった。

カルロスがドラゴンを縛ったロープは、恐らくルックルさんがヨーデルの羊を小さくするのに使ったロープと同じ物だろう。

カルロスは足元で小さくなったクリーチャーを手に持ち、上に持ち上げる。


「やったぞおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


じっと見守っていた冒険者たちがカルロスの叫びに歓喜する。


「うおぉぉぉ! 勝利の女神が微笑んだぜー!」


「俺なぜか涙が……!」


「カルロスさんならやってくれると思っていた!」


彼らの喜びは自然とひとつになり、大合唱が起こった。


「カールロスッ! カールロスッ! カールロスッ! カールロスッ!!」


大合唱の声が天に届いたのか、今まで持ちこたえていた雨がザーッと降り出した。

突然の強い雨は、汚物をきれいに流し去ってくれた。

チビドラゴンとなったクリーチャーは、手足口を紐で結ばれて動きを封じられた上でカゴに入れられた。

俺も子供たちと数名の冒険者によって、ついにはりつけから解き放たれた。

こうして巨大ドラゴン生け捕り作戦は無事成功を収めたのだった。


「お疲れ。

俺、お前みたいにドラゴンの口に突入とかできないよ。

見直した」


汚れてグッタリと座る俺に、こんな風に声を掛けてくれた冒険者が数名いた。

冒険者からの心象は少し良くなったようだ。

だが、大多数はカルロスの周りで彼の偉業を褒め称えていた。


「あいつ何もしてないじゃん」


至極全うな意見を言ってしまうソラ。

それに同意するフー。


「だよね、最後捕まえただけ」


二人は納得いかない様子でぶつくさ言う。

正直俺もそう思う。

俺が見た下卑た顔は、きっと手柄を独り占めしようとする顔だったのだろう。

だが、カルロスを糾弾きゅうだんすれば冒険者の大半を敵に回してしまう。


「仕方ない。

今までも凄いことしてきたんだから」


今までも……?

俺は自分で発したこの言葉に引っかかる。

もし今までも、おいしいとこ取りしていたとしたら?

犠牲があったってカルロスが言ってたよな。

推測でしかないが、まさか……。


「戻って宴にしましょう!

後ほど冒険者組合で!」


オハナの呼びかけに、騒いでいた冒険者たちは家路を急ぐ。

俺は一度考えるのをやめ、立ち上がる。

忌々しい十字の柱は見たくもないのでここに置いていくことにして、ソラの瞬間移動でシルバーフォックスまで戻る。

宴が待っている。


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